掃溜に生きる人々のためのアリア

 ウネとドーガから皇族の血を分け与えられた事で、己はすべてを思い出し、そして己が何を為すべきか、すべてを理解した。
 遠い祖先はアラグの皇族から血を与えられていたが、幾多もの霊災を超えて五千年経った今、己の代に受け継がれた血は非常に薄くなり、クリスタルタワーの制御など出来るはずもなかった。
 だが、ふたりから改めて血を与えられ、五千年前の祖先と同じ状態となった今。彼らは自分たちの命と引き換えに己たちを助けてくれた。つまり、第七星暦の今、アラグ皇族の血は、この世界で己ひとりにしか流れていない。
 ならば、己の使命はひとつだけ――クリスタルタワーを制御できるただひとりの存在である己が、この世界を護る為、塔を封印し、ともに眠りに付くのだ。いつか遠い未来、クリスタルタワーの力を必要とする者たちが、封印を解く技術を編み出す時が来るまで。

 グ・ラハ・ティアとしての人生に未練がないとは言わないが、世界と自分の人生を天秤にかけた結果、後者を捨てるしかないのは明白であった。尤も、これは強制された事ではない。嫌々選んだ道ではなく、自ら進んで選んだ道である。
 なによりも、ガーロンド・アイアンワークスの面々、そしてあの冒険者とともに『ノア調査団』として過ごしたかけがえのない日々が、己の心に火を灯したのだ。これが己にしか為し得ない事ならば、何も後悔はなかった。

 ただ、ひとつだけ心残りがあるとしたら。

「――幸せになれよ、フィオナ」

 魔眼を持って生まれた己を肯定し、ずっと支えてくれていた腐れ縁の少女。否、今となってはすっかり大人になった彼女――フィオナというひとりの女性には、自分の代わりに幸せになって欲しかった。
 まさか、それが彼女にとってある種の呪いになるとは思わず、己――グ・ラハ・ティアの人生は、クリスタルタワーの封印とともに、一度、幕を閉じた。



 己が目覚めたのは、第七霊災から約二百年後。エオルゼアは第八霊災が長きに渡り続いており、地獄と表現するしかない光景であった。

 第八霊災は完全に想定外の形で訪れた。これまでの歴史から、霊災は千年から数千年単位の間隔で起こるものだと考えられており、実際にクリスタルタワーに起因する第四霊災は五千年前の出来事であった。
 それが、第八霊災は己がクリスタルタワーとともに眠りに付いた後、数年も経たずに起こったのだという。人類が研究を重ね、漸くこのクリスタルタワーの封印が解かれたものの、二百年経った今も霊災は続き、人類が滅亡するのは遠くない未来の話であった。

『黒薔薇』――ガレマール帝国が開発した禁忌の毒ガス兵器。それはエーテルの流れを完全に止めるものであり、帝国がエオルゼアを滅ぼす為に使ったはずが、帝国自体をも飲み込み、破滅へと導いたほどの想定外の威力であった。
 そして、エーテルの枯渇はエオルゼアだけでなく全世界に広がり、結果、限られた資源を奪い合うため、人々は互いに殺戮を始めた。
 最早国家という組織は機能しなくなり、獣と化した人類は、滅びの道を辿りつつあった。

 だが、そんな中でも一縷の望みに懸け、研究を続けた者たちがいた。
 ガーロンド・アイアンワークス――かつて『ノア調査団』の一員として、クリスタルタワーの封印を見届けた技術者たちである。

 残念ながら、シドをはじめとするノア調査団の皆が生きている時代に、クリスタルタワーの封印を解く事は出来なかったが、次の世代へ引き継がれ、二百年後の今、ガーロンド・アイアンワークスの責任者であるビッグスIII世が、見事封印を解いたのだった。



「これまでの研究で、霊災が起こる度に『鏡像世界』とこの世界――『原初世界』が統合される事が明らかになった。この第八霊災は、『第一世界』の統合によって起こったものだ。……つまり、この世界で第八霊災が起こる前に第一世界を救う事が出来れば、霊災は回避され、人類は救われるというわけだ」

 ビッグスIII世の言葉は初めこそ信じがたいものであったが、この二百年間、希望を持ち続けたシドたちが研究し、作り上げた理論を否定する事など出来なかった。寧ろ、ビッグスIII世の説明を聞けば聞くほど、納得せざるを得なくなった。

