魔槍の刃

 セイバーとランサーの戦闘は、優花梨の目視では追う事が出来なかった。分かるのは、二人の剣と槍が激突する度に放たれる凄まじい魔力。空振りした一撃によって、風圧で破壊される街灯。倉庫の外装は引き剥がされ、吹き飛んでいく。
 今は身を隠している優花梨だが、いつ巻き込まれるか分からない。逃げた方が良いのかも知れない。それでも、目の前の戦闘から目が離せなかった。この聖杯戦争――サーヴァント同士の戦いを、危険な目に遭ってでも見届けたかった。

 一旦、セイバーが大きく後方へ飛び退り、ランサーと距離を取った。
「どうしたセイバー。攻めが甘いぞ」
「……ッ」
 ランサーの言葉に黙り込むセイバー。ランサーが優勢なのだろうか。
 二人が一旦動きを止めた事で、優花梨にも分かった事がある。ランサーに関しては、魅了の魔術にかからない様なるべく見ない様にしている為、詳しくは分からないが、セイバーの構える剣――それが、全く以て見えないのだ。
 透明の剣、あるいは姿を隠す剣なのか――セイバーの宝具だろう。あれでは間合いも分からない。ランサーも口ではああ言っているが、セイバーが劣勢と決め付けるのはまだ早い。


 そして、死んだと思われたアサシンが、今この瞬間も、倉庫街のクレーンの上でセイバーとランサーの戦闘を監視している事など、その場にいる面々は誰も気付く事など出来なかった。




 倉庫街より遥か離れた冬木協会。
 その地下室で、聖杯戦争に敗退し、協会に保護された“事になっている”言峰綺礼は、遠坂時臣から伝授された『共通知覚』の魔術を使い、アサシンが見届けている光景を共有していた。

「未遠川河口の倉庫街で、動きがありました。いよいよ最初の戦闘が始まった様子です」
 綺礼は目の前の蓄音機――遠坂家の宝石魔術を利用した魔導器に向かって、そう告げた。
 すると蓄音機から、時臣の声が放たれる。
「最初、という言い分はあるまい。公式には『第二戦』だよ。綺礼」
 綺礼は、時臣の指示で聖杯戦争を敗退するという茶番を行い、敗退者の振りをして、隠密活動を行っているのだ。

 綺礼は時臣に淡々と報告を続けた。
「戦っているのは、どうやら…セイバー、それにランサーの様です。とりわけセイバーは能力値に恵まれています。大方のパラメーターがAランク相当と見受けられます」
「…成程な。流石は最強のクラス、といった所か。マスターは視認出来るか?」
「堂々と姿を晒しているのは、一人だけ…セイバーの背後に控えています。銀髪の女です」
「ふむ、ならばランサーのマスターには身を隠すだけの知恵がある、と。素人ではないな。この聖杯戦争の鉄則を弁えている――待て。セイバーのマスターだが、銀髪の女だと?」
「はい。白人の若い女です。銀髪に紅い瞳。どうにも人間離れした風情に見えますが」

 綺礼の報告に、時臣は暫し無言になった後、漸く口を開いた。
「――アインツベルンのホムンクルスか? またしても人形のマスターを鋳造したのか…有り得ぬ話ではないが…」
「ではあの女が、アインツベルンのマスターなのですか?」
「ユーブスタクハイトが用意した駒は衛宮切嗣だとばかり思っていたが……まさか見込みが外れるとはな。兎も角、その女は聖杯戦争の趨勢を握る重要な鍵だ。綺礼、決して目を離すな」
「……了解しました。では常時、“一人を付けておく”ことにします」
 謎めいた言葉を口にし、綺礼――アサシンは、引き続きセイバーとランサーの戦いを監視した。


 一方、時を同じくして、積み上げられたコンテナの山の隙間で、セイバーとランサーの戦いを監視する者がいた。
 ワルサー狙撃銃を手に、常に闇の中を監視する――彼の名は、衛宮切嗣。彼こそが、セイバーの正式なマスターである。アイリスフィールはあくまで『囮』なのだ。恐らく今この場にいる、または監視しているマスター全員が騙されているに違いない。
 そして、切嗣とは反対側の位置に陣取っている人物――久宇舞弥。彼女は切嗣の忠実な部下であり、魔術師の世界で言うならば、切嗣の“弟子”にあたる。

