復活の終わりに命のいぶき

 イシュガルドの空はどこまでも蒼く、真っ白な雪原とのコントラストは、大海原と似て異なる美しさがあった。
 眩しい日差しが雪に反射して、アトリは思わず目を瞑った。こんな感覚を覚えるのも、イシュガルドで暮らさなければ分からなかった事だ。

「アトリ、大丈夫かい?」
「はい! 日差しが強くて、つい……何年経っても慣れません」
「今日は快晴だからね。オルシュファン殿が、アトリのために雪を払い除けてくれたのかも知れないよ」

 キャンプ・ドラゴンヘッドから更に北に向かうのは、アトリ、アルフィノ、そして『光の戦士』――エオルゼアで帝国軍と戦い、そして、イシュガルドの竜詩戦争を終わらせた、紛れもない英雄であった。
 行き先は、クルザス中央高地の北の端。
 亡きオルシュファンがよく訪れていた、皇都を見渡す事が出来る場所――そこには、彼の慰霊碑が建てられていた。



 イシュガルドにて、再び人と竜との和平が結ばれようとしていた最中、突如現れたニーズヘッグが、イゼルと友人関係にあったヴィゾーヴニルを襲い、再び争いが始まってしまった。
 だが、これがドラゴン族との最後の戦いとなった。フレースヴェルグが光の戦士に力を託し、そして、激闘の末エスティニアンの身体を解放する事に成功し、ニーズヘッグの魂は千年に渡る憎悪から解放されたのだった。

 真の平和が訪れたイシュガルドは、エオルゼア軍事同盟へ復帰する事となった。更にはアイメリクが王権を放棄し、貴族院の初代議長としてイシュガルドを導く事となり、国は共和制へと移行した。
 イシュガルドという国の在り方が大きく変わり、中には変化を受け入れられない者も多くいた。
 けれど、過去を見てばかりではいけない。イシュガルドの民だけではなく、誰も彼も、勿論、アトリたちも――皆、前を向いて生きていくしかないのだから。

 アトリは愛する人の慰霊碑の前でしゃがみ込み、ニメーヤリリーの花を捧げた。クガネから外の世界に出る事がなければ、この花が弔いを意味すると知る事はなかったかもしれない。
 父の死を乗り越える事が出来たのは、ひとえに多くの人の支えがあったからである。
 けれど、オルシュファンの死を受け入れられるのは、当分先になりそうだ。今でも生きていると思ってしまいそうになるし、キャンプ・ドラゴンヘッドに行けば明るく出迎えてくれると錯覚しそうになる。
 ――それでも良い。アトリはまず、自分の気持ちに嘘を吐かない事から始めた。
 このクルザスの地は、いつでも己をあたたかく迎えてくれる。悲しみをひとりで背負う必要はないのだ。彼と交友関係にあった者は、誰もがアトリと同じ喪失感を抱えているのだから。

「……オルシュファン、私、グリダニアで魔法を学ぶことにしました」

 アトリが慰霊碑を見つめてそう報告すると、冒険者もアルフィノも微笑を浮かべた。
 ヤ・シュトラの勧めで幻術士ギルドの門を叩き、商人の仕事の合間に鍛錬を積む事に決めたのだった。ロロリトからも了承を得ており、あとはアトリのやる気次第である。

「険しい道のりである事は分かっています。でも、オルシュファンが多くの人に手を差し伸べたように、私も助けを求めている人を救いたい……回復魔法は私に向いていると思ったのです」

 遠回りはしたものの、アトリは今己が何をすべきか考え、決断した。
 イシュガルドを離れ、新たな人生を歩むと。
 キャンプ・ドラゴンヘッドは今、エマネランが新たな主となった。無論、エマネラン本人は葛藤があり、オルシュファンの代わりなど務まるわけがないと自暴自棄になっていた時期もあったが、ドラゴン族との最後の戦いや、エオルゼアとの合同演習を経て、覚悟を決めたようだ。
 己の存在が、皆の枷になってはならない。アトリはそう思っていた。
 例え皆が否定しようと、己がイシュガルドに居続けては、エマネランがオルシュファンの死を引き摺る事になりかねないからだ。彼だけでなく、多くの人が。

