いりぐちは深潭

「――で、もう本当に頭にきちゃって! 大体私も一応は賢人なのに、隠し事するなんて酷いと思いません? 大体一緒に派遣されてるのに……」

 海の都、リムサ・ロミンサを代表する施設のひとつであるレストラン『ビスマルク』にて。雲ひとつない青空の下、テラスで海の幸を味わいながら、フィオナはヤ・シュトラに愚痴を繰り広げていた。無論、フィオナ本人もはじめはそんなつもりなどなかったのだが、クリスタルタワーの調査結果について分かる範囲を説明していくうちに、どうしてもグ・ラハ・ティアが己に報告書の一部を伏せていた事が気に掛かってしまったのだ。尤も、聞かされるヤ・シュトラにしてみれば堪ったものではないのだが。

「実際、あなたと彼は『ノア』ではなく『バルデシオン委員会』では対等な立場なのでしょう? 本国への報告書なら、後で彼の居ない間に閲覧しても、何も問題ない筈よ」
「でも、本人が頑なに見せたくないものを、勝手に見てしまうのは……」
「はあ……」

 建設的な意見を述べたところで、フィオナはまるで言い訳のようにやんわりと否定する。妹の同僚であればとヤ・シュトラもはじめは表に出さなかったものの、徐々に苛立ちつつあった。
 このフィオナという子は、悩みに対する解決策が欲しいのではない。共感し、同調して欲しいのだ。そう気付いた瞬間、ヤ・シュトラは『これは無駄な時間だ』と即座に判断した。

「クリスタルタワーの話をする気がないなら、帰るわね」
「はっ!! ち、違うんです!」
「あなたは行き詰まった調査を少しでも進めたいの? それとも大好きな彼が隠し事をしている事に対して、私に一緒に糾弾して欲しいのかしら」
「あ、あああ……前者です……」

 真顔できっぱりと言い放つヤ・シュトラに、フィオナは完全に動揺してしまっていた。グ・ラハの事を『大好きな彼』と称するなど、まるで自分が恋愛感情を抱いているみたいではないかと突っ込むより先に、ヤ・シュトラと話す内容が完全にずれてしまっている事のほうが、フィオナにとっては恥ずかしい事であった。

「素直ね」
「いえ、話が脱線してしまったので……でも、ヤ・シュトラさんもこんな少ない情報では助言も難しいですよね」
「そうね……」

 八剣士の前庭の防衛機構はシドの技術によって突破出来たものの、シルクスの塔の防衛機構はまるで歯が立たない状態である。これまで試行錯誤した内容を説明したものの、ヤ・シュトラも即座に回答するのは難しい様子であった。

「時間さえあれば、私も協力したいところなのだけれど……あいにく『暁の血盟』も慌ただしくて」
「ですよね……いえ、ヤ・シュトラさんに頼り切るのも、賢人としてどうかと思いますし……」
「いい? 『賢人として相応しくない』なんて思わない事ね。聖コイナク財団も、シドも手に負えないというのなら、あなたが劣っているという訳では決してないわ。別のアプローチが必要かも知れないわね」
「別の……」

 聖コイナク財団とフィオナ、グ・ラハだけではどうにもならなかった八剣士の前庭は、帝国から亡命したシドの知識によって防衛機構を突破する事が出来た。帝国もまたアラグ文明を研究している国家であり、シャーレアンとはまた異なる知識も持ち得ている。尤も、アラグの遺産であるアルテマウェポンを起動するなど、研究方針がシャーレアンとは相容れないのだが。
 帝国出身であり、知識豊富なシドでもお手上げというならば、他の者に助言を求めるのが得策であるとヤ・シュトラは言いたいのだ。シャーレアンでもなければ、帝国でもない――果たしてそんな人物、あるいは組織が存在するのか。聞いた事がない、とフィオナはまた頭を抱えてしまった。

「私としても、『分からない事を分からないままにしておく』のは非常に癪なのだけれど……進捗があれば共有して貰えると助かるわ。勿論、私も何か分かれば伝えるわ」
「ありがとうございます……! もしかしたらラムブルースさんも同じ事を考えて動いているかも知れませんね」

 ヤ・シュトラの気遣いに、フィオナは漸く前向きな気持ちになり、もう考えても駄目なものは仕方ないと、目の前にある美味しい海産物を堪能する事とした。そんな子どもじみた様子に、ヤ・シュトラも微笑を零せばフィオナに倣って口を付けた。

「フィオナ、エオルゼアの食事は気に入ったかしら?」
「え? は、はい! それはもう! 特にこの『ビスマルク』は最高です! こんなに美味しい料理、初めて食べたかも……いえ、グリダニアの『カーラインカフェ』も素敵なお店ですが、甲乙つけがたいです」
「ふふっ。シャーレアンに引き籠らず、外の世界に出て良かったわね」