 切嗣と舞弥――二人は口元にあてたインコムを使い、通信を交わす。
「舞弥。セイバー達の北東方向、倉庫の屋根の上にランサーのマスターがいる。見えるか?」
「……いいえ。私の位置からは死角の様です」
「あと一人、アイリの位置から10メートル先にいるのは……まさか、部外者か?」
 切嗣が熱感知スコープで捉えた人体の放熱パターンは、アイリスフィールとランサーのマスターだけではなかった。それは、紛れもなく優花梨であった。

「その様ですね。本人は隠れているつもりでしょうが、監視するにはあまりにも堂々とし過ぎている気がします」
「舞弥、油断は禁物だ。ランサーのマスター、あるいは他のマスターの関係者の可能性もある。それこそアイリと同じ『囮』かも知れない」
「…殺しますか?」
「いや、それよりも――舞弥、クレーンの上だ……」
「……はい。こちらも今視認しました。読み通りでしたね」
 切嗣が第三の監視者――アサシンの姿を見つけ、舞弥もそれに応じた。あの遠坂邸でのアサシンの敗退は、切嗣は完全に茶番だと見破っていた。
「舞弥、引き続きアサシンを監視してくれ。僕はランサーと、部外者と思わしき人物を観察する」
「了解」
「……では、お手並み拝見だ。かわいい騎士王さん」
 切嗣がアサシンを発見した事によって、結果的に優花梨は命拾いした。



 その優花梨はというと、自分が殺されかけた事にも気付かず、セイバーとランサーの戦闘に魅入っていた。二人の戦いは依然として拮抗している。

 互いに傷一つないまま、ランサーはセイバーに告げた。
「名乗りもないままの戦いに、名誉も糞もあるまいが……兎も角、称賛を受け取れ。ここに至って汗一つかかんとは、女だてらに見上げた奴だ」
「無用な謙遜だぞ、ランサー。貴殿の名を知らぬとはいえ、その槍捌きをもってその賛辞……私には誉れだ。有り難く頂戴しよう」
 セイバーはランサーの言葉に微笑を浮かべた。刹那――

「戯れ合いはそこまでだ、ランサー」

 突然、戦場に響き渡る声。何処から発せられた声かは分からない。だが、優花梨はその声に充分過ぎる程聞き覚えがあった。

「ランサーの…マスター!?」
 アイリスフィールは周囲を見渡すも、ランサーのマスターと思わしき人影はない。その代わり、少し離れた場所から人の気配を感じ、アイリスフィールは振り返らず強い口調で言い放った。
「ランサーのマスターではない様だけれど……隠れてないで出て来たらどう?」

 ついに見つかってしまった。もう逃げ隠れは出来ない。優花梨は恐る恐る物陰から姿を現し、アイリスフィールへ近付いた。その姿を見るなり、アイリスフィールは驚愕の表情を浮かべた。
「――優花梨!! どうして…!?」

 優花梨はアイリスフィールの傍に駆け寄って、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、アイリ様。どうしても気になって、後を追ってしまいました」
「貴女は一般人? それとも…」
「イギリスの時計塔の、見習い魔術師です」
 成程、英国に留学しているという話は、嘘ではない。アイリスフィールは先程の優花梨との遣り取りを思い返し、溜息を吐いた。

 そして、アイリスフィールは優花梨に簡潔に訊ねた。
「一つだけ聞かせて。貴女は聖杯戦争の関係者?」
「う…えっと、どちらとも言えない様な…」
「どっちなの? はっきりしなさい」
 状況が状況だ。出会った時とは打って変わって、きつい口調のアイリスフィールに、優花梨はびくびくしながら上目遣いで言った。
「……一部マスターとの繋がりはあります。ですが、私自身はこの聖杯戦争とは関係ありません。部外者です」
「…信じていいのね?」
「はい。嘘は言いません」
「確かにそうね。留学も本当の事だし、あの場で自分が魔術師だって打ち明ける必要もないものね」
 アイリスフィールは苦笑すると、優花梨の手を取った。
「なるべく危険な目に遭わない様に守ってあげるけれど……保障は出来ないわよ? 覚悟は良くて?」
「はい! 自分の身は自分で守ります」
 優花梨は己の胸元に手を遣り、アイリスフィールを真剣な眼差しで見つめて言い切った。――この子は嘘は吐かない子だ。アイリスフィールはそう確信した。