「とはいえ、イシュガルドがエオルゼア同盟軍の加わった今、我々はいつでも皇都に来る事が出来る。私たちが何処にいようとも、フォルタン家やイシュガルドの人たちとの絆が消える事はないはずだ」

 まるでアトリの心境を察したかのように、アルフィノがそう告げる。
 そう、永遠の別れではない。
 冒険者やアルフィノ、そしてタタルも、イシュガルドを離れ、『暁の血盟』として前に進んで行く。
 また会う日までの、新たな旅立ちなのだ。



 冒険者一行が次に向かった先は、キャンプ・ドラゴンヘッドであった。エマネランがオルシュファンの跡を継いだのを機に、漸くアトリも訪れる事が出来、内心安堵していた。きっとここで暮らす人たちも、オルシュファンの死を引き摺っていたに違いないが、エマネランの明るさで少しずつ前を向く事が出来るようになるはずである。
 アトリが初めてこの場所を訪れてから五年の時が経ち、最早故郷のひとつと言っても過言ではなかった。そんなこの地に足を踏み入れた瞬間。

「アトリ殿」

 真っ先に声を掛けたのは、普段はここにいないはずのルキアであった。

「こういう時は『お帰り』と言ったほうが良いとは思ったが……私が言うのは不自然だな」
「いえ、そんな事は……! それよりも、皆様総出でどうされたのですか?」

 この場にはルキアだけでなく、アイメリクやヒルダ、そしてフォルタン家の人々もまるで冒険者一行を出迎えるように立っていた。エマネランとオノロワが居るのは分かるのだが、まさかフォルタン伯爵とアルトアレールまで来ているとは思わず、アトリは鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いて、そして隣にいる冒険者を見遣った。
 アトリがイシュガルドを離れると噂になって、皆駆け付けてくれた――そう告げる冒険者に、アトリは苦笑してしまった。

「エレイズ様と『サンシルク』の皆様でしょうか。堅苦しい別れ方はしたくなかったので、商会と今後も関わりのある方にだけお伝えしたのですが……」

 アトリは極力何も言わずに去ろうとしていたのだが、すぐさまヒルダが茶化すように言った。

「イシュガルドの噂好きっぷりを舐めて貰ったら困るね。とはいえ、今生の別れではないんだろう?」
「勿論です! ただ、暫くはエオルゼアで――いえ、イシュガルドももう『エオルゼア同盟軍』でしたね」

 以前はイシュガルドとエオルゼアを区別していたが、今はもう違う。イシュガルドが他国への門を開いた今は、寧ろ気兼ねなく訪れる事が出来るようになったとも言える。

「グリダニアで幻術の修行を積むと聞いたよ。アトリ嬢、あなたなら多くの人を救う事が出来るだろう」
「アイメリク様、勿体ないお言葉をありがとうございます」

 まさかアイメリクが直々に会いに来てくれただけでなく、優しい言葉を掛けられるとは思ってもおらず、アトリは慌てて深々と頭を下げた。
 そして、これまでの無礼を詫びる機会は今しかないと、顔を上げれば、アイメリクをまっすぐな瞳で見つめた。

「アイメリク様。私はこれまで、イシュガルドがこのままではいけないと、何も出来ないのに理想論ばかりを振りかざしてきました。イシュガルドを変えたいと誰よりも願っていたのは、アイメリク様や、フォルタン伯爵だというのに……」

 アトリの訴えに、アイメリクは微笑を零して首を横に振った。その先は、代わりにフォルタン伯爵が言葉を紡ぐ。

「何を言うのですか。アトリ殿や、ここにいる英雄殿、アルフィノ殿、そしてタタル殿……あなたがたがいたからこそ、この国は変わる事が出来たのです」
「いえ、私は何も……」
「国や種族の壁を越えて、我が息子、オルシュファンと夫婦の契りを交わした事……それもまた、イシュガルドの希望と言えましょう」

