耳打つ懺悔は哀と呟く


!)暗いです死ネタ注意!!
・第二次世界大戦後の緊張した時代のパロ、場所はイギリス
・紫苑(英人)は連合国側の暗号解読者
・ネズミ(国籍不明)は暗殺者
・紫苑30代、ネズミ20代
・樹勢18歳、紫苑の一時的な恋人
・樹勢は強盗団の一味、紫苑にベタ惚れ
・方程式は傾かないから十数年後


「紫苑さんごめんなさい、こんなことになってしまって…ぼくは、」

泣きすがる樹勢を見下ろし、紫苑は優しい瞳を細め、少年の頭を柔らかく撫でた。

「泣かないで、樹勢。きみは悪くない…きみはきみの仕事を果たしただけなんだから。仕方のないことだ」
「ごめんなさい…ごめんなさい、紫苑さん…」
「ぼくは怒ってなんかない。謝る必要はないんだよ、だからはやく、」

後悔に彩られ涙で濡れた樹勢の瞳を見つめ、彼を安心させるように紫苑はふわりと微笑む。

「はやく、お逃げなさい」





紫苑に背を押され、樹勢はすすり泣きながら屋敷を出ていった。
きっとこの後、樹勢を保護する組織が彼を守ってくれるだろう。だからきっと、命の心配はない。

不思議と、樹勢の裏切りに対して怒りは湧かなかった。むしろ、安心したくらいだ。
この騒ぎで確実に、自分は政府に殺されるだろう。その暗殺者が誰であるかは、もはや問題ではなくなった。
紫苑はビロードの張られた豪奢な椅子に身を沈め、深く息を吐いた。

願わくは、あの灰色の瞳を持つ少年…ネズミに命を終わらせてもらえたら…そう思っていた。
だが彼は、土壇場になって逃げ出した。紫苑にとっては、それこそが手酷い裏切りだった。

「…ネズミ」

目を閉じ、ゆっくりと唇を動かして大切に彼の名を紡ぐ。

ぼくは、待つことに疲れた。
きみはぼくの前に現れないつもりか。
それとも、ぼくの暗殺に失敗したきみは、もう死んでしまっているのか。

ほとんど何も感じなくなって久しい空っぽの心にひとつだけ残ったもの。
それは、ネズミへの想い。
それだけが色褪せることも変わることもなく、ぽっかりと心の空洞に浮かんでいた。

もう一度、愛しいその名を呟く。

「……ネズミ」
「紫苑」

思いがけず返答があった。
はっと目を見開く。

「紫苑」

ああ、と紫苑は微笑む。
神はまだぼくを見捨ててはいなかったか。
最期に彼の幻を見せてくれるとは。

「ネズミ!」

幻を腕に掻き抱く。涙が後から後から溢れて止まらない。

ああ、ああ、ああ。
会いたかった、会いたかったよ、ネズミ。
きみに看取られ、きみの腕の中で死ねるなんて、最高の至福だ。
幻と知っていながら、幸せでたまらない。
ああ、ああ、ああ。
これでぼくは、心残りもなく死んでいける。

そして紫苑は、毒リンゴを──表面に青酸カリを塗ったリンゴを──かじった。


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タイトルは、さまよりお借りしました。


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