白を黒だと詐られても

『竜騎士団』――神殿騎士団、蒼天騎士団とは全く異なり、対ドラゴン部隊として独自に動く存在である。此度の異邦人の皇都侵入騒ぎを聞いた竜騎士団の一人が、皇都の民衆の噂話に尾鰭を付けて団員たちへと話を広げ、異邦人アトリは凄腕の冒険者だと皆に誤解されてしまった、というのが事の顛末である。

「無論、アトリ嬢の意思を尊重するつもりではいる。ただ、ここで竜騎士団と共に戦えば、今後もし君が窮地に陥った際に彼らが手を差し伸べてくれるだろう。竜騎士団は政治とは一切関係のない立場だからね」

 アイメリクはアトリの不安そうな様子を察し、言葉を選びながら慎重に伝えた。蒼天騎士団に一度目を付けられただけに、前向きに考えればここで竜騎士団に恩を売れば、万が一神聖裁判所に連行されるような事があった際、彼らが決闘裁判で戦ってくれる、という事だ。オルシュファンに迷惑を掛ける事もなく、アトリとしては願ったり叶ったりではあるものの、問題は彼女自身の戦闘力である。

 アトリはまだドラゴン族と対峙した事がない。それでも、このエオルゼアで出くわすモンスターとは訳が違うという事は理解していた。千年もの間、イシュガルドの民とドラゴン族の間で戦争が繰り広げられ、未だ終結していないというのだから、その強さは想像も付かないであろう事は察しが付く。
 何の訓練も受けていない自分が、そんな敵と対峙して、果たして無傷でいられるのか。否、命を落とさずに済むのか。アイメリクには申し訳ないが前向きに考える事は出来ない、としかアトリは思えなかった。そして、自然とオルシュファンへと顔を向ける。

「アトリの言いたい事は分かるぞ。お前はイイ冒険者だが、ことドラゴン族との戦いとなれば、不安に思うのも無理はない。確かドラゴン族を見た事はなかったな?」

 オルシュファンの問いに、アトリはこくりと頷いた。今はドラゴン族は鳴りを潜めていて、キャンプ・クラウドトップに駐在するアインハルト家の騎兵も暇を持て余しているとエマネランが言っていたのは事実であろう。そうでなければ、エマネランとてアトリをアバラシア雲海に連れて行くわけがなく、ラニエットも彼女との再会を喜ぶ余裕などなかった筈だからだ。
 ゆえに、過去滞在時に冒険者と一緒に行動した際、たまたま運が良くドラゴン族に遭遇しなかったというよりは、『今は』キャンプ・ドラゴンヘッドの周辺にはいない、と考えるのが妥当である。つまり、これから竜騎士団が「ドラゴン族を狩りに行く」というのは、防衛戦ではなく住処の目星が付いていて、自ら向かうという事だ。その前に訓練など出来るわけがなく、本当に一緒に戦うなら、さながら本番で実地訓練を行うといったところだろう。

「ドラゴン族を見た事がない、か……もしアトリ嬢がゆくゆくはイシュガルドで商売を、と考えているのなら、いつかドラゴン族に出くわす時があるかも知れない。護身術を学ぶと言っては何だが、竜騎士団と一度行動を共にしてみるのも悪くないと思うが」
「アイメリク卿。エスティニアン殿はアトリを凄腕の冒険者と誤解されていらっしゃる。話が違う、と拗れてしまうのでは」

 アイメリクとオルシュファンの遣り取りを聞いて、アトリはまさかアイメリクは己が竜騎士団と共に行動する方向へ話を勧めたいのではないか、と嫌な予感を覚えた。意思を尊重するといっても、頷かざるを得ない展開になればどうしようもないからだ。
 何故アイメリクは明らかに力不足の自分を竜騎士団に会わせたいのか。アトリは素朴な疑問を抱き、ひとつの結論に辿り着いた。
 アトリが皇都に足を踏み入れた事が、もし蒼天騎士団の耳に入ったとしたら。例えエマネランに強引に連れられたとしても、蒼天騎士団にしてみればそんな経緯はどうでも良い事である。異邦人が許可なく侵入した時点で処罰すべきだ、と主張する可能性もある。『まだ』蒼天騎士団の耳に入っていないだけで、もし知られる事になったら。神殿騎士団は何をしていたのかと糾弾される事になるだろう。それを避けるためにも『政治とは一切関係のない立場』である竜騎士団を味方に付けておきたいと考えているのではないか。