 泣かないと決めていたはずなのに、フォルタン伯爵の言葉に感極まって、アトリの双眸に瞬く間に涙が浮かぶ。
 そして、つい前までは歩み寄る事も出来なかったはずのアルトアレールが、優しい笑みを浮かべてアトリに告げる。

「アトリ殿、我々があなたを家族だと思っている事に変わりはない。どんな道を歩むにせよ、私たちはいつでもあなたを迎え入れよう」
「兄貴は相変わらずまどろっこしいな。アトリ、いつでも帰って来いよ!」

 エマネランが明るくそう言い放って、アトリはつい笑みを零した。重圧を乗り越えた今のエマネランならば、このキャンプ・ドラゴンヘッドを守っていく事が出来るはずだ。他国からも冒険者の集う、活気に満ち溢れたこの場所を。

「皆様、ありがとうございます。グリダニアはすぐ傍ですし、お別れという程でもないので……今後とも、よろしくお願いいたします!」

 フォルタン家の騎兵や使用人たちもちょうど外に出て来て、アトリの挨拶に激励の言葉を掛けたのだった。





 冒険者たちと別れ、グリダニアへの帰路を辿るアトリは、後ろから追い掛けて来る気配に気づいて振り返った。
 珍しい組み合わせである。そこにいたのはフランセルとルキアであった。

「アトリ! 途中まで送るよ」
「フランセル様、ルキア様! お気遣い、ありがとうございます」

 もしかしたら、何か話したい事があるのかもしれない。断る理由はなく、アトリは素直に礼を述べれば、三人並んで歩き出した。

「アイメリク卿が直々に挨拶に行ったと、こちらにも噂が届いていたよ」
「イシュガルドの情報網はさすがですね。と言っても、お別れというわけではないのですが……」
「そうだね。辛くなったらいつでも遊びにおいでよ。勿論、良い知らせでも」
「嬉しいです、是非そうさせて頂きます!」

 間もなくクルザスとグリダニアの国境が近付く中、ルキアがぽつりと呟いた。

「先程、キャンプ・ドラゴンヘッドを訪れて……五年前にアトリ殿と初めて会った時の事を思い出したよ」
「そういえば、あの時ルキア様と私は戦ったのですよね。ずっと疑問だったのですが……ルキア様はどうして私に手心を加えてくださったのですか?」

 蒼天騎士団の理不尽な異端者狩りに憤りを感じていたからだとは思う。けれど、それでも己に手加減した上、潔白を証明しようと動いてくれたのは、ルキアにとってもかなりの重労働だったはずである。正直、面識のない異邦人のためにそこまでする理由が分からないのも事実であった。

「……あの時のアトリ殿を、昔の私と重ねたのかも知れないな」

 ぽつりと呟いたルキアの言葉に、アトリとフランセルは足を止めた。

「私はイシュガルドの人間ではない。元は、ガレマール帝国の軍人……任務で魔大陸に上陸していた時に、アイメリク様と出逢ったのだ」

 思い掛けない告白に、アトリは息を呑んだ。それこそ噂で聞いた事はあったものの、本人から直接聞かない限りは話半分で流していただけに、正直、衝撃を受けた。

「私はアイメリク様の信念に心を打たれ、イシュガルドに亡命した。……一緒にするのは失礼かも知れないが、あの時クルザスに迷い込んで、オルシュファン卿と出逢ったアトリ殿を見て、まるであの時の私のように思えたのだ」

 失礼などと思うわけがない。母国を捨て、見知らぬ国で生きる事を決断するなど、そう簡単に出来る事ではない。アトリはまだ、クガネという故郷がある。ルキアとは覚悟の重さが違い過ぎた。
 だが、それを口にする事は、ルキアの望む返答ではないだろう。アトリは暫し間を置いて、ルキアに笑みを浮かべてみせた。

