そらまめちゃん 1 退屈していた。 変わらない日々 平和な時間 安定した生活 馬鹿らしい。 金はそれこそ腐るほどにあるが、刺激の無い日々に俺はうんざりしていた。 *** 「こちらなんてどうです?」 妖しげな商人が差し出したケージの中では、身体は兎なのに尻尾が蛇のという謎の生き物が飛び跳ねていた。 指先でケージの金属部分をコツンと叩くと、音に反応した兎と蛇がこちらに顔を向ける。 「驚いたな、どちらにも意識があるのか?」 「へへ、そうですよ。それに本来この種類だと蛇の方が早く死ぬんですが、共生関係になっているので兎の寿命まで生きるんです」 「ふぅん」 音が自分に危害を加えないと気付いたのか蛇は俺達に興味を無くし、兎の喉元にスリッとそのしなやかな身体を擦りつけた。 兎もそれに嫌がったりせず、極自然に蛇のしたいようにさせてやっている。 まるで仲の良い兄弟のようだ。 「可愛いでしょう?」 「まあな、だがそれだけだ。興味ない」 確かに可愛らしいとは思う。 が、飼いたいと思うほどの強い興味は惹かれなかった。 可愛い、綺麗、カッコイイ、洗練されている そういった形容をされるものは散々見てきた所為か、もう飽き飽きしていた。 時にはもっと違う、そう『オモシロイ』物が見たい。 「ん?」 ふと視線を商人の荷物に向けると、それはモゾモゾと小刻みな動きで揺れる。 まだ別の動物でも居るのだろうか? 「おい、アレは?」 「ん……? ああ、あれでございますか?」 商人は少し困った表情で荷物を持ち上げると、テーブルの上に乗せて包みをはらりと開く。 ファサリと開かれた包みの中、現れたのは小振りのスイカ程の大きさのプニュリとした緑色の物体だった。 「何だこれは?」 「これはスライムです」 「スライム?」 俺だってスライム位は知っている。 この世界のあらゆる場所で生息する下等生物だ。 なんでも食べる為残飯処理用に飼っている家庭も珍しくないと聞いた事がある。 後はその柔らかい身体を性処理に使う変わり物もいるらしい。 俺が実際に自分の目で本物を見たのは初めてだが、自分が想像していた形と少し違う。 なんというか……不恰好。 「コイツはですね、未発達ながら手足のあるスライムなんですよ」 「普通のスライムにはないのか?」 「普通のスライムでも触手なんかで獲物を捕まえたりはするみたいですがね、手足ってなると私はコイツが初めてです」 スライムは見慣れない場所の様子を確認しようとキョロキョロと見渡し、小さな足を動かしてテーブルの上を移動する。 歩く振動で緑色の身体はたゆたゆと揺れ、半透明な身体の色彩の濃淡を変えていく。 思ったよりも愛嬌のある動きをするものだ。 「しかしコイツの性格なのか、変わってるものは弾かれてしまうのか知りませんがね? 仲間からも虐められてしまうんですよ」 「ぴにゃっ」 商人が指先でスライムの頭をツンツンとつつくと、小さな悲鳴を上げスライムの身体はよろりと揺れた。 スライムの小さな手が制止を求めて蠢くが、その短い手では止めるどころか商人の手にすら届かない。 「へぇ、鳴くのか」 「多少たどたどしいですが、喋りますよ。コイツ」 「ん? スライムはしゃべるのか?」 「いえ、やはり少々特殊なんでしょうね。亜種というか、……もしかしたらスライムの変異種なのかもしれません」 スライムの詳しい生態に興味は無いが、このスライムには興味がある。 顔と思しきくぼみにスッと顔を近づけてジッとその姿を観察すると、スライムはプルンと震えて後ずさった。 「お前、名前は?」 「……ぅ、あ」 スライムは怯えているのか小刻みに柔らかな身体を揺らし言葉を詰まらせる。 辺りをキョロキョロ見渡したり怯えたりする様子から、このスライムは臆病な性格なのだろうと推察できた。 「名前が無いのか?」 「……う」 コクンと頷いたスライムには妙な愛嬌があり、最近の私には珍しくこの状況を面白いと感じている。 「そろそろ処分しようかと思ってるんですよ。珍しいから売れるだろうと入手したものの買い手も付かないし。食事代がそんなにかかる訳ではないですけど、やはりつれて歩く荷物にはなりますからね」 「……きゅ、きゅぅ」 スライムが商人に向かって切ない鳴き声を上げた。 商人の口ぶりから察するに、それなりの時間一緒に居て情も移っているのだろう相手から、処分などという言葉を聞かされてスライムはプルプルと震えてくぼみからポロポロと雫を零す。 ゾクリ 何故かスライムのあるかないかの表情に、全身が歓喜に震えた。 どこが琴線に触れたのか全くわからないが、久しぶりの高揚感に俺は酔っている。 (これは、……面白い) 口の端に歪んだ笑みが浮かぶ。 この無垢なスライムを思う存分虐めたらどうなるのだろう? はたまたその身体が蕩けるほどに甘やかしたらどうなるのだろう? この臆病な性格のスライムが俺に懐き、先ほどの兎にすり付く蛇のように甘えてきたら……。 「幾らだ?」 「はい?」 「そのスライム、幾らなら売る?」 俺は退屈していた。 このスライムなら俺の退屈をほんの少し紛らわせてくれそうだ。 *** 金払いのいい上客は割とふっかけて代金を提示したにも関わらず、今日もポンと現金でスライムを買ってくれた。 きっと彼は買わないだろうと予想をつけていたキメラの籠をプラプラと揺らしつつ、懐の暖かさにニマリと笑んだ。 今日はいい日だ。 長い間買い手が付かなかったスライムの飼い主も決まったし大金も手に入った。 金持ちにしたらあの客は性質のいい方だし、きっとアイツも可愛がって貰える事だろう。 もし買い手が付かなかったら自分で飼ってもいいかと思っていたけれど、怪しい物品や奇妙な生き物を扱う商人なんてしているとちゃんと愛情を注いで可愛がる事が出来ないから、やはりこの選択肢で正解だったのだろう。 処分するといった時のスライムの泣き顔を思い出してクスリと笑う。 セールストークの一環で本気ではなかったが、スライムの泣き顔はあの上客に実によく作用した。 罪悪感で心が痛まなくもなかったが、結果オーライだろう。 「幸せになれよ」 馬鹿みたいにでかい屋敷をチラリと眺めて、誰に聞かせるでもない言葉を紡ぐ。 自分のモノではなくなった柔らかな手触りを思い出し、空を握って俺は笑った。 ×|つぎ# さくひん とっぷ |