 瞬間、またしても謎の声が響く。

「優花梨君……これは一体どういう事だね?」

 聞き慣れた声。その声は、優花梨の時計塔の師である、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。彼の声であった。
「アーチボルト先生! アーチボルト先生ですよね!? ランサーのマスターだったのですね」
 驚きの声を上げる優花梨に、ケイネスは苛立った声を響かせた。

「質問しているのは私だ。どうして君が此処にいる? 遠坂の差し金か?」

 その言葉に、アイリスフィールは優花梨の手を握ったまま、「どういう事?」と言いたげに無言で視線を送る。
 ケイネスとアイリスフィール、二人に返答する様に、優花梨は大きな声で言い放った。
「此度の聖杯戦争において、私と時臣様は一切関係ありません。私が此処に来たのは――その……」
 徐々に声が小さくなっていく。ウェイバーの事をどう説明すれば良いのだろう。そもそもケイネスは、ウェイバーが聖遺物を手に入れてライダーを召喚した事を知っているのだろうか。知らないなら、自分の口からは言わない方が良いと優花梨は思った。

「好きな人と離れたくない……優花梨、貴女そう言ったわね。私の予想が正しければ、事情は粗方把握出来たわ」
 アイリスフィールは小声で優花梨に囁いた。恐らく優花梨の想い人とは、今回の聖杯戦争のマスターなのだろう。アイリスフィールの予想は命中していた。

 ケイネスは、優花梨を問い詰める事は諦めた様だ。それよりも今は先にやるべき事があった。
「優花梨君、君には後でとっくりと話を聞かせて貰おう。……ランサー。これ以上、勝負を長引かせるな。そこのセイバーは難敵だ。速やかに始末しろ。――宝具の開帳を許す」
 未だ姿を隠し続けるケイネスの言葉が、戦場に響いた。

 宝具の開帳――つまり、先程よりも更に激しい戦闘になるのだ。優花梨は驚愕の表情を浮かべた。

「了解した。我が主よ」
 ランサーはそう言うと、左手に持っていた短い槍を、地面に放り捨てた。そして、右手に持つ長い槍から、呪符が剥がれ落ちていく。強大な魔力を放つ、深紅の色をした槍が姿を現した。
「そういう訳だ。ここから先は、殺りに行かせて貰う」

 あの長い深紅の槍が宝具だったのか。優花梨は二人の戦いを、アイリスフィールと共に見守る。
 間合いを徐々に詰めて行くセイバーとランサー。
 最初に仕掛けたのは、ランサーだった。

 ランサーの長槍がセイバーへ向かい、一直線に突き込まれる。セイバーは見えない剣で、ランサーの槍を打ち払った。
 しかし、ぶつかり合ったランサーの槍とセイバーの剣を中心に、突然烈風が吹き荒れた。
「な!?」
 セイバーは思わず驚愕の声を上げ、後方へ退きランサーから距離を取った。ランサーは依然として槍を構えたまま動かない。

「アイリ様、今のは一体…」
「……何が起こったのかは、私にも分からなかったわ」
 優花梨と同様、アイリスフィールも困惑した。何が起こったのか分かっているのは、サーヴァント両者のみ。

「晒したな。秘蔵の剣を」
 ランサーは不敵な笑みを浮かべてセイバーに言った。
「刃渡りも確かに見て取った。これでもう、見えぬ間合いに惑わされる事はない」
 得意げにそう言うと、ランサーは長槍で立て続けに突いて行く。

「ランサーに、セイバーのあの『見えない剣』が見破られてしまったのですね」
「……その様ね」
 ランサーの発言で、優花梨は状況を把握した。アイリスフィールは優花梨の言葉に相槌を打つだけだ。いくら部外者とはいえ、優花梨にセイバーの宝具を説明する事は出来ないし、する必要もない。

 ランサーの攻撃をセイバーは身を翻して避け、避け切れない攻撃は剣で打ち払う。その度に、『黄金の剣』の姿が残像として現れる。
 ――あれが、セイバーの宝具の本当の姿なのか? 優花梨はセイバーの『見えない剣』を凝視した。

