空想は引き出しの奥底に

 取り急ぎアトリは店じまいをして、冒険者とともにテレポにてキャンプ・ドラゴンヘッドを訪れた。だが、冒険者としてはアトリの行動に違和感しかなく、オルシュファンの元へ向かう前にこう訊ねた。「協力すると言ったが、商人の仕事は大丈夫なのか」と。
 アトリは肩を落として、気まずそうに視線を逸らしながら答えた。

「レヴナンツトールへの支援は、私が最初に言い出した事なんです。なので、私にも責があります」

 その言葉に、冒険者は経緯を察した。支援物資の提供者はフォルタン家だが、アトリがオルシュファンに現在のレヴナンツトールの現状を話して、今回の支援に至ったのだろう。
 だが、それで責任を感じるのは違う。悪いのはどう考えても襲撃した異端者ではないか。冒険者はそう言ったのだが、アトリは首を横に振って苦笑した。

「ドマの方々に対して何も出来ないのが心苦しいのです。せめて、今回の件で協力くらいはさせてください」

 冒険者もアトリの微妙な立ち位置は理解している。あまり『暁の血盟』に関わらないほうが良いのではないかと思ったが、レヴナンツトールでドマの難民への支援が出来ずにいる事を気にしているのなら、寧ろここは本人の好きにさせたほうが良いだろうと判断した。勿論、冒険者とてアトリを危険な目に遭わせるつもりはないのだが、少しばかり嫌な予感がしていた。





「おおお! どうした、さらに強靭になった肉体を、私に披露しにきたのか!?」

 開口一番、オルシュファンは冒険者を見るなり駆け寄って、なにやら興奮している様子であった。瞬く間にアトリの機嫌は急降下し、冷たい視線が冒険者を貫く。咄嗟に「違う」と答えた冒険者を、オルシュファンは首を傾げて訝し気に見つめている。

「……違う? ………………本当に?」

 冒険者は違うと何度も頷いた。アトリの視線に耐えられず、頼むから本題に入らせてくれという気持ちでいっぱいである。

「ふむ、ならば仕方あるまい。その顔を見れば、重要な要件だという事は分かる。アトリも仕事を抜け出したとなれば、これは只事ではあるまい。盟友たるこのオルシュファンに、何なりと言うがいい」

 ちゃんとアトリの存在は認識していたのかと冒険者は安堵しつつ、今回ここを訪ねた経緯を説明し始めた。だが、話途中でオルシュファンは全てを理解したらしい。

「……なるほど、開拓団の件で訪ねて来たのだな。皆まで言うな、それだけわかれば十分だ。ふふ……開拓団……! 実に肉躍るたくましい響きではないか。しかもお前が参加しているとあらば、なおのこと……イイ!」

 仰々しく目を見開くオルシュファンに、さすがに今日の彼はおかしいのではないかと、冒険者はアトリに恐る恐る「オルシュファンは大丈夫か」と小声で訊ねた。

「いつもの事です。あなたがいると『こう』なるんですよ」

 なんとも棘のある言葉が返って来てしまい、冒険者は居心地の悪さを感じつつ、渋々オルシュファンへ視線を戻す。

「モードゥナに一大拠点が築かれれば、かの地の帝国軍も、クルザスへ介入し辛くなるだろう。加えて、お前には個人的な恩もある……。アトリも気に掛けていると分かり、これに協力しない道理はないと、本家に掛け合って、支援物資を手配したのだがな。よりにもよって、異端者に奪取されるとは……」

 漸く本題に入ったは良いものの、オルシュファンは先程とは打って変わって神妙な面持ちで、ぽつりと呟いた。

「……実は最近、クルザスを根城とする異端者が組織化され、いささか手を焼いているのだ」

 異端者組織については詳細が分かっていないだけに、手掛かりになるかは定かではない。神妙な面持ちになった冒険者を見て、オルシュファンは言葉を続ける。

「異端者の頭目は『氷の巫女』と呼ばれる女……。我々も調査を続けているが、本名すら暴けていない。異端者たちは、その『氷の巫女』を聖女のように敬い、死を厭わずに行動しているようでな……。奴らによる組織的な犯行が増えつつあるのだ」