 ヤ・シュトラもシャーレアン出身だからこそ、食事は『効率良く栄養補給を行う作業』という固定観念に囚われたあの国の残念な部分をよく理解しているのだろう。フィオナは幼い頃にたまたま手にした書物から、シャーレアンの外の世界の料理を知り、そこから食の魅力に目覚めていったのだが、その本に巡り会わなければ、『賢人パン』が一般的な味だと思い込んで生きていた可能性も無きにしも非ずである。無知を恥とは言わないが、例え研究に関係のない知識でも、知っている方が幸せになれる事も世の中には多々あると、フィオナは身をもって理解していた。

「――さて、残念ながらあなたの悩みも解決しなかった事だし、食事が終わったらモードゥナに戻る? それとも彼と顔を合わせたくないから、リムサ・ロミンサでのんびりする?」
「うう……気まずいですが、モードゥナに戻ります。折角ヤ・シュトラさんにご助言を頂いたのに、意地を張って共有しない方が良くないです」
「あら、助言らしい事は何も言っていないのだけれど」
「『別のアプローチ』ですよ! 私たち以外にアラグ文明に詳しい人がいないか、探してみます!」
「まあ、いるとしたら聖コイナク財団の方でもうアプローチしていると思うけれど……見つかるといいわね」

 意気揚々と拳を握るフィオナであったが、ヤ・シュトラはろくな提案ではないと思っているのか、苦笑を零した。聖コイナク財団とバルデシオン委員会、そしてシャーレアン出身者や帝国出身者以外でアラグ文明に詳しいなど、それこそエオルゼアの外に出るところから始めなければならない。果たしてエオルゼア外の者が、この『クリスタルタワー』について分かる事などあるのだろうか。
 とはいえ、折角フィオナが元気になったのに、水を差してはいけないと、ヤ・シュトラは表面的に応援する形を取るだけとした。まさか、この後にその『エオルゼア外の者』が自らノア調査団の前に現れるなど、誰が予想できただろうか。





 食事を終えて解散と思いきや、ヤ・シュトラはエーテライトが設置されているモードゥナのレヴナンツトールまで、フィオナと一緒に行動した。

「もしかして、ヤ・シュトラさんもモードゥナで何か研究を?」
「あら、知らなかったの?」

 まさかわざわざ調査地まで送ってくれるとは考え難いと、フィオナが疑問を投げかけると、ヤ・シュトラは小首を傾げながら答えた。

「暁の血盟の拠点を、ここレヴナンツトールに移したのよ。つい最近」
「え……えええええ!?」

 灯台下暗しとはまさにこの事を言うのだと、今この瞬間フィオナは身をもって痛感した。西ザナラーンのベスパーペイに拠点があると聞いていたが、まさかこのモードゥナに移転していたとは。

「驚くほどの事じゃないわ。前の『砂の家』では帝国軍に襲撃されて被害者が出たり、色々とあったのよ。ひとりだけ、未だ砂の家に残っている人はいるけれど」
「そうだったんですか……私、全然知らなくて。駄目ですね、エオルゼアを救った『暁の血盟』の事をもっと知らないと」
「あら、それは暁の血盟に入りたいという事かしら? 歓迎するわよ」
「いえ! まずは目先の問題を解決しない事には……!」

 ヤ・シュトラは冗談で言っていると分かっていつつも、フィオナは大袈裟に両手と首を左右に振って拒否の意を示した。決して暁の血盟が嫌というわけではなく、まずはバルデシオン委員会としての責務を果たすのが先だからである。尤も、委員会と暁の血盟の掛け持ちなど出来るかも不明ではあるが。『超える力』がなくとも暁の血盟の一員となりサポートする事は出来なくもないものの、エオルゼアと帝国の戦争については不干渉を貫くシャーレアン本国のスタンスとは真逆になってしまい、バルデシオン委員会に迷惑を掛ける可能性もある以上、相当の覚悟がなければ出来ない。

「ふふっ。勧誘は失敗したけれど、何かあればいつでもいらっしゃい。……っと、ちょうど良いところに来たわね」

 ふと、ヤ・シュトラが別方向へと顔を向け、フィオナも同じ方向へ目を向けた。視線の先には、先日のクリスタルタワー調査で世話になった、あの英雄こと冒険者がいた。ヤ・シュトラに気付くと、片手を振りながらこちらへと駆けて来る。冒険者はフィオナも一緒にいる事に初めは驚いたものの、シャーレアンから来たふたりが偶然出くわして一緒に行動するのは自然な事だとすぐに納得したようであった。

「あなた、『ノア』から何か聞いている? フィオナ、調査に行き詰まってお手上げの様子よ」

 ノア調査団は、シルクスの塔への突入が可能になり次第、冒険者部隊に協力要請を出す段取りであった。ヤ・シュトラによってあっさりと現状が知られてしまい、フィオナはがくりと肩を落としたが、冒険者は気にしておらず、寧ろ自分も何か出来ないかと申し出た。

「お気遣いは有難いのですが……ところで、冒険者さんはシドさん以外にアラグ文明に詳しい方はご存知ですか?」

 当然ながら冒険者も首を横に振り、フィオナは「ですよね」と力なく笑みを零した。

「冒険者さん、これから時間はありますか? 折角ですし、現状について共有させて頂きたいです。もしかしたら何気ない会話で何かしらのヒントが得られるかも知れませんし……!」