 そこまで考えて、アトリはもう頷くしかないではないか、と諦めの境地に達した。

「……アイメリク様。一度、竜騎士団の皆様にお会いしてみたいと思います」

 そう呟いたアトリは、まるでこれから裁判所に連行されるかのような悲愴な顔を浮かべていた。アイメリクは申し訳なさそうに苦笑しながら頷き、オルシュファンは驚きで目を見開いた。

「アトリ、一体どうしたというのだ? アイメリク卿が仰られたように、お前には断る権利もあるのだぞ?」
「ですが、ここで竜騎士団と繋がりを持つ事は、決して損にはなりません。尤も、力不足で皆様にご迷惑をお掛けしてしまい、得にもならないとは思いますが……」

 アトリはそう言って、我ながら後ろ向き過ぎると自分自身に呆れてしまったが、残念ながら相手に迷惑を掛けてしまうのは事実である。ただ、竜騎士団とて、冒険者とはいえ竜退治については素人同然の相手など、端から期待などしていないのではないかとも思い始めていた。単に面白がって連れてこいと言っているのかも知れない、と。
 ただ、それだけで神殿騎士団の総長であるアイメリクがここまで足を運ぶというのも不思議な話であり、結局のところアトリには彼らの真意は分からないのだが。

「アトリ嬢、承諾せざるを得ない状況にしてしまい、申し訳ない。ただ、エスティニアンには君がドラゴン族との戦闘経験がない事、冒険者としてまだ経験不足であるという事は伝えておこう。それに……」

 アイメリクは暫し考え込む仕草をした後、オルシュファンへ向き直った。

「オルシュファン卿も彼女の護衛で同行するのはどうだろうか」
「……そうですな、その方が私としても安心出来ます」

 またオルシュファンを巻き込んでしまった、とアトリは早くも承諾した事を後悔した。やはり撤回しようと思ったものの、残念ながらアイメリクはもう聞き入れないであろう事が聞かずとも分かる様子であった。

「有り難い。ではオルシュファン卿の都合に合わせよう」

 完全に話が付いてしまい、アトリはその後の遣り取りが頭に入って来なかった。気付いた時にはアイメリクはキャンプ・ドラゴンヘッドを後にしており、オルシュファンはただ苦笑を零してアトリを見遣っていた。

「……オルシュファン様、申し訳ありません」
「なに、心配するな。お前に何かあっては御父上も浮かばれぬというもの。我がフォルタン家の一角獣の楯でお前を守ってみせる」

 密かに想いを寄せている騎士に「守る」などと言われて舞い上がらないわけがないのだが、この時ばかりはアトリも胸をときめかせるよりも、申し訳ないという思いが強く、ただただ謝る事しか出来なかった。





 そして、訪れた竜騎士団との共闘の日。神殿騎士から伝達があり、アトリとオルシュファンはチョコボに騎乗して待ち合わせ場所へと向かった。
 指定された場所は『ストーンヴィジル』――かつてアインハルト家が管轄していた防空城塞であった。ドラゴン族の侵攻により、今となっては廃墟と化している。
 オルシュファンから話を聞くうちに、アトリはエマネランが「アインハルト家は落ち目だ」と言っていた事を思い出した。その時は他の名家を馬鹿にしているのかと思っていたが、聞けばストーンヴィジルの他にもドラゴン族の侵攻で拠点を奪われており、結果的にアインハルト家の地位が落ちたという事なのだろう。
 エマネランは事実を言っていただけなのだ。とはいえ、他家を小馬鹿にするのはあまり良い行いではないのだが。

「未だ取り返せていないという事は、完全にドラゴン族の塒になっているのですね」
「そういう事だ。今は鳴りを潜めているが、キャンプ・ドラゴンヘッドからそう遠くない以上、アイメリク卿が仰られていたようにお前もいつ遭遇するか分からないという事は、肝に銘じていて欲しい」

 オルシュファンの忠告に、アトリは神妙な面持ちで頷いた。
 キャンプ・ドラゴンヘッドは騎兵たちに任せており、何かあればすぐオルシュファンに伝達が来る段取りとなっている。はじめはオルシュファンに対し申し訳ないと思っていたアトリであったが、彼の部下たちが「たまには隊長も休んで欲しい、良い息抜きになる」などと言って快く送り出してくれて、もう後ろ向きに考えるのは止めにした。不安な気持ちを隠そうにも、どうしても表情や態度に出てしまい、それによって彼に更に気を遣わせるだけなら、いっそ開き直って明るく振る舞うしかないと思ったのだ。