 優花梨がそんな事を考えた瞬間、セイバーはついにランサーへ攻め行った。剣をランサーの肩へと打ち込む。同時に、ランサーの槍がセイバーの脇腹の鎧へと向かう。
 ランサーの槍はセイバーの鎧に弾かれたかと思われたが――
 突然、セイバーは身体を横に投げ出して、地面を転がった後、すぐに立ち上がる。脇腹から血が溢れており、セイバーは苦悶の表情を浮かべている。

「セイバー!」
 優花梨もアイリスフィールも状況が掴めないのは同じだが、一先ずアイリスフィールは、セイバーの脇腹に治癒の魔術をかけた。
「ありがとう、アイリスフィール。大丈夫。治癒は効いています」
 そう言いながらも、セイバーは脇腹を庇う様な体勢を取っている。

「やはり、易々と勝ちを獲らせてはくれんか……」
 言葉とは裏腹に、楽しげに呟くランサー。まるで戦う事が至上の喜びであるかの様に。
「……そうか。その槍の秘密が見えてきたぞ、ランサー」
 ランサーの槍の攻撃は、セイバーの鎧が弾く筈だった。それが貫通し、何故か鎧には傷一つなかった。つまり、あの深紅の長槍は、魔力を無力化する力を持つ。だから、魔力で編まれたセイバーの鎧は、ランサーの槍を弾く事が出来なかったのだ。

「その甲冑の守りを頼みにしていたのなら、諦めるのだな、セイバー。俺の槍の前では丸裸も同然だ」
 ランサーの挑発に、セイバーは鼻を鳴らして言葉を返した。
「たかだか鎧を剥いだ位で、得意になって貰っては困る」
 刹那、セイバーの銀色の甲冑が飛散し、霧の様に消滅していく。セイバーは青と白のドレスだけの姿になった。
 驚きのあまり何も言えない優花梨とアイリスフィールを背後に、セイバーは言い放った。
「防ぎ得ぬ槍ならば、防ぐより先に斬るまでの事。覚悟して貰おう、ランサー」
 セイバーはそう言うと、ドレス姿のまま、再び構えを取った。大きく振りかぶる様な構え。恐らく、次で勝負を決めるつもりだ。何か勝算があるのだろう。優花梨は神妙な面持ちで、息を呑んだ。

「思い切ったものだな。乾坤一擲、と来たか。その勇敢さ。潔い決断。決して嫌いではないがな――この場に限って言わせて貰えば、それは失策だったぞ、セイバー」
 ランサーは言いながら、挑発する様な軽い足取りで、横へと移動して行く。
「さて、どうだか。諫言は、次の打ち込みを受けてからにして貰おうか」
 優花梨の目視では分からなかったが、ランサーの足取りがほんの少しだけ鈍った瞬間――それをセイバーは見逃さなかった。

 大気が破裂する様な感覚と共に、セイバーの持つ『見えない剣』が、黄金の色を放った。
 黄金の剣から、セイバーの真後ろに向けて大気が迸る。その魔力によって、セイバーは超音速の砲弾の様なスピードで、ランサーへ突進し斬撃を放った。
 しかし、ランサーの深紅の槍は微動だにしない。
 まさか諦めたのか――優花梨は一瞬そう思ったが、それが浅はかな考えである事をすぐに思い知る事となった。

 ランサーは深紅の槍を動かす事なく、足下の地面を蹴り上げた。砂利と共に、先程ランサーが投げ捨てた短槍が宙を舞う。それと同時に、長槍と同様に巻かれていた呪符が剥がれ、黄色い短槍が露になった。

 ランサーの狙いを、優花梨は漸く察した。
『宝具は一つとは限らない』。ライダーの言葉である。
 そう、あの短槍もまた、ランサーの宝具であり、深紅の長槍ではなくあの黄色い短槍で、初めから勝負を付けるつもりでいたのだ。

 優花梨の手を握るアイリスフィールの力が、強くなる。思わずアイリスフィールを見遣ると、今にも叫びそうな表情を浮かべていた。優花梨はセイバーへ視線を戻し、思わず泣きそうな顔をした。
「セイバー…!」