 どうやらこのクルザスは、今危険な状態にあるらしい。冒険者は真っ先にアトリを見遣った。そもそも今回オルシュファンを訪ねるのに、真っ先にテレポを使おうと言ったのはアトリであった事を思い出したのだ。

「実は、私は今ここを寝床としています。ロロリト様が便宜を図ってくださったのですが……異端者組織の話を聞いてからは、エーテライトを活用して陸路での行動は極力控えているんです」

 アトリの告白に、冒険者は「無事で良かったが、身体の負担はないか?」と訊ねた。テレポは人によってはエーテル酔いをしてしまう事もある。耐性のない者も多く、だからこそチョコボキャリッジも商売として成り立っている。

「お気遣いありがとうございます。今のところは平気です」

 その答えに冒険者はひとまず安堵した。『今のところは』という言葉は、果たしてそのまま受け止めるべきか。無理している可能性もなきにしも非ずである。

 また、今回の支援物資もだが、大量の物資を抱えてテレポを使うのは非現実であり、輸送は専ら陸路、空路、海路となる。そこを襲撃されればひとたまりもない。

「今のところ、このキャンプへの実害は少ないが、ここより西方では、度々奴らが目撃されているらしい。ホワイトブリム前哨地ならば、情報が掴めるかもしれんぞ。……行ってみるか?」

 オルシュファンの提案に、冒険者は即座に頷いた。

「そうかそうか! 支援物資の件は遺憾だが……期せずして、お前の汗が……再びこの雪原にきらめく日がきたようだな!」

 案の定、オルシュファンが再び興奮を露わにすると同時に、とてつもない殺気が冒険者を襲う。殺気を放っているのは、言うまでもなくアトリである。

「お前は以前よりも強靭になった。そして、頷きひとつからあふれる、その揺るぎなき自信……イイぞ……ますます活躍から目が離せん!」

 オルシュファンは全く気付いていないのか、あるいは触らぬアトリに祟りなしといったところなのか。恐らくは前者であろう。何も気にせず、冒険者に向かってこう言い放った。

「何か分かったら、是非私にも報せてくれ。ふふ……この辺りは一段と冷えるからな、暖かい床を用意して待っているぞ!」
「……暖かい、床?」

 刹那、アトリの殺気は冒険者からオルシュファンへと向かう。

「む? どうしたアトリ。まさか冒険者殿と一緒に行くわけではあるまいな?」
「同行しますので、私にも暖かい床を用意して頂ければと思います」
「勿論、そのつもり――いや待て、何を言っている! ならぬぞ、アトリ! お前を敢えて危険な場所に送り出すなど……」
「今まで色々と危険な目に遭って来ましたし、今更かと。冒険者様もいますし、問題ありません」

 何故か非常に機嫌の悪いアトリを不思議に思いつつも、確かに冒険者が傍にいれば、万が一異端者に遭遇しても、大怪我を負う事はないだろう――オルシュファンは考えが甘いと自覚しつつも、冒険者の腕を信じてアトリの要望を飲む事にした。

「アトリもそれなりに経験を積んでいる。決して過小評価しているわけではないが……異端者は現状謎が多すぎる。少しでも危険だと感じたら、迷わず待避するのだぞ。逃げる事は決して悪い事ではないのだからな」

 まるで己がドマの子どもたちを見送る時の言い回しのようで、自分は子どもではないのにと、アトリは少しばかり落ち込んでしまった。
 ただ、オルシュファンの言う通り、確かに異端者は只者ではない。死を厭わずに行動するなんて、『氷の巫女』が洗脳でもしているのか。それこそ、蛮神によってテンパードと化すかの如く――そこまで考えて、アトリはまさかこれも蛮神が関わっているのではないかと思ったものの、それなら暁の血盟が動いているはずだと頭の中で否定した。





 ホワイトブリム前哨地にて、ドリユモンは冒険者とアトリを見るなり暖かく歓迎した。

「貴公か、先の奪還作戦では世話になったな。ストーンヴィジルの修繕には、徐々に着手しはじめている。……だが、その進捗を聞きにきたわけではあるまい?」

 冒険者が経緯を説明すると、ドリユモンは悩まし気に頭を抱えた。

「……なるほど、物資を奪った異端者を追っていると。貴公は、よくよく異端者に因縁のある冒険者だな」

 アトリは自身が異端者疑惑に掛けられた事を思い出して、思わず肩を震わせてしまったが、このドリユモン氏は決して悪い人間ではない。アトリがこのクルザスの地に来たばかりの時は、それこそ冷たい態度を取られたものだが、五年という月日、そしてオルシュファンと恋仲だという事が風の噂で知れ渡り、今ではだいぶ打ち解けている。尤も、実のところは冒険者の活躍の影響が大きいのだが。