 フィオナの申し出に、冒険者はヤ・シュトラへと顔を向けると、彼女もそれを促すように笑みを湛えて頷いた。

「暁は今のところ大丈夫だから、行って来なさい。フィオナも彼と顔を合わせるのに、同伴者がいた方が気が楽でしょう?」
「あ、うう……」

 ここに来てグ・ラハの話題を出すかと、フィオナは恥ずかしさで頬を赤らめてしまったが、何も知らない冒険者は首を傾げるばかりであった。



 ヤ・シュトラと別れ、フィオナは冒険者と共にノア調査団の調査地へと向かった。大した距離ではない為込み入った話は出来ないが、冒険者はヤ・シュトラの言葉が気に掛かり、フィオナに「何かあったのか?」と問い掛けた。

「う、ええと……隠すほどの事ではないんですが、その……グ・ラハと喧嘩というか、私が一方的に怒って調査地を離れてしまって……」

 言いながら、改めてなんて子どもなのだとフィオナは気恥ずかしさで再び頬を赤らめたが、冒険者は相変わらず淡々としていて、「フィオナを怒らせるような事をしたのか」と確信を突いた。

「……シャーレアン本国に提出する報告書に、追加で何か書いていたんです。何を書いたのか聞いても教えてくれなくて、絶対に見せない!って感じで隠されて……」

 冒険者はフィオナを責めるでもなく、「確かにそれは気になる」と頷いた。もしかしてこの冒険者からグ・ラハに頼めば、何を書いたのか教えてくれるか、あるいは追記したページそのものを見せてくれるのではないか。フィオナは一瞬魔が差したものの、冒険者にお願いをするより先に調査地に辿り着いてしまった。

 ただ、冒険者が己を否定するのではなく同調してくれた事が、フィオナにとっては有り難かった。エオルゼアを救った『英雄』と呼ばれる人に、こんな話を聞いて貰っただけでも感謝しなければ。フィオナは漸く覚悟を決めて、人に頼るのではなく自分自身で、もう一度グ・ラハと向き合ってみようと決めた。
 その矢先――

「フィオナ! お前こんな時にどこほっつき歩いてたんだよ!」

 グ・ラハ・ティアが血相を変えてフィオナたちの傍に駆け寄った。そもそも報告書を見せてくれれば己はリミサ・ロミンサをほっつき歩く必要もなかったのに、と毒づこうとしたが、言葉が出て来なかった。グ・ラハがここまで緊迫した様子を見せる事は滅多にないからだ。

「グ・ラハ。何があったの?」

 感情的になるより現状を把握するのが先だと、フィオナが単刀直入に訊ねると、グ・ラハの口から信じられない言葉が飛び出した。

「バル島が消滅した」
「……は?」
「嘘じゃない。アルテマ級の魔法攻撃か何かで島ごと消滅したって、ついさっき本国から連絡が……」

 そう言って、心ここに在らずといった様子で呆然とするグ・ラハに、フィオナは血の気が引くのを感じた。こんな悪い冗談を、いくらなんでもグ・ラハが言うわけがない。
 なんとか平常心を保ちつつ、フィオナは状況が掴めていないであろう冒険者に向き直って口を開いた。

「冒険者さん、折角来て頂いたのに申し訳ありません。至急、この事を『暁』の皆様に伝えて頂けますか?」

 冒険者は即座に「わかった」と頷いたが、あまりにも説明が不足しているだけに、困惑している様子である。その疑問を解消するように、フィオナの代わりにグ・ラハがぽつりと呟いた。

「……バル島は、オレ達『バルデシオン委員会』の本拠地がある島だったんだ」

 最早それ以上の説明は不要であろう。冒険者は血相を変えて目を見開けば、ミンフィリアにすぐ伝えると踵を返してこの場を後にした。
 いったん静寂が訪れたが、さすがにこのキャンプ地も突然の事態に混乱しており、フィオナとグ・ラハの耳に再び喧騒が訪れる。

「バル島が消滅って……じゃあ、委員会の皆は……」
「…………」

 呆然と呟くフィオナに、グ・ラハは何も答えられなかった。無論、フィオナとてグ・ラハから答えを求めているわけではない。誰も彼も、経緯すら分からずただ「消滅した」という事実だけを叩き付けられているのだから。

 偶々クリスタルタワーの調査に来た事で、グ・ラハとフィオナは命拾いをしたとも言えるが、本当にバルデシオン委員会の皆も島ごと消滅してしまったのだとしたら。
 送る宛のなくなった報告書の事などもう頭にはなく、何も分からないまま、漠然とした不安がフィオナを襲っていた。そんなフィオナに寄り添うように、グ・ラハは彼女の手を取り、かたく握った。何も分からずとも、この先どうなろうとも、お前はひとりじゃない。だから、大丈夫だ。そう訴えるように。

2022/05/07
2022/05/29 Revise

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