「ルキア様がイシュガルドに亡命しなければ、五年前に出会う事もな、私は異端者審問に掛けられ処刑されていたと思います。今の私があるのは、ルキア様のお陰ですね」

 ルキアだけではない。オルシュファンが己を助け出し、フランセルとラニエットが面倒を見なければ、アトリは父の元へ旅立っていただろう。この五年間を思い返すと、本当に多くの人に助けられて来たと、アトリは改めて実感した。

「見送りはここまでで大丈夫です。フランセル様、ルキア様、また遊びに来ますね」

 名残惜しいが、ふたりにも帰る家がある。アトリは精一杯の笑みをふたりに向けて一礼すれば、国境沿いに向かって歩を進めた。
 アトリの姿が見えなくなるまで見送った後、フランセルとルキアは互いに顔を見合わせ、寂しそうに微笑んだ。

「……会おうと思えばいつでも会えるとはいえ、寂しくなりますね」
「ああ……だが、癒し手として成長したアトリ殿を見る日が楽しみだ」

 これは決して悲しい別れではない。ただ、アトリがクルザスから去った事で、オルシュファンは本当にこの世を去ったのだと認識せざるを得なくなり、フランセルは己も前を向いて生きなければと、決意を新たにしたのだった。





「お父さん……私、少しは成長したかな」

 ある日、アトリはウルダハのエラリグ墓地にて、久々に亡き父に弔いの言葉を掛けた。イシュガルドに滞在するようになってからは足が遠のいていた為、こうして墓参りが出来るようになったのは、嬉しい反面、寂しくもあった。オルシュファンと生涯を共にするために、イシュガルドで生きようと決めたのに――言葉とは裏腹に、まるで成長していないとアトリは心の中で自嘲した。

「親孝行は良い事じゃ。御父上もきっと喜んでおられる」

 突然背後から声を掛けられ、振り返ると、そこにはララフェル族の少女がいた。外見だけでは年齢の判断が難しいだけに、もしかしたら己よりも年上かも知れない。ターバンで頭を覆っているものの、その雰囲気から育ちの良いお嬢様のように見えた。

「お心遣い、ありがとうございます。あなたもお墓参りに?」
「うむ、そんなところじゃ。そなたさえ良ければ、外まで一緒に帰らぬか?」
「是非……! 地下ですし、正直少し怖いと思っていたので、心強いです」

 そうして、アトリは見知らぬララフェル族と手を繋ぎ、エラリグ墓地を後にする事にした。地下通路を歩きながら、雑談に興じる。

「何故御父上は命を落とされたのじゃ?」
「第七霊災が起こった後、ここウルダハで暴動が起こり……私を庇って命を落としました」
「……すまぬ、わらわがもう少し早く声を上げていれば……」
「え?」

 相手の言葉にアトリは怪訝に思ったものの、ララフェル族の女子から今度は別の質問を掛けられた。

「見たところ、冒険者のようじゃが……どんな仕事をしておるのじゃ?」
「商人の仕事をしながら、グリダニアの幻術士ギルドで回復魔法の修行をしています」
「なんと……立派じゃ。御父上もそなたが立派に生きている事を、心から喜んでおるはずじゃ」

 墓地から外に出て、ウルダハの美しい夕暮れに思わず安堵したアトリは、相手の事を何も知らないと気付き、話ついでに問おうとした。

「あの、ところであなたは――」
「ナナモ様、こんなところに居られたのですか!」

 聞き覚えのある声に、アトリは目を見開いた。
 息を切らしてこちらに駆けて来るラウバーンの姿が視界に入ったからだ。

「ラウバーン様!? え、え……!?」

 彼の言った『ナナモ様』という言葉に、アトリは己と手を繋ぐララフェル族を見下ろせば、とんでもない無礼を働いてしまったのではないかと青褪めた。

「今日アトリが墓参りに来るとロロリトから聞いたのじゃ。こうして変装して抜け出さねば、いつまで経っても話せぬからな」

 ララフェル族の女子――否、ウルダハの女王ナナモ・ウル・ナモは、悪戯そうに笑みを浮かべれば、アトリから手を放し、そして優雅に一礼した。アトリも慌てて頭を下げる。

「は、は、初めまして! ナナモ陛下! 私、東アルデナード商会で商人をしております――」
「知っておる。試すような真似をしてすまぬ」
「は、話が早くて助かります……」