「確かに、この前哨地周辺では、異端者の襲撃による被害が深刻化している。我々も対策は立てているが、手を焼いていると言わざるを得ない……。奴らの変化は、単に組織化したというだけではないのだ」
「……『氷の巫女』ですね?」

 アトリが訊ねると、ドリユモンは溜息を吐いて肯定した。

「うむ。『氷の巫女』という指導者を得たせいか、異端者たちは、更なる妄執にとりつかれ、我を失っているようにさえ見える。得体の知れない、奇妙な変化だ……」

 つい先程もこの辺りで商人が襲われたらしく、冒険者は早速野戦病院で保護されている商人に詳細を聞きに行く事にした。複数で押し掛けるより一人のほうが相手も話し易いかもしれないと、アトリはひとまず待ちの体制でいる事にした。

「……アトリ殿も戦いの心得はあると聞いているが、悪い事は言わん、今のクルザスでは不必要な外出は控えた方が良い」
「そうします……皇都やキャンプ・ドラゴンヘッドに行く際はエーテライトを活用していますが、ここに来るのも暫く控えなければなりませんね」
「うむ。我々の態度にめげず、イシュガルドの事を学ぼうと何度も貴殿がここに通っていた頃を思うと、少々寂しくもあるが……」
「ドリユモン様、大丈夫です。今回の件も、いずれ解決する日が来るはずです!」

 根拠などないが、あの冒険者がクルザスに来た事が切欠で、フランセルの異端者疑惑が解け、真犯人も分かり解決した事を聞いていたアトリは、このままクルザスが危険な状態のままだとは思わなかった。この先、更に危険が襲うなど知る由もなく。



 冒険者が野戦病院から出ようとすると、入口でアトリが尻尾を覗かせながら待っているのが見えて、すぐさま駆け寄って声を掛けた。襲われた商人に聞いたところ、クリスタルや武具を異端者に奪われ、彼らは『スノークローク大氷壁』に向かったらしいと説明した。
 さすがに危険が伴う為、ここで待っているよう冒険者は告げたのだが、アトリは首を横に振った。

「恐らくはデュランデル家の警備の方々もいるはずです。彼らに何かあってからは遅いです、助けに行きましょう!」

 オルシュファンの事を思うと、冒険者としてもアトリを危険な目に遭わせたくはなかったのだが、確かにデュランデル家の騎兵が応戦している可能性もある。ここで待っていろと言っても聞く耳を持つ様子ではない。仕方ない、と冒険者はアトリを守りながら戦う事を決めたのだった。



 スノークローク大氷壁へ向かう道中、冒険者は殺気を感じた。アトリからではない。この感覚は――咄嗟にアトリを庇うように前に出て、「敵襲だ!」と叫んだ。

「クリスタルを奪え……」
「始末する……」

 同じ人間であるはずなのに、まるで誰かに操られているかのように、譫言を述べながら襲い掛かる彼らを見た瞬間、アトリは間違いなく彼らは『異端者』だと察した。

「冒険者様、私も戦います!」

 守られるだけ、ただ足を引っ張る為に己はここにいるのではない。かつてこの地で痛い目を見たあの時の悔しさを忘れずに、鍛錬を積み続けて来た。驕りはしないが、せめて足を引っ張らずに、少しでも戦力になる立ち回りをしてみせる。
 アトリは槍を構えれば瞬く間に跳躍し、異端者めがけてその身体ごと落下し、刃で相手の装備を抉る。
 跳ね返るように再び跳躍して相手から距離を置き、そして着地すると同時に、粉雪が砂埃のように舞った。ちょうど目くらましにもなり、冒険者はその隙をついて異端者に止めを刺していく。

「この命、巫女様に……」

 異端者のひとりが、そう呟いて息を引き取った。



「冒険者様、お怪我はありませんか!?」

 恐らくぴんぴんしているだろうと思いながらも、アトリは冒険者の傍に駆け寄って声を掛けた。当然無事ではあるのだが、冒険者の顔色は冴えなかった。「オルシュファンたちの言う通りだ。彼らは自我を失っているように思う」と呟く冒険者に、アトリは見当違いかも知れないと思いつつも、恐る恐る訊ねた。

