往くさき悠遠のひかり

 第六星暦1572年、ガレマール帝国とエオルゼア同盟軍によるカルテノー平原の戦い――月の衛星『ダラガブ』に封じられていた蛮神バハムートの降臨により起こされた第七霊災から、五年の年月が流れた。
 グ・ラハ・ティアと、魔法大学を卒業したフィオナはバルデシオン委員会の一員となったが、アラグ文明の研究組織『聖コイナク財団』からの依頼を受け、第七霊災後にエオルゼアに突如出現した『クリスタルタワー』を調査する為、アルデナード小大陸、モードゥナ銀泪湖へと拠点を移す事となった。



 かつてのモードゥナは、観光客が絶えない美しい土地であったが、第六星暦1562年にガレマール帝国の侵攻により勃発した『銀泪湖上空戦』によって荒れ地と化した。銀泪湖の守り神であったミドガルズオルムが帝国の戦艦と相討ちし、墜落した戦艦に搭載されていた青燐炉隔壁が損壊した事で、水晶化現象が引き起こされたのだ。
 傍から見れば荒れ地ではあるが、クリスタルの一大産出地となった事で、各商会が手を出すなど、決してマイナスな事だけではなかった。尤も、帝国の侵略によって多くの犠牲が払われた事は忘れてはならないのだが。現に、モードゥナの西側では帝国軍が拠点を設け、緊張状態が続いている。

 ただ、それもつい最近までの話であった。
『マーチ・オブ・アルコンズ』――エオルゼア同盟軍と暁の血盟の共同戦線によって、ガレマール帝国への大規模な反攻作戦を行い、アルテマウェポンの破壊に成功。エオルゼア同盟国は『第七星暦』のはじまりを表明し、今は一時的ではあるものの、この地に平和が訪れている。
 帝国の脅威が去ったこの機を逃してはなるまいと、聖コイナク財団は本格的にクリスタルタワーの調査を進める事とした。そもそもこのクリスタルタワーは、古代アラグ帝国が太陽の力を集積する為に築かれたものであり、地下に封印されていた筈が、第七霊災によって地上に現れたというのが事の顛末である。
 調査し、必要であれば封印する。このまま放置していては、新たな霊災が起こりかねないからだ。





「昔は栄えていたと思うと、なんだか物悲しくなるね」

 モードゥナ、レヴナンツトールに辿り着き、エーテライトの交感を終えたフィオナは、隣に佇むグ・ラハ・ティアに向かってそう告げた。
 クリスタル目当ての商人と、己たちのような調査団、それに商会から危険な任務を依頼された冒険者ぐらいしか居らず、クリスタルの侵食を免れた大地から辛うじて木や緑が生えており、非戦闘員も安心して住める場所と聞かれたら答えはNOである。

「お前な、遊びに来たんじゃねーんだぞ? オレたちはクリスタルタワーの調査に来たんだからな」
「いや、それは分かってるけど……」
「……ま、帝国軍がちょっかいかけてこなけりゃ、ここも少しずつ復興していくんじゃねーの」

 石畳、僅かな建物、露天商と何人かの冒険者。殺風景な風景を見ながら、グ・ラハ・ティアはフィオナを励ますようにぽつりと呟いた。

 第七霊災前にこのモードゥナに存在していたキャンプは全て崩壊し、今フィオナたちがいるレヴナンツトールは霊災後、エーテライトの復旧に伴い新たに創られた拠点である。マーチ・オブ・アルコンズにより平和が訪れたとはいえ、第七霊災の爪痕はエオルゼア各所に残っている。非戦闘員を含む、誰もが安全に暮らせる世の中にならなければ、真の平和とは言い難いのだが、あいにくフィオナたちは復興活動に来たわけではない。

「グ・ラハの言う通り、帝国軍が大人しいうちにあのクリスタルタワーをどうにかしないとね。放置しても問題ない代物じゃなさそうだし」

 二人はここよりそう遠くない場所にある、天に向かって果てしない高さでそびえ立つクリスタルの塔――『クリスタルタワー』へ目を向ければ、どちらともなく歩を進めた。

 蛮神バハムートを封印していた月の衛星『ダラガブ』、そしてバハムートに呼応するように現れたクリスタルタワー、どちらもアラグ帝国の技術によって創られたものである。未だ解明されていない謎が多いアラグ文明について、その遺産を調査出来るなど、フィオナにとってはまさに喜ばしい事ではあるのだが、果たしてそんな代物を己たちの知識だけでどうにかする事が出来るのか、という不安もあった。

 レヴナンツトールを一歩出ると、辺りはクリスタルに覆われた世界が広がっている。歩行や戦闘は特に問題ないものの、ウルダハ、グリダニア、リムサ・ロミンサが管轄する土地と比べると当然自然も少なく、ここに長居するとなると少々気が滅入ってしまいそうだとフィオナは内心思ってしまった。『遊びに来たわけではない』というグ・ラハ・ティアの牽制の言葉がなければ、そのまま本音が口をつくところであった。





