あの日奪われた心臓は生きている

「はあ……何も出来ずに待っているだけというのも、辛いですね……」

 レヴナンツトール、石の家にて。フィオナはバルデシオン委員会の同僚であり友人でもあるクルル、そして『暁の血盟』の受付タタルと顔を見合わせ、溜息を吐いた。
 彼女たちの目の前では、アルフィノ、アリゼー、ヤ・シュトラ、サンクレッド、ウリエンジェが、ベッドに横たわり眠りに付いていた。否、眠りと称するのは語弊がある。彼らは二度と目を覚まさないと錯覚してしまうほど、微動だにしなかった。
 それもその筈、彼らの魂は『ここ』にはなく、次元を超えた『第一世界』に渡っているのだ。

 ただ一人、かの冒険者を除いては。

「……いっそ私も、一緒に行けたら良かったのにな」

 冒険者は今この場にはいない。その肉体ごと第一世界へと渡った『らしい』。確証は持てないが、この世界から第一世界へ冒険者たちを召喚したらしき人物の言葉を信用するなら、そういう事になる。

 今から少しばかり時を遡り――暁の血盟の者たちが次々と倒れる中、フィオナと冒険者はギムリトにて帝国軍と戦っていた。結局のところフィオナは回復で手一杯で、それどころかゼノスの攻撃を喰らってまともに動けずにいた。冒険者はリセやヒエン達と共に、フィオナを守りながら戦い、彼女はまさに足手まといとしか評価しようがない有様であった。ゼノスが冒険者に止めを刺そうとした際、間一髪でイシュガルドの竜騎士が助けてくれたお陰で最悪の事態は起こらずに済み、また、帝国内部でも何やら混乱が起こっているらしく、帝国軍は一時撤退。更に、アラミゴとドマの独立に後押しされるように、他の属州でも独立運動が起こっており、一先ずエオルゼアでは帝国との戦いは中断となった。

 そんな中、冒険者は戦場で謎の人物の声を聞いたのだという。
 第一世界の人間だというその者は、『暁の血盟』の皆の魂を預かっており、この世界を救う為、冒険者に協力して欲しいと要求――フィオナは又聞きである為正確な内容ではないが、ざっとそんなところである。
 そして、冒険者が第一世界に渡る為にはクリスタルタワーに仕掛けた装置がトリガーとなるらしく、暁の血盟の残された者たちや、聖コイナク財団、ガーロンド・アイアンワークスの皆で協力し、シルクスの塔を探索していたところ、冒険者がその装置を発見し、そのまま第一世界へ転送されてしまい――そして、今に至る。
 フィオナもその場にいて一緒に探していたからこそ、どうせなら自分も転送されれば良かったのに、というのが先程の独り言の意味であった。

「もう、フィオナ。心配なのは分かるけど、私たち『何も出来ない』わけじゃないのよ?」

 そう言ったのはクルルである。クルルとフィオナは、眠りに付く暁の血盟の面々の肉体を維持するため、彼らにエーテルを与える仕事がある。

「フィオナさんもお疲れなのかも知れないでっすね……気休めにしかなりませんが、お茶を淹れてくるでっす!」

 タタルが挙手してそう告げれば、足早に部屋を後にした。
 ふたりの気遣いに、フィオナは自分が情けないと苦笑しつつ、気を取り直した。どうして自分は第一世界に召喚されなかったのか、と内心いじけていたのだが、自分には自分のやるべき事がある。クルルだけに重労働を任せるわけにもいかないのだから。

「ごめんね、クルル。タタルさんの言う通り、疲れて弱気になってたかも」
「フィオナはシャーレアンにいた時から、ラハくんとあちこち行っていたし、じっとしているのが性に合わないんじゃない?」
「……昔はこんな性格ではなかったんだけど」

 フィオナが暁の血盟に協力する事になり、冒険者と共に戦場に出る事を申し出たのは、グ・ラハ・ティアの影響が大きかった。彼に感化され、シャーレアンという何不自由ない国から飛び出して、多くの経験を得たのだ。クリスタルタワーで眠る彼が今の己を知ったら、驚くだろうか。
 まさか、第一世界で冒険者たちを呼び寄せた者の正体が、グ・ラハ・ティアその人だと、フィオナはまだ知らなかった。



 それから間もなくして、思いも寄らぬ人物が石の家に現れた。
 第一世界にいる筈の冒険者が、何の前触れもなくフィオナたちの前に姿を見せたのだ。

「えっ!? あ、あの、冒険者さん!?」

 混乱するフィオナに、冒険者は掻い摘んで説明を始めた。冒険者より先に召喚された『暁の血盟』の皆は、第一世界へ渡るには魂でしか通る事が出来なかったが、それから数年経った今、冒険者はその身体ごと第一世界へ渡る事が出来たのだという。この時点で、フィオナは冒険者の言葉を理解出来なかった。