「あの……これって、『テンパード』に似てません?」

 冒険者は「分からない」と首を横に振ったが、アトリを否定する事はしなかった。もし、彼らが蛮神を召喚しようとしているとしたら。クリスタルを欲している様子からも、そうである可能性は高い。

 それにしても、アトリからまさか蛮神に関する単語が出て来るとは思わず、冒険者はいっそアトリも暁の血盟に入ってくれたら、と一瞬考えてしまった。ミンフィリアがアトリを気に掛けているのは冒険者も知っていた。
 アトリも商会での立場はあるものの、暁の活動を気に掛けて、自分なりに勉強しているのだろうか。たとえ『超える力』がなくても、アトリが暁に入れば、少なくともタタルの負担は軽減されるだろう。尤も、彼女は元々東アルデナード商会の『クガネ支部』の商人として雇用されている以上、非現実的な話ではあるのだが。





「貴方がたは……! オルシュファン卿の――いえ、東方の商人と、以前異端者の排除に協力してくださった冒険者ですね。まさか、協力に来てくださったのですか?」

 スノークローク大氷壁に到着した冒険者とアトリを出迎えたのは、デュランデル家の騎兵であった。

「私たちは、ドリユモン様から周辺警備を任された部隊です。巡回中に異端者らしき集団を発見し、ここまで追撃してきたのですが、姿を見失いました……」

 冒険者とアトリが出くわしたのは、逃げ遅れたか、あるいは別行動をしていた異端者だったのか。どちらにせよ『氷の巫女』率いる組織の一員である事に間違いはなさそうである。

「しかし、ここは『スノークローク大氷壁』です。氷の絶壁でふさがれた袋小路だというのに、連中は、いったい、どこへ消えたのでしょう……」

 テレポで移動したのかとアトリは思ったが、エーテライトなしに誰もがそう簡単に使える魔法ではない。何者かも分からない『氷の巫女』ならともかく、陸路を狙って襲撃している異端者がそんな事を実行出来るとは考え難い。どこかに抜け道があると考えた方が無難である。
 アトリは巨大な氷に覆われた周囲を注意深く見回したが、肉眼で見つけるのは困難であった。大人数でじっくり調査する必要があるだろう。
 ふと顔を上げると、冒険者がどういうわけか真上――というより、巨大な氷の天辺を見つめていた。

「冒険者様?」

 アトリが訊ねると、冒険者は我に返ったようにはっと目を見開き、微かに首を横に振った。

「あそこに何か? ……まさか、異端者が?」

 この状況下で冒険者が意味もなく空を見上げるとは思えない。異端者を見つけたと考えるのが自然である。アトリは必死で目を凝らしたが、時すでに遅し、人影は見当たらなかった。
 冒険者はアトリとデュランデル家の騎兵たちに、氷壁の奥に、女の人影が消えて行ったと説明した。

「ま、まさか、異端者の頭目『氷の巫女』なのか!? だとすれば、スノークローク大氷壁のどこかに、異端者のみが知る抜け道があるのかもしれません。追ってきた我々を、待ち伏せしている可能性もある……」

 デュランデル家の騎兵も異端者の襲撃により兵が欠けており、今はいったん持ち場に戻る事となった。
 冒険者としては、奪われた支援物資を取り戻すつもりでいたが、ドリユモンに説得され、残念ながら深追いは止める事にした。無論、今すぐに動けない事を心苦しく思っているのは、多くの騎兵に危害を加えられたドリユモンも同じである。

「貴公は、キャンプ・ドラゴンヘッドに戻るのだ。そしてオルシュファン卿に、そちらも警戒するようにと伝えてくれ。豹変した異端者……そして『氷の巫女』……必ずや、その素性をつきとめてくれる!」





 解決出来なかった事に憤りと悔しさを覚えながら、キャンプ・ドラゴンヘッドに戻った冒険者とアトリであったが、オルシュファンはまだ事情を知らないがゆえに、上機嫌でふたりを出迎えた。