 冬木大橋のアーチの上。
 ライダーとウェイバーは、セイバーとランサーの戦闘を監視していたが、ライダーがついに立ち上がった。
「いかんなぁ。これはいかん」
「な、何がだよ?」
 未だウェイバーが鉄骨にしがみ付いたまま訊ねると、ライダーは焦る様に答えた。
「ランサーの奴め、決め技に訴えおった。早々に勝負を決める気だ」
「いや、それって好都合なんじゃ…」
「馬鹿者。何を言っとるか!」
 刹那、ライダーは踵で思い切り鉄骨を踏んだ。その振動に、ウェイバーはまたしても情けない声を上げて泣きそうになった。

「もう何人か出揃うまで様子を見たかったのだが、あのままではセイバーが脱落しかねん。そうなってからでは遅い」
「お、お、遅いって……奴らが潰し合うのを待ってから襲う計画だったじゃないか!」
 ウェイバーの訴えに、ライダーは思い切り眉を顰めた。
「……あのなぁ坊主。何を勘違いしておったのか知らんが、確かに余は他のサーヴァントがランサーの挑発に乗って出て来ないものかと期待しておった。当然であろう? 一人ずつ探し出すよりも、纏めて相手をした方が手っ取り早いではないか」
「纏めて……相手?」
 ライダーの言葉がまるで自分の考えと相違していた事に、ウェイバーは呆然とした。
「応とも。異なる時代の英雄豪傑と矛を交える機会など滅多にない。それが6人も揃うとなれば、一人たりとも逃す手はあるまい? 現に、セイバーとランサー。あの2人にしてからが、共に胸の熱くなる様な益荒男どもだ。気に入ったぞ。死なすには惜しい」

 ――死なすには惜しい、だと!? ウェイバーは驚愕し、怒りの声を露にした。
「死なさないでどうすんのさッ!? 聖杯戦争は殺し合いだってばギャワッ!!」
 間髪入れずライダーのデコピンが己の額にまたしても炸裂し、ウェイバーの訴えは問答無用で却下された。

「勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の『征服』である!!」
 ライダーは胸を張って言い放ち、腰の剣を抜いて夜空を斬り裂く様に閃かせた。
 刹那、大量の魔力、輝きと共に、大型宝具が現界する。発生する突風に吹き飛ばされそうになり、ウェイバーは声を上げる事も出来ず、鉄骨に全力でしがみ付いた。
「見物はここまでだ。我らも参じるぞ、坊主」
 ライダーはそう言うと、宝具の上に飛び乗った。

「馬鹿馬鹿馬鹿! オマエやってる事デタラメだ!!」
「ふむ? 気に食わぬなら、この場所に残って見ているか?」
「行きます! 連れて行け馬鹿!!」
「良し。それでこそ我がマスター」
 ライダーは豪快に笑うと、涙目と化すウェイバーの襟首をひょいと摘み上げて、宝具に騎乗させ、己の隣へ置いた。
「いざ駆けろ! ゴルディアス・ホイール!!」
 ライダーがそう叫ぶと、宝具が応じる様に雷鳴を発生させた。

 ウェイバーにとっては、もう兎に角地面に下ろしてくれればそれで良いという思いしかなかった。まさかその戦場に、優花梨が居る事も知らずに――



 セイバーとランサーが交差した瞬間、鮮血が宙に舞う。
 突進して行ったセイバーが足を止める。同時に二人は振り返り、対峙した。
 ランサーの黄色い短槍は、結果的にセイバーの左腕を抉っただけとなり、また、セイバーの黄金の剣も同じくランサーの左腕を抉った。互いに急所は外してしまった事となる。
 決着は着いていない。二人共、戦いの意志はまだある様に見えた。

「つくづく、すんなり勝たせてはくれんのか。……良いがな。その不屈ぶりは」
 ランサーは余裕の表情で、セイバーへ言い放った。ランサーの左腕の傷は見る見るうちに治癒していき、あっという間に何事も無かったかの様な状態へ戻った。ケイネスの治癒魔術だ。優花梨は瞬時に悟った。
 しかし、セイバーは苦痛の表情を浮かべたままだ。焦りも感じられる。見た目だけなら、セイバーの方が軽傷に見えたが――
「アイリスフィール、私にも治癒を」
 セイバーの言葉に、優花梨はアイリスフィールを見上げた。
「かけたわ! かけたのに、そんな……」
 アイリスフィールは優花梨の手を払い、困惑と焦燥の表情でいる。治癒魔術がきかないのだろうか。優花梨は心配そうな顔でアイリスフィールを見つめた。

