ハリポタ いつか自由を | ナノ
木の妖精と無知な少女
私は樹だ。
だから名前なんて無いし、動く事は当然ながら出来ない。
そんな私が、人の目にこそ映りはしないが歩き回る事が出来るのは私の主人、トム・マールヴォロ・リドルがそのような魔法を無意識のうちに私にかけてくれたからに他ならない。
無意識のうちにだから、主人も私が霊体で歩き回れるなんて思ってもいないし、見えたりもしない。
『主人』と言っても、私が勝手に尊敬してそう呼ばせていただいてるだけであり、周りの人は主人を『トム』と呼んでいる。
木の妖精と
無知な少女
私は生まれて初めての寒さに直面している。
葉は寒さに枯れ落ちてしまい、私の本体は素っ裸だ。
「寒いなぁ」
白い息を吐きながら薄着で郵便物を取りに来た少女。
彼女こそ私を木陰から日の当たる場所に移動してくれた命の恩人、『ココ』だ。夏、主人とよく一緒に居たのを覚えている。
「ココー!」
「何?」
ココは走って、名前を呼んだココより1歳年上の女性の方に駆けてゆくので私も後を追った。
「今日も寒いのに、何でそんな格好で居るの風邪引くわよ?引きたいの?」
ココは困ったかのように笑った。
それにしても、何故人間は寒くても髪が抜けたりしないのだろう。私の仲間は皆して葉を散らしているのに。
「洗濯物は乾いた?」
ココが聞くと、少女は後少しと答えた。
「冬は嫌いだわ。寒くて手足はかじかむし洗濯物は乾きにくいし……手は切れるし」
「でも息が白くなるのは楽しくない?」
ココがそう言って、白い息をはぁ、と吐く。少女は意味が分からないという顔をした。私も意味が分からなかった。
「毎年思うけど、毎年追及しなかったけど、それは何で?ただの寒い証拠じゃない」
ココは含み笑いをする。
「生きてる感じがしない?」
「はぁ?」
私もはぁ?と思う。
私は樹で、生きているけど息は白くならない。ココが言うのは人間の偏見だ。
「だって、私たちが体温を持っているから息が白くなるんでしょ?生きてるんだなって実感できてなんか嬉しくない?」
「ココみたいに前向きな考えの子、知らないわ」
少女は苦笑する。
私も少女の横で苦笑した。
「悲観的な考えに厭きただけだよ」
「それは素敵なことよ、ココ」
「やだなぁ照れるよ」
ココは頭を掻いた。
そして白い息で赤くなった指先を温めようとする。
私はいつも思う事がある。
この孤児院は腐敗しているのに、何故この子たちは皆腐らないのかと。
もちろん目が濁って、いつも虚ろな子たちも8割程居て、その子たちは何故か院長を崇拝し忠誠を誓っている。
なのに、ココや彼女の近くに居る人は常に前向きで瞳には濁りなど見えず澄んでいる。そして忠誠を誓っている子供たちが居る為に表だってではないが、院長の愚痴を言い合ったりどうやったら院長を喜ばせずに済むかを話したりしているのだ。
院長は子供が出来ずに欲しいと申し出る夫婦は門前払いし、子供たちを人とは思わずこき使う奴にしか子供を引き渡さないような人間だ。
さしずめ、この孤児院は牢獄のようだと思う。
そんな牢獄の中ですら、彼女たちは季節の移り変わりを楽しみ笑う事が出来るのを、私は凄いと思う。
「早く夏が来ないかなぁ」
「あれ?ココは冬が好きなんじゃないの?」
「別に好きだなんて言ってないよ」