「ああ、いいところに戻ってくれた。ちょうどお前の戦いぶりに、想いを馳せていたのだ。一撃を繰る際の肉体のしなりなど……とてもイイ……」
「オルシュファン!!」

 己を無視するなと怒気を含んだ声で叫ぶアトリに、冒険者は漸く怒りの矛先が己ではなく張本人に向いてくれたと、少しばかり安堵してしまった。

「いや、怒らずとも分かっているぞアトリ。時が許せばサシで向き合い、冒険者殿に稽古をつけてもらいたいが……まずは、報告を聞かねばな。『氷の巫女』について、何か情報を得ることはできたか?」

 一先ずアトリのお陰でスムーズに話を切り出せそうだと、冒険者はこれまでの経緯を説明した。

「……ふむ。スノークローク大氷壁で、そのような事が」

 さすがに『氷の巫女』を見つけたとは予想もしておらず、オルシュファンは真剣な面持ちで冒険者の報告を飲み込んだ。

「あの辺りは、クルザス中央高地の中でも、気候変化の影響が色濃く現れた場所だ。その為、未だ一帯の全容は明らかになっていない。異端者にとっては、良い隠れ家かもしれんな。一度、早急に調査するよう進言すべきか……」

 ドリユモンだけでなく、オルシュファンも積極的に動くとなれば、異端者騒動は一気に動き出すだろう。アトリは内心喜んだものの、危険な事に変わりはない。今回は異端者数名と鉢合わせになったが、その人数で済んだのは偶々運が良かっただけである。
 各地で襲撃が起こっているのなら、多くの異端者がこのクルザスに潜んでいる事は明らかだ。前進はしたが、果たして早急に解決できるのだろうか。

「それにしても、『氷の巫女』とは、いったい何者だ……? 異端者をまとめあげるなど、相当な実力者に思える。お前とともに追ってみるのも一興だが、現状では危険が過ぎるか……。教皇庁の神殿騎士にも連絡し、対策を願おう」

 オルシュファンは冒険者にそう言うと、心配するなと口角を上げた。

「新任の神殿騎士団長は、なかなかに話のわかる人物だという。きっと、適切な判断をされることだろう」

 かくして、これで冒険者とアトリの調査はいったん中断となった。支援物資を取り戻す事は出来なかったものの、少なくとも一歩前進したとアトリは安堵し、冒険者を見遣ると偶然目が合って、どちらともなく微笑を浮かべて頷いた。

「イイ情報を持ち帰ってくれた、感謝するぞ。お前は本当に真摯に働く……それが真実を呼ぶのだと、友として誇りに思う」

 アトリは同感だ、とオルシュファンの言葉に頷いた。つまらない意地を張るよりも、冒険者の戦いを見て学んだほうがいい。後者はかつてオルシュファンが己に言った言葉である。今になって素直に同意出来るのは、足を引っ張らず、少しでも冒険者の助けになれる程度には成長したからだろうか。尤も、冒険者ならばアトリが何もしなくても敵を倒していたのだが。

「アトリ。満足そうにしているが……ホワイトブリムで待機せず、自ら危険に身を晒したのは褒められた行為ではない」
「えっ……いえ、ここは是非冒険者様の力になりたいと……」
「お前が一緒に行くと言って聞かなかったのは想像に容易いぞ。手合わせや単なる狩りならともかく、異端者相手に戦うのは避けて欲しかったのだが……」
「……申し訳ありません。ロロリト様に知られたら面倒な事になりそうですし、今後は慎みます」
「うむ。ロロリト殿の手前というより、お前にもしもの事があっては、私自身が後悔してもし切れん」

 オルシュファンの言葉に冒険者は何度も頷いて、アトリはやはり冒険者に気苦労を掛けてしまったと素直に反省した。一緒に戦えて楽しかったのは己だけだったのか。気恥ずかしさでただただ目を逸らすしかなかった。

「支援物資については、本家に再度掛け合っているところだ。準備ができ次第、そちらに送るとしよう。熱気にあふれる……イイ街になることを願ってな!」

 ひとまず、レヴナンツトールへの支援は再度行われる事になり、アトリの役目は終わった――ように見えたのだが、一度厄介毎に首を突っ込んでしまうと、どう足掻いても避けられないのは世の常か、あるいはアトリが生まれ持った宿命なのか。この先の事は、今は誰にも予想出来なかった。

2023/03/06

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