▼ 8.こんな貴方は誰も知らない
それから目が合うたびにお互いに手を振り、たまにソウジロウくんがおやつを持ってきてくれて2人きりでお話したり、これ食べる?はい、あーんなんて恋愛フラグをソウジロウくんにしてもらったりと今まででは考えられない程親密な事をしていると思う。
「どうしたんですか?」
今もまさしくお菓子を2人で仲良く食べながら談笑をしていたのだが、私がこの不思議な成り行きにボーっとしているのに気付いたのか仔犬のような顔で私を覗き込んでくるソウジロウ君。
「ううん、何でもないよ」
「なら良かった!美味しいですね、これ!」
新しい料理の方法も見つかったみたいで治安もいい方向に進んでいるみたいだった。
目の前のお菓子を見ながら少し眉を寄せる。
「ごめん、ソウジロウ君。ちょっと行かなきゃ行けない所あったんだった」
「え?…あ、ああ。すみません、気をつけて行って来て下さいね」
こんな純粋に色々な事を隠している私に気をつけてと微笑んでくれる彼を騙して私はここにいる。
今までずうっと騙してきたんだからこのまま仲良く居ちゃえば良いじゃないか。馬鹿か私は、そんな事を望んでいた訳じゃないでしょう?いや、こんな風に仲良くなれて願ったり叶ったりじゃないか。
じゃり、じゃりっと地を歩く私は天使と悪魔の囁きをただ黙々と受け流していた。
そう、そうして居たのだけれど、遠くでいつものメンバーと楽しそうに話をするソウジロウくんが目に入ってしまった。弄られて顔を赤くして困っているのか、なんと青春真っ盛りな事だろうか。ソウジロウ君がモテるのは当たり前な事な筈なのに胸がギシギシする。
仮の居場所を与えて貰って優しくしてもらってるだけなのにバカか私は。勘違い女め。
ーリィン!
「はい、もしもし」
『なに電話みてぇに出てんだよ』
そろそろ私はここを離れた方が良いのかもしれない。遠くでみていた頃が1番幸せだったかもしれないし。
「そろそろ終わりかなぁ」
『ん?なんだ、用事は済みそうなのか?』
「まぁねー、また酒付き合って。とりあえず浴びる程呑みたい」
何があったのか根掘り葉掘り聞きたい友人であったがいまは余り話したくないのが傷心中の乙女の本音だ。
『なんかあったのか?お前、様子がおか…』
「また呑む時にね」
『あ!おいまた勝手に…!!』
念話を切って、私は自分の頬をぱしぱしと叩く。よしっ、言うんだ!いざとなると心臓はドキドキするしあの優しい笑顔がチラついて決心が揺らいでしまうけれど大丈夫、言わなければ。
「ソウジロウ君」
「ファラさん!どうしたんですか!」
「ちょっと話があるんだけど…」
やっぱりいざとなって用事済んだんですか!わんわん!と仔犬のように笑顔で走ってくるソウジロウ君を見ると心の中の悪魔がいーじゃんこのままでと囁いて私の決心をボコボコとタコ殴りにしてくる。
2人きりになったところで話を切り出そうとソウジロウくんを見ればなんだか赤ら顔でモジモジしていた。風邪だろうか?とりあえず早々と別れを告げて彼を寝かせなければ。
「今まで私をかくまってくれてありがとう」
「…え?」
「もう街の治安もよくなったみたいだし、私がここにいる理由もなくなったよね」
「それは、そうだけど…でも」
「今まで本当にありがとう、助かりました」
「ファラさん…僕は!」
「やっぱり遠くで見てる方が性に合ってたのかもしれないよ、ファンの1人の癖に近くに来すぎちゃった」
ここまで息をせずに言い切った私は最後、息を吸って別れを口にするのだが、この時はまさかこんな事が起こるだなんて夢にも思わなかった。
「応援してます!じゃあ、私行くね。さよなら」
きっと彼はありがとう気をつけて!といつもの笑顔で送り出してくれるのだと思ってたのだけれど、違った。
私はソウジロウ君をなめていたのかもしれない。
「駄目です」
え?その言葉に私は耳を疑った。更に顔を上げたソウジロウくんは眉に深く皺を寄せてご立腹の様子だった。え、なにこの感じ、何でソウジロウ君が怒ってるの?
「そ、ソウジロウ君?あの…」
「駄目!何処かに行くなんて許さないっ!僕が拾ったんだからそんな勝手な言い分で出ていかせる訳ないだろ!!君は馬鹿だ!遠くで見てるだけで良かったなんてただのストーカーじゃないか!僕の気持ちも考えろー!!」
(え、誰これ?こんなソウジロウくん私しかしらない。)
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