「待ってください。『数年』? 暁の皆が倒れて、そして冒険者さんが第一世界へと渡って……まだ何日も経っていませんよ?」

 フィオナの疑問に、冒険者は最初は驚きの表情を浮かべたが、すぐに「そういえば、そうだった」と頷いた。その会話を聞いていたクルルが、閃いたように声を上げる。

「……もしかして、この原初世界と第一世界では、時間の進み方が違うのかしら」

 冒険者は頷いて肯定し、アルフィノたちが第一世界へ渡ってから自分が『あちら側』に召喚されるまで、何年もの時が経っていたと説明した。
 フィオナは初めこそ驚いたものの、寧ろこれは原初世界にいる自分たちにとっては好都合だと前向きに捉える事にした。

「不幸中の幸いと言っていいですね。原初世界のほうが時間の進み方が遅いなら、帝国軍が動き出すより先に、暁の皆様がこの世界に戻って来れる可能性が高いです」
「はぅ〜……良かったでっす……」

 フィオナの横でタタルが安堵の溜息を吐き、冒険者の顔から微笑が零れる。
 どうやら冒険者だけは原初世界と第一世界を自由に行き来できるようで、今回はタタルたちを心配させないよう、云わば中間報告に来たのだという。

 冒険者たちを召喚した男は『水晶公』と名乗り、彼が言うには、第一世界を救う事が原初世界を救う事にもなり、逆に第一世界が消滅すれば、原初世界で『霊災』が起こってしまうという話であった。
 これはウリエンジェの説であるが、先のギムリトタークにて、帝国軍が『黒薔薇』と呼ばれる毒ガス兵器を使用した事で、『第八霊災』が起こり、この原初世界も崩壊の道を辿るのだという。冒険者たちはウリエンジェの仮説を受け容れ、霊災を阻止する為、『罪喰い』によって崩壊の迫る第一世界を救う事に決めたのだった。

「あたかも信じ難い話ですが……ガレマール帝国が、この世界のエーテルをすべて消滅させるほどの技術を持っている、と? アラグ帝国の技術の応用でしょうか」

 フィオナはウリエンジェの事は全面的に信頼しているが、『水晶公』という男についてはあまり信用していなかった。冒険者とて事細かにすべてを説明できるわけではなく、直に会えば信用に足り得る人物に見えるのかも知れないが。
 その懐疑は尤もだと、冒険者は補足した。どうやら帝国軍が『黒薔薇』を使用したタイミングで第一世界が消滅し、その影響で黒薔薇の威力がとてつもないものになってしまったのだという。

「はあ……なんだか何もかもが『出来過ぎている』気がしますが……水晶公とやらはともかく、ウリエンジェさんが仲間を謀る理由はありませんしね」
「あら、フィオナは水晶公さんの事が好きじゃない?」
「いや、好きも何も、そんな得体の知れない人を信用していいのかな……って」

 冒険者の説明は納得出来たが、フィオナとしてはそもそも『水晶公』とは何者なのだという疑問が解消されない以上、信用しようがなかった。
 だが、冒険者を困らせないようにする為か、クルルは敢えて茶化すようにフィオナへ訊ねた。

「フィオナ、余程第一世界に召喚されなかったのがお気に召さないみたいね?」
「ちょっ! クルル、冒険者さんの前で!」

 顔を真っ赤にして慌ててクルルの口を塞ぐフィオナに、冒険者は呆気に取られてしまったが、そんな二人をタタルはくすくすと笑いながら眺めていた。そんな光景に、冒険者は心の底から安堵した。己たちの帰る場所は『ここ』で、帰りを待ってくれている彼らの為にも、なんとしても第一世界を救い、原初世界に戻ろう――冒険者はそう決意を新たにした。

「冒険者さん、私たちに会いに来てくれて、ありがとうでっす。お茶でも……と言いたいところでっすが、第一世界の時間の進み方が早いなら、すぐに戻らないといけないでっすよね」

 冒険者を見上げて名残惜しそうに言うタタルに、冒険者は苦笑しつつ「皆の顔が見れて良かった」と頷いた。そして、最後にフィオナに向かって「少しだけ時間を貰えるか」と訊ねた。