 シドの理論によると、このクリスタルタワーを改良し、膨大なエネルギーを集めて『時間転移』を行い、この世界で第八霊災が起こる前の『第一世界』にこの塔ごと転移する。そして、第一世界の崩壊を食い止める事が出来れば、『第八霊災の起こらない世界線』が生まれ、歴史の改変が出来るのだという。
 いずれにせよ、残された時間はごく僅かであった。人類の滅亡は間近に迫っているなか、諦めなかった者たちが、未来に希望を託すために己を眠りから解き放ったのだ。

 己の使命は決まっていた。
 第八霊災で死んでいった多くの者たちを救うため、歴史の改変を行う。

 躊躇いや拒否感は一切なかった。それは、第八霊災で犠牲となった者たちの中に、かの英雄がいた事、そして、幸せになって欲しいと思っていた彼女がいたからだ。
 この悪夢のような世界で、希望を捨てずに生きて来た者たちは、皆、英雄の冒険譚を読み、聞き、思いを馳せていたのだという。
 あの英雄は、心半ばに命を落とした後もなお、多くの人々に希望を与えていたのだ。
 それを聞いて、世界を救うという命運を投げ出すなど、出来るわけがなかった。
 絶対にこの世界を救う。己の心の中に、迷いなど一切存在しなかった。



 シドが確立した理論をもとにクリスタルタワーの改造にあたるなか、ビッグスIII世をはじめとしたガーロンド・アイアンワークスの面々は、この二百年間の出来事を知らない己に様々な事を教えてくれた。

「そうそう、あなたの恋人が書かれた歴史書も、多くの人に読まれていましたよ」
「恋人?」
「シャーレアンの賢人、フィオナ氏はあなたの恋人ではなかったのですか?」
「……伝聞ではそういう事になってんのか……」

 己はともかく、本人が聞いたら怒りそうだ。ただ、書かれている内容には興味があった。彼らが所持していたフィオナの歴史書を借りて、息抜きに読む事にした。

 書かれている内容は、己がクリスタルタワーと眠りについた後――『暁の血盟』とともに生きる事を選んだフィオナの半生を綴った記録。そして、英雄――冒険者の戦いの日々が書かれた冒険譚でもあった。
 バル島の消滅でバルデシオン委員会は機能しなくなっていたが、奇跡的に生き残ったクルルと再会したフィオナは、彼女とともに暁の血盟に協力する事を選んだ。
 フィオナの人生は一気に変わった。シャーレアンに戻らずエオルゼアで生きる彼女の日々は、決して平坦な道程ではなかったが、情報戦メインで動き冒険者たちを陰ながら支援し、時には共に戦う様子は、文章だけでも脳裏にその様子が浮かぶほど、引き込まれるものであった。
 これでは歴史書というより、ノンフィクションの小説ではないか。そう思いつつ読み進めていくと、恐らく、彼女の中で運命を大きく分けたであろう出来事が記されていた。
 アラミゴ解放戦争の際、クルルがガレマール帝国に捕えられ、『超える力』の研究に利用された際、何も出来なかった事を相当悔やんでいる様子が窺い知れた。勿論、本当に何もしていないわけではないだろう。なにも前線に出て戦う事だけがすべてではない。フィオナはきっと充分働いていたと思うのだが、それでも、彼女自身は納得しなかった。

 アラミゴとドマが帝国から独立し、続くように多くの属州で独立運動が始まりかけた頃。ガレマール帝国は突如エオルゼアへの再侵攻を行い、ギムリトで両軍の攻防戦が行われた。
 暁の血盟も最前線で戦うなか、フィオナは英雄の反対を押し切って、ともに戦場に立つことを選んだ。無論、回復役は多いに越した事はないが、英雄は最後まで躊躇いながらも、彼女の熱意に押されて頷いたのだという。
 彼女の歴史書は、ここで止まっていた。決して執筆を放棄したのではない。綴る者が命を落としたからに他ならなかった。

