そらまめちゃん 2 使用人に商人を見送らせ俺は自室に向かう為、廊下を歩いていた。 勿論先ほど商人から買い取ったスライムも一緒だ。 が、 「……遅い」 壊滅的に歩行の速度が遅すぎる。 プルリと揺れる身体を支えるには小さすぎるスライムの足は、俺が歩く1歩の距離を約30歩もかかってしまうのだ。 「ひっ、ご、ごめ、なさ……っ」 ビクッと震えたスライムは俺の顔を涙目で見つめ、プルプルとその身体を揺らした。 別に足が遅い事を責めた訳ではないのだが、そんなに怯えられると悪い事をした気分になる。 スライムの背面をプニュリと摘んでひょいと持ち上げると、左腕で支えるようにして抱きかかえた。 腕に伝わる不定形独特の感触と身体に馴染む体温は肌に心地いい。 「あ、あの」 「お前は何と呼ばれたい?」 「な、に?」 「そう、お前の呼び名だ。俺はお前をなんと呼べばいい?」 「すらいむ?」 「それは種族だろう。お前だけの名前だ」 「え、っと……」 スライムは小さな手を口と思しき箇所に当て、色々考えをめぐらせているようだ。 時折左右にクニ、クニッと身体を曲げるのは、もしかして首をかしげているのと同じだろうか? 「……わかん、ない」 結局スライムは自分で決められず、困ったような顔で俺を見上げた。 名前ぐらい自分の好きに決めさせてやろうと思ったが、決まらないのではしょうがない。 「じゃあ決まるまで『そらまめ』と呼ぶ」 「そらまめ?」 「そう、丁度色と形がお前に良く似ている」 プリッとした緑の身体に尻の部分だけすこし膨らんでいるのが似ている。 腰……、と言っていいのかは判らないが、括れのようなものがあるのも似ていると言っていいだろう。 「嫌か?」 「う、ううん、いやじゃな、い……です」 「敬語じゃなくても構わない」 頬と思しき部分を少しだけ撫でてやると、くすぐったそうにそらまめはピクピクと揺れる。 照れているのか肌の色が少し赤みがかっていた。 *** 部屋に戻ると床にそらまめを降ろしてやる。 キョロキョロと辺りを見回して俺を不安そうに仰いだそらまめを安心させてやる為に大きく頷くと、安心したのか小さな足で部屋の中を探検し始めた。 人には低い透明なテーブルの下を水中トンネルをくぐるように歩き、観葉植物の幹の硬さを確認するようにぴたぴたと叩く。 途中で絨毯の端に足を取られて転んだが、柔らかな素材の上だったのが幸いして怪我はなかったようだ。 物珍しそうに辺りを見渡し、それらに触れる。 俺には当たり前になっていた物までそらまめには新鮮なのだろう。 まるで自分の部屋が遊園地にでもなった気分だ。 「楽しいか」 「は、い!」 全身を折り曲げるようにしてコクンと頷いたそらまめは、目元を嬉しそうに細めた。 (意外と表情も顔に出るものだな) スライムに表情筋があるのかは知らないが、表情を豊かに変化させるそらまめは見ていて飽きない。 犬や猫と違って言葉が通じるのも面白かった。 短い手足を必死に伸ばしてソファーの上によじ登ったそらまめは、先ほどくぐったテーブルの上にぴょこんとジャンプした。 極々短い距離の飛行は危なっかしく思わず手を伸ばしかけるが、ギリギリとはいえテーブルに着地出来たので杞憂に終わる。 (意外に度胸があるのか、はたまた危険を察知する能力が低いのか) 「あ」 逡巡する俺の耳に、小さなそらまめの声と何かがガタガタと倒れる音がした。 「どうし……、く、くくっ、あははははっ!」 慌てて音の方向を向いた俺の目にとんでもなく面白い光景が飛び込んできて、思わず声を出して笑ってしまう。 「……あぅ」 テーブルの上には使用人がいつでも摘める菓子類を用意してくれているのだが、それに躓いたそらまめは中身をぶちまけ、その反動で菓子鉢の中に転がり込んでいた。 つまり、そらまめin菓子鉢。 「そんな所に入っていると食べてしまうぞ?」 「はひっ、た、たべないで、たべないで〜」 そらまめは菓子鉢から抜け出そうと身体を必死で揺らすけれど、大きめの尻が丁度はまり込んでいるらしく中々菓子鉢から抜け出せない。 その姿と慌てようが面白すぎて、思わず菓子鉢ごとそらまめを持ち上げるとその身体をペロリと舐めた。 「ひゃうぅっ!」 「今日の菓子は随分と美味そうだ」 「ひぃ、ひぃいっ!」 柔らかい身体を左右にブンブンと振りながら涙目になりながら逃げ出そうとするそらまめに、何故か不思議と癒される。 スライムなんて下等生物だと馬鹿にしていたが、何が自分の心に響くかわからないものだ。 「そらまめ」 「はひぃっ?! た、べないでぇ!」 「食べないから」 「ほ、本当に」 スライムを食べなければならないほど飢えていないし、言葉の通じる生き物を食べる気にはならない。 言葉が通じていなければ食べていいのかと聞かれれば複雑だが、こうやって意志が通じたら食べれないのは確かだ。 「ああ、本当だ。ほら、身体の力を抜いてご覧」 「は、ぃ」 大人しくなったそらまめの柔らかい身体をなぞるようにゆっくり、ゆっくり菓子鉢とそらまめの間に指を通す。 はまり込んでいた身体が少しづつ浮いていき、ポンと音を立ててそらまめの身体が菓子鉢から解放された。 「でれ、たぁ!」 嬉しそうにテーブルの上で小さな手を振るそらまめに、にこりと笑んで頭を撫でてやる。 小さな身体の負担にならないようゆっくりと撫でてやれば、そらまめは嬉しそうに目を瞑って手の感覚を受け入れた。 「よかったな」 そらまめの身体を持ち上げると膝に乗せて座らせる。 どうかしたのかとキョトンとした視線でこちらを見るそらまめに、先ほどそらまめがテーブルの上に転がしたクッキーを差し出した。 包みに入っていたし衛生面は問題ないだろうし、多少かけているが味に支障はないだろう。 「食べれるか?」 「たべて、いい、の?」 「ああ、どうぞ」 そらまめにも食べやすいサイズに割ってやり、口と思しき箇所に近づけると、そらまめは俺の指ごとパクンと口に含んだ。 まさか指を一緒に口にするとは思わなかったのでどきりとする。 別にそらまめに食べられたと思った訳ではない。 身体と同じく柔らかい口内は表面よりも少しだけ体温が高くねっとりとした感触で、多少……、ほんの少しだけ、性的ないやらしさを感じてしまったのだ。 クッキーから手を離し、口内からゆっくりと指を抜く。 ヌラリと濡れた指がテラテラといやらしく滑り、光を弾いた。 「おいしい」 クッキーを気に入ったのか、もっと欲しそうにそらまめが身体を揺らす。 その姿は小動物的な可愛らしさなはずなのに、はずなのに…… プルプルと揺れるそらまめの尻を見て、何故俺は唾を飲み込んだのか? 何故こうも心臓が早鐘を打つのか? 「くっきー」 何故たどたどしい言葉にこんなにも満たされるのか? 今の俺は、まだその答えを知らない。 *まえ|× さくひん とっぷ |