「? 構いませんが……」

 すぐに帰らないと、あちら側では既に何日、何ヶ月も経っているのではないかとフィオナは怪訝に思いつつ、冒険者と共にいったん石の家を出たのだった。





「……『水晶公』が、グ・ラハかも知れない?」

 目を見開くフィオナに、冒険者は真剣な面持ちで頷いた。確証はない。なにせ水晶公は常にフードを被っていて、意図的に顔を見せないようにしている。だが、召喚されて対峙した時、水晶公の声を聞いた瞬間、グ・ラハではないかと感じたのだ。本人に訊ねてみたが、否定されてしまった為、未だ水晶公の正体は分からないままなのだという。

「でも、私にそれを言うという事は、冒険者さんも水晶公がグ・ラハじゃないとは言い切れないから、ですよね?」

 フィオナの問いに、冒険者は頷いた。こんな話をしてごめん、でもフィオナには伝えなきゃいけないと思った――真っ直ぐな眼差しでそう告げる冒険者に、フィオナは口角を上げて頷いた。

「ありがとうございます。私も色々調べてみますね。尤も、時間の進み方からして、私が真実に辿り着くより先に皆さんが戻って来る気がしますが」

 フィオナはそう言って苦笑したが、これは決して卑下ではない。そもそも人間が鏡像世界を自由に行き来する事自体が信じられない事なのだ。こんな芸当が出来るのはアシエンだけである。一体その水晶公はどんな技術でこんな召喚術を為し得たのか。それがグ・ラハだとしたら――否、考えるのは冒険者が第一世界に戻ってからだ。フィオナはそう自分に言い聞かせ、最後に冒険者にこう告げた。

「もし水晶公がグ・ラハだったとしたら、原初世界に帰って来て欲しいというのが本音ですが……私は、グ・ラハが幸せに暮らせるなら、それだけで十分です」

 もし水晶公がグ・ラハだとしたら。第一世界で新たな人間関係を構築し、原初世界のグ・ラハ・ティアではなく、『第一世界の水晶公』として生きているのかも知れない。例えば、もしあちら側の世界で愛する人が出来て、もう原初世界に戻るつもりはないのだとしたら。それを否定する権利はフィオナにはない。

 フィオナの言葉に、冒険者は神妙な面持ちで頷いた。

「まあ、本当に水晶公はグ・ラハじゃないかもしれませんよ? 冒険者さんの前で自分がグ・ラハ・ティアである事を隠す必要はないですから」

 冒険者もそれが不可解だ、とフィオナに同意すれば、また落ち着いたらこちらに来ると言って、テレポでレヴナンツトールから姿を消した。

「……グ・ラハだとしたら、私を召喚しないなんて、有り得ない!」

 冒険者の前では強がっていたものの、ひとりになった瞬間、フィオナは虚空に向かって苛立ちを露わにした。
 クリスタルタワーと共に眠りに付く時、己に何も言わずに勝手にひとりで決めたうえ、原初世界の危機だというのに己の事は召喚しないなど、どこまで人を怒らせれば気が済むのか。完全にフィオナは不貞腐れていたが、その理由は後々になって解明される事となる。



 今はまだ誰の目にも触れていないが、フィオナはシャーレアンの賢人として、そして暁の血盟の一員としてとはまた別に、個人的に冒険録を綴っていた。歴史書でもなんでもない、日記帳のようなものである。
 グ・ラハ・ティアがクリスタルタワーと共に眠りに付いた後、フィオナは彼との日々を忘れないよう、記録として残す事にした。シャーレアンで過ごした日々から、クリスタルタワー封印の為にエオルゼアを訪れ、調査に明け暮れた日々の事。そして、グ・ラハとの別れ。
 その先は、完全にフィオナの日記帳となっていた。クルルと再会し、バルデシオン委員会をいつか復興させようと誓い合った事。ミンフィリアを失った『暁の血盟』を陰ながら支え始めた事。そして、フィオナの視点で追い掛けた冒険者の数々の活躍。尤も、イシュガルドで竜詩戦争を終結させた過程は、あちらの国で貴族の手によってしっかり執筆されているから、そちらを参照した方が良いだろう。だが、アラミゴとドマの解放戦争については、それなりに執筆出来ている自信があった。クルルが帝国に囚われ、『超える力』の研究に利用された事について、フィオナがひたすら自責の念を綴っている箇所を除いては。

「そういえば、ギムリトでの戦いはまだ書いてなかったな……良い機会だから書こうかな、また反省文になりそうだけど」

 第八霊災が起こった世界線で多くの人に読まれたフィオナの歴史書――と称するには少々語弊があるそれは、かの世界線では未完で終わった話の続きが、死を回避した彼女自身の手によって、この『第八霊災の起こらない世界線』で綴られようとしていた。

2023/01/21

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