 歴史のターニングポイントはこの時だった。このギムリトダークで帝国軍は『黒薔薇』を使用し、エオルゼア同盟軍だけでなく帝国側も多くの死者を出した。
 ここからは他の者が記した記録からの情報となる。英雄より先に、フィオナは黒薔薇によって命を落とした。英雄が介抱し、必死で声を掛けるなか、彼女は息を引き取ったのだという。
 もし、その場に己がいたとしたら、悔やんでも悔やみ切れなかったに違いない。自分が彼女を戦場に立たせる事を許してしまったばかりに、と。
 現に、ガーロンド・アイアンワークスの面々は『ザ・バーン』で調査を行っており、一命を取り留めたのだ。フィオナも本来は戦場ではなく、シドとともに帝国へ対抗する為の研究を行うはずだったと、これも他の記録から把握出来た内容である。

 ビッグスIII世から聞いた話によると、そもそも帝国の開発した『黒薔薇』は、本来ここまでの威力を持つ兵器ではなかったとの事だ。自分たちも被害を被るような兵器を使うわけがないのは理に適っている。ならば、何故――その答えはまさに『第一世界』にあった。
 霊災は『鏡像世界』が己たちの住まう『原初世界』に統合される事によって引き起こされる。鏡像世界で光と闇のバランスが崩れ、崩壊すると、原初世界に統合されるという仕組みである。
 つまり、『第一世界』が原初世界に統合された事で、黒薔薇は霊災を引き起こすに足り得る、世界を崩壊させるほどの強大な力を持つ代物となってしまったのだ。

 ゆえに、第一世界が統合されないよう――崩壊の危機を回避すれば、第八霊災は起こらないのだ。





 戦火を逃れながら、クリスタルタワーの改良を進め、漸く転移が理論上可能となった。失敗は許されない。試運転など出来るわけがなく、転移が失敗すれば、己の命はおろか、原初世界も鏡像世界も、何もかもが終わってしまう。
 責任重大だが、怖くはなかった。
 ノア調査団として過ごしたあの日々のように、彼らと一緒なら不可能などないと思える気持ち。あの感情が、間違いなく今の瞬間もあり続けているのだ。

「グ・ラハ。これも持っていけ」

 転移前、ビッグスIII世はフィオナの歴史書を己に差し出した。

「恋人なんだろ?」
「いや、そういうんじゃ……」

 もう何度目の遣り取りだろうか。ガーロンド・アイアンワークスの面々は己とフィオナを『そういう目』でしか見ていないらしい。恐らく、フィオナの歴史書をもとに誰かが、そんなフィクションの小説めいたものでも書いたのだろう。

「……まあ、歴史が変われば、そんな未来もあるかもしれないな」

 歴史が改変され、第八霊災が起こらない世界線が生まれたとしたら。
 もしそこに己が彼女の隣にいたとしたら。
 ――否、第一世界に転移した後、無事霊災を回避できたとして、己が原初世界に戻れるかどうかなど分からない。
 ただ、彼女には幸せになって欲しい。霊災を回避すれば、少なくともそれは保証される。これ以上を望むのは贅沢というものだ。

「って、いや、別にそういう関係じゃないんだけどな……」
「素直になれよ、グ・ラハ」

 ビッグスIII世は考えを改める気はないらしい。それはともかくとして、己は彼女の歴史書を預かる気はなかった。差し出された書物を、ビッグスIII世へ押し返す。

「それは皆が持っていてくれ」
「……いいのか? 彼女は目覚めたお前に持っていて欲しいと思っていたかも知れんぞ」
「それでも、その歴史書もまた皆にとっての希望になるのなら、フィオナにとってもその方がいい」

 決して彼女の気持ちを無下にするつもりはない。尤も彼女の意思など誰も知りようがないのだから、憶測で語るしかないのだが。ビッグスIII世は「後悔するなよ?」と言えば、書物を仲間へと渡した。

「……転移、かならず成功させるぞ」
「ああ。そこから先は、任された」





 それから先の出来事は、話せば非常に長くなるが、一先ずクリスタルタワーの転移は無事成功した。第八霊災の起こった原初世界がその後どうなったのか、己は知る事が出来ないが、絶対に皆の希望を無駄にしない為にも、この『第一世界』を救ってみせる。
 ただ、想定していたよりも百年ほど前の時間軸に転移してしまっていた。だが、幸いにもそのお陰で第一世界を救うための研究、および準備に年月を費やすことが可能となった。約百年の時を経て、この世界を救い、そして第八霊災の起こらない世界線を作る為――原初世界から、ギムリトで交戦中の英雄たち、『暁の血盟』をこの世界に召喚する事に成功したのだった。

2022/12/28

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