「これも冒険者としての貴重な経験だと思って、なんとか乗り切りたいと思います」
「うむ。お前を一人で行かせるとなればさすがに反対したが、私がいるのだから安心してくれ。竜騎士団の戦いを間近に見るなど、滅多にない機会だからな」
「はい!」

 前向きになったのは良いものの、この時のアトリはオルシュファンの言葉に甘えて完全に安心しきっていた。エスティニアンという男がどのような人物か知らないのだから、無理もないのだが。



 白い雪景色を突き進むアトリの眼前に、石造りの建物が見え始めた。外から見れば騎兵が駐屯しているように感じるものの、実際はドラゴン族に占領されている――そう思うと、アトリは恐怖で震えかけたが、なんとかなる、と必死で己を奮い立たせた。
 そして、城塞の入口で複数の人影が目に入り、アトリはオルシュファンと顔を見合わせて頷けば、チョコボを全速力で走らせ、漸くストーンヴィジルへと到着した。
 チョコボから降りて雪の地面へと足を付け、アトリは竜騎士団の面々をその目に捉えた。
 身体だけでなく、顔半分まで鎧で覆われた騎士たちの姿に、アトリは気迫を感じて息を呑んだ。

「おいおい、こんな貧弱な女が本当に神殿騎士コマンドと対等に渡り合ったのか?」

 突然、竜騎士団のうちの一人が一歩前に出て、不躾な発言をぶつける。アトリは直感で、この竜騎士が例の男、エスティニアンだと察した。

「エスティニアン殿。アイメリク総長から話は伺っているのではないですかな? アトリはイイ冒険者ではありますが、クルザスでの滞在歴も短く、ドラゴン族と対峙した経験もありません。ルキア殿も、手合わせの際に手心を加えていたとアトリが申しておりました」

 あのアイメリクが事実を伏せるわけがない。つまり、エスティニアンはアトリに鎌を掛けているのだ。オルシュファンはそう思い、アトリを庇うように前に出て困ったような素振りで告げる。
 エスティニアンは肩を竦め、軽く溜息を吐いた。ヘルムで隠れてその表情は伺えないものの、「冗談の通じない奴め」とでも思っているであろう事は雰囲気で感じ取れる。

「どういう理由であれ、その女がアバラシア雲海まで乗り込んだのは事実だ。ここでドラゴンの一匹でも倒す覚悟がなければ、蒼天騎士団に何を言われても俺たちは弁解できんぞ」

 アトリの事は遅かれ早かれ蒼天騎士団の耳に入る。だからこそアイメリクもわざわざキャンプ・ドラゴンヘッドまで出向き、ほぼ強制的に此度の共闘を承諾させたのだ。アトリが間違いなくスパイではなく、善意でクルザスに滞在しているという証拠を作る為に。竜騎士団と共にドラゴン族を退治したという実績を作れば、蒼天騎士団に追及された際、神殿騎士団もアトリを庇うれっきとした理由が出来る。アトリを見捨てる事は容易いが、東アルデナード商会との関係を考えれば、それはそれでイシュガルドの貿易に支障が出る可能性がある。

「……あの、本当に申し訳ありません。私があの時エマネラン様を振り払っていれば、ここまで大事にはならなかったというのに……」
「アトリ、気に病む気持ちも分かるが、こればかりは後悔してもどうにもならん事だ。重要なのはこの後どうするかだ。幸いにも、こうして名誉挽回のチャンスが与えられたのだからな!」

 オルシュファンは笑みを浮かべて、アトリにきっぱりとそう告げれば、エスティニアンに向き直った。

「エスティニアン殿。共闘の機会を与えて頂いた事、感謝致します。アトリの名誉に掛けて、このオルシュファンが彼女の盾となりましょう」
「まあ、そう真剣に考えなさんな。何もこのストーンヴィジルを取り戻そうってわけじゃない。今日はちょっとした小手調べだ」

 その『ちょっとした小手調べ』で命を落とす可能性もある。オルシュファンにもしもの事があっては耐えられないと、アトリは武器を掴む手に力を込めた。気持ちだけではどうにもならないと分かってはいるものの、少なくともエスティニアンに「こいつは庇う価値もない」と思われたら終わりである。アバラシア雲海での出来事に続き、またしても長い一日が始まろうとしていた。


2021/10/17

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