「治癒は間違いなく効いているはずよ。セイバー、貴女は今の状態で完治している筈なの」
 そう言い放つアイリスフィール。まさか自分の実力に驕る様な性格ではないだろう。彼女の言っている事は事実だ。優花梨はそう察し、恐らくランサーの宝具に何かがあるのだと思った。

 ランサーは余裕綽々とばかりに、左手で地に落ちた黄色の短槍を拾い上げた。
「我が『ゲイ・ジャルグ』を前にして、鎧が無意だと悟ったのまでは良かったな。が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ『ゲイ・ボウ』は防げていたものを」
 左手の黄色い短槍が『ゲイ・ボウ』、そして右手の深紅の長槍が『ゲイ・ジャルグ』――彼の宝具はこの二つなのか。優花梨は各々の槍を見遣った。

「成程……一度穿てば、その傷を決して癒さぬという呪いの槍。もっと早くに気付くべきだった……。フィオナ騎士団、随一の戦士――『輝く貌』のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
 セイバーの言葉で、優花梨は漸く理解した。ゲイ・ジャルグが魔力を断つ槍、ゲイ・ボウは一生癒えぬ傷を付ける槍。そして、彼の真名は『ディルムッド』。フィオナ騎士団――名前だけは聞いた事があった。

「それがこの聖杯戦争の妙であろうな。――だがな、誉れ高いのは俺の方だ。時空を超えて『英霊の座』にまで招かれた者ならば、その黄金の宝剣を見違えはせぬ。かの名高き騎士王と鍔迫り合って、一矢報いるまでに到ったとは……フフン、どうやらこの俺も、捨てたものではないらしい」

 ランサーの発言に、優花梨は驚愕した。『騎士王』、そして『黄金の宝剣』。
 騎士王――セイバーはかの有名なアーサー王物語の『アーサー王』なのか? だが目の前のセイバーは女性だ。それでも、サーヴァント同士が真名を間違える事は有り得ないといって良いだろう。ならば、物語が間違っているのか?

 優花梨の混乱を他所に、戦闘は続く。

「さて、互いの名も知れたところで、漸く騎士として尋常なる勝負を挑める訳だが……それとも、肩腕を奪われた後では不満かな? セイバー」
「戯言を。この程度の手傷に気兼ねされたのでは、寧ろ屈辱だ」
 ランサーの言葉にセイバーは毅然とした態度で返すが、第三者の目から見れば、優勢とは言い難い状況である。果たして、セイバーは勝利出来るのだろうか。優花梨も他人事ながら、治癒の効かないセイバーが心配で仕方がなかった。

「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」
「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」
 不敵な笑みを浮かべながら、互いに剣と槍を構えた、瞬間――

 突然、物凄い雷鳴が響き渡る。
「!?」
 セイバーとランサーは共に、雷鳴の起こった方角へ視線を移す。雷は、夜空からこの戦場へと突進してくる『戦車』そのものから撒き散らされている。

「チャリオット…?」
 アイリスフィールは呆然として、思わず呟く。
 優花梨も突然の事に、頭が付いていかなかった。雷と共に、こちらへ目掛けて飛んでくる戦車。と言っても、現代の戦車ではなく、牡牛2頭が古風で豪華な戦車を牽いている。
 戦車はセイバーとランサーの上空を旋回し、徐々に速度を落として、やがて地上へと降り立っていく。ちょうどセイバーとランサーの間へ着地すると、眩い雷光は落ち着き、再び闇が訪れた。
 その戦車に乗っていた人物は――

「双方、武器を収めよ。王の御前である!」

 聞き覚えのある声。その姿を凝視し、優花梨は声にならない声を上げた。
「……!!」

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスを得て現界した」

 突然現れるや否や、堂々と言い放つ征服王【ライダー】。その傍には、唖然とした顔で震えているウェイバー・ベルベットの姿があった。

「――ウェイバー!!」
 何が起こったのかは分からない。一体ライダーは何故、此処へ? セイバーとランサーの戦いはどうなるのか?
 だが、優花梨は想い人に再び会えた事に、歓喜の声を上げた。

2014/12/22


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