 混乱してわけのわからぬ事を宣うアトリであったが、ナナモも、駆け付けたラウバーンも、決して咎めたりはしなかった。それどころか、ラウバーンはとんでもない事実を口にした。

「ナナモ様は、ずっとあなたを気に掛けてらしたのです。アウラ族の少女が父親を喪って路頭に迷っていると聞き、サンクレッド殿にあなたの手助けをするよう指示したのです」
「サンク……えっ、ええ!?」

 父を喪い、この先どう生きていけば良いのか分からなかったアトリに声を掛け、冒険者として生きる事を勧めたのは、偶々通り掛かった『暁の血盟』のサンクレッド・ウォータースであった。それは偶然ではなく、初めから仕組まれていたと、アトリは五年越しに事実を知る事となった。

「『救世詩盟』――暁の血盟が結成される前の組織じゃな。彼らはウルダハ王家とも深い関わりがあったのじゃ。その縁でサンクレッドに、おぬしを気に掛けるよう命じたのじゃ」
「そんな事が……もっと早くその事実を知っていれば、私は……」

 もしかしたら、東アルデナード商会に入らずに、ミンフィリアから勧誘を受けた時点で『暁の血盟』に入っていたかも知れない。だが、ナナモは首を横に振った。

「これはあくまでわらわの我儘……そなただけ特別扱いしたと民に知られるわけにはいかぬ。ゆえに口外せぬようにしていたのじゃ」
「ナナモ様……本当に、心から感謝いたします」

 アトリは跪いて頭を下げた後、恐る恐る顔を上げて訊ねた。

「ですが、どうして私を気に掛けてくださったのですか?」
「年が近そうなそなたと、いつか友達になれたら……そんな願いでは理由にならぬか?」

 ナナモはそう呟いてラウバーンを見遣ると、彼は滅相もないと首を横に振る。

「私は、ナナモ様とアトリ殿は良き友人になれると思っております。尤も、ロロリトが厄介ではありますが……」

 苦虫を噛み潰したような表情で、あからさまに嫌悪感を露わにするラウバーンに、アトリは苦笑しつつ、主のフォローに回る事にした。

「ロロリト様ですが、此度のイシュガルドでの出来事を機に、『暁の血盟』と関わっても良いと許可してくださったのです!」
「アトリ殿、そんな事は当然であろう。そもそもロロリトが間違っているのですぞ! 本来あなたは『暁の血盟』こそ相応しく――」
「ラウバーン、もう良い! アトリが今幸せならば、それで良かろう!」

 ナナモが窘めるようにぴしゃりと言い放ち、ラウバーンはくぐもった声を漏らして押し黙ってしまった。だが、ナナモが再びアトリに顔を向けた時、その表情は曇っていた。

「……幸せ、と言ってはならぬか。恋人を喪ったと聞き、そなたを心配しておったのじゃ」
「痛み入ります。オルシュファンの死を受け入れたわけではありませんが、前を向いて生きようと決めました」
「ゆえの、幻術の修行じゃな。本当にそなたは強い。頭の下がる思いじゃ」
「と、とんでもございません! ナナモ様こそ、私たちには想像も出来ない重圧や苦労がおありでしょう。どうかご自愛ください」