「お待ちしておりました。私が聖コイナク財団のラムブルースです。此度のバルデシオン委員会からの応援、感謝致します」

 クリスタルタワー近くに拠点を置いている調査団の元へ到着したグ・ラハ・ティアとフィオナは、早速調査団を取り仕切るラムブルースから丁重な挨拶を受けた。彼もまたシャーレアンの賢人のひとりであり、元『救世詩盟』のメンバーでもある。
 救世詩盟とは、シャーレアンの賢人によって結成された組織であり、予言詩を研究していたが、のちに第七霊災を防ぐ為に奔走する事となった。
 そして、盟主のルイゾワ・ルヴェユールはカルテノー平原で蛮神バハムートと対峙し、その後の消息は不明。盟主を失った救世詩盟はのちに『暁の血盟』へと形を変え、ラムブルースは暁の血盟には参加せず、聖コイナク財団のリーダーとなった。

「こちらこそ、クリスタルタワーの調査に関わる事が出来、光栄に思います。私はフィオナと申します、どうぞよろしくお願い致します」
「グ・ラハ・ティアだ。よろしく」

 深々と頭を下げるフィオナとは真逆に、片手をひらひらと振るだけのグ・ラハ・ティア。さすがに失礼だとフィオナはグ・ラハの肩を肘で突いた。

「グ・ラハ! 相手は元救世詩盟の賢人なんだから、少しは敬意を持って――」
「いえいえ、構いませんよ。我々としても人手が足りず、猫の手でも借りたいほどですから、どうぞ楽にして頂ければと」

 ラムブルースは特に気にしている様子はなく、その大らかさにフィオナは心から感謝した。誰に対しても物怖じしないのがグ・ラハ・ティアの良いところでもあるが、内心はらはらしてしまうのも正直な気持ちであった。

「で、調査はどれだけ進んでるんだ? 猫の手も借りたいっつー事は、行き詰まってるんだとは思うが……」

 ただ、グ・ラハ・ティアもまたれっきとした賢人であり、『お目付け役』としてバルデシオン委員会から派遣されている。態度はどうであれ、アラグ文明に関する知識は誰にも負けないほどの量がある。だからこそこうして派遣されたのであり、フィオナは云わば『助手』のような扱いであった。
 それでも、フィオナがアラグ文明の研究の道に突き進むきっかけとなったグ・ラハ・ティアと共に調査に励む事が出来るのは、彼女にとって非常に光栄な事であり、ただ単純に嬉しくもあった。

「それが、魔法障壁に阻まれて『八剣士の前庭』すら突破する事が出来ていないのです」

 グ・ラハ・ティアの質問に対するラムブルースの言葉を聞いた瞬間、フィオナはこの調査が長引くであろう事を覚悟し、喜んでいる場合ではないと気を引き締めた。





 二人の到着はタイミングが良かったのか、調査団はちょうどこれから飛空艇を使って上空から侵入を試みるのだという。
 フィオナたちはクリスタルタワーの傍まで行き、巨大な剣士像が並ぶ『八剣士の前庭』を視界に捉えた。飛空艇での侵入が可能と分かれば、グ・ラハ・ティアとフィオナも続いて侵入し、いざとなれば聖コイナク財団のメンバーに代わって戦闘する段取りでいた。二人は手練れの冒険者ほどではないが、それなりには戦える。とはいえ、調査目的でここに来ているのだから、身の危険を察すれば撤退し、新たな策を考える必要がある。

「グ・ラハはどう思う?」
「……上空からでも魔法障壁に引っかかる、と思う」
「この塔って今の技術で造られたものじゃなくて、アラグ帝国の遺産だしね……その辺りは抜かりないよね、きっと」

 念の為、二人は物陰に隠れて様子を窺った。恐らくクリスタルタワーは防衛機構を備えていて、侵入者を感知したら攻撃が放たれるようになっているのではないか。だとすれば、己たちも巻き込まれないようまずは身を守る必要がある。

「――来たぞ」

 グ・ラハ・ティアの声に、フィオナは何も言わず空を見上げた。一隻の飛空艇が上空に現れ、クリスタルタワーに向かって進んで行く。何事もなく侵入できれば良いのだが――フィオナは一縷の望みに賭けたものの、下降する飛空艇が見えない壁に弾かれたのを目の当たりにした。
 この後、防衛機構で攻撃が来る恐れがある。念には念をと、フィオナは即座に白魔法で己とグ・ラハ・ティアを守るようにバリアを張ろうと詠唱を始めた。

 詠唱が終わり発動すると同時に、けたたましい爆発音が二人の耳をつく。
 飛空艇は呆気なく爆破され、暫くして飛び散った破片がフィオナたちを襲い掛けたが、幸いバリアによって弾かれた。
 破片たちが地面に落ちると共に、クリスタルタワー周辺は再び静寂に包まれた。まるで、何事もなかったかのように。

「……あの魔法障壁を破る術を見つけない限り、オレたちじゃ手も足も出ねーな」
「アラグ文明の技術といっても、きっと私たちでも解除できる仕掛けがある筈だよね。帝国は実際それでアルテマウェポンを起動したわけだし」
「ああ。その為にオレたちがここに来たんだからな」

 フィオナが言ったように、現代に生きる人間でもアラグ帝国の技術を紐解くのは不可能ではないと、敵国が証明している。アラグ文明を研究する者として、そして知の都シャーレアンで育った者として、手ぶらで帰るわけにはいかない。まずは様々な仮説を立て、それを実践していくしかない。本当に長い調査になりそうだと、クリスタルに囲まれたモードゥナの地を見渡しながら、フィオナは息を呑んだのだった。

2021/11/07

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