 お互い褒め合いになってしまっているものの、ラウバーンはふたりの様子を微笑ましく見守っていた。

 のちにナナモは、アラミゴがガレマール帝国から独立した後、難民支援のためにロロリトと協力関係を結ぶ事となる。アトリもいずれ、ナナモとは友好的な関係になるのだった。





 それから大分時が経ったある日、幻術師から正式に白魔導士となったアトリは、オルシュファンの慰霊碑を訪れていた。この日もニメーヤリリーを捧げようとしたところ、既に一輪の花が置かれていて、誰かが弔いに来たのだと気付き、アトリは嬉しく感じた。今でも、オルシュファンは皆の心に残っているのだ。

「――誰かと思えば、お前さんだったか」

 どうやら時を同じくして弔いに来たらしい。アトリが振り向いた先では、元『蒼の竜騎士』、エスティニアンが笑みを浮かべていた。ニーズヘッグから解放され、暫く療養していたものの、その後竜騎士団を退団し、旅に出てしまったのだが、まさかこの場で会えるとは思いもしなかった。顔を覆う鎧を脱いだエスティニアンが、白い長髪を靡かせた頼りがいのある男だという事も、あのまま命を落としていたら永遠に知り得なかった事だ。

「お久し振りです、エスティニアン様。漸く白魔導士になれたので、報告に来たのです」
「癒し手、か……本当になっちまうとはな。イゼルも喜んでるだろうさ」
「だと嬉しいです」

 アトリも微笑を零しながら、既に置かれた花の隣にニメーヤリリーを置く。

「暫くここに来れなくなりますが、オルシュファンの事は片時も忘れません」

 慰霊碑に向かってそう告げるアトリに、エスティニアンは驚いたように声を掛けた。

「エオルゼアを離れるのか?」
「はい、雇い主に『暁の血盟』に協力するため、クガネに戻るよう言われまして」
「あいつらが東方に……またとんでもない事を仕出かしそうだな」
「ですね。私が戦場に出るかは分かりませんが、皆様を助けられるよう頑張ります」

 エスティニアンに顔を向けて、アトリは心からの笑みを浮かべた。オルシュファンを喪った頃からは想像も出来ないほど、しっかり前を向いて生きている。
 エスティニアンは思わずアトリの頭をぐしゃぐしゃを撫でたが、彼女にしてみれば嬉しい行為ではなかったようだ。一気に仏頂面になり、エスティニアンの腕を小突く。

「私の頭を撫でていいのは、オルシュファンだけです!」
「俺の『相棒』はいいのか?」
「『相棒』……冒険者様はオルシュファンの友達なので、許します」
「俺では信頼関係が足りないというわけか」

 冗談めかして笑みを浮かべるエスティニアンに、アトリは溜息を吐けば、彼にとって予想もしなかった事を口にした。

「ところで、折角の機会なので……エスティニアン様にお願いがあります」
「なんだ。ろくでもない事なら引き受けんぞ」
「ドラヴァニアに行きたいのです」

 なんでまた、と驚きで目を見開くエスティニアンに、アトリはきっぱりと告げる。

「竜詩戦争の真実を語り継ぐと、イゼルと約束したのです。歴史書と呼べるような立派なものではありませんが、商会の協力を得て本を作ったので、クガネに渡る前にフレースヴェルグ様に報告したいと思いまして」
「こいつは驚いた。商人の立場を利用して本を売り捌こうって魂胆か」
「もう、失礼ですね! 多くの人に知って頂ければ、七大天竜の皆様の無念も晴れるでしょう」

 物は言いようである。それを商魂逞しいと言うのだ、とエスティニアンは苦笑したが、悪くない案だ。
 エスティニアンは口角を上げれば、アトリと同じようにニメーヤリリーをオルシュファンの慰霊碑の傍に置き、呟いた。

「と、言う訳だ。嫁さんの護衛は任せておけ」
「エスティニアン様……! ありがとうございます!」

 まるでふたりを見送るように、暖かな陽光が降り注ぐ。
 イシュガルドの騎士と東方から来た異邦人の恋物語は幕を下ろしたが、彼女の旅は続いていく。愛する人の意思を継ぎ、助けを求めている人に迷わず手を差し伸べるために。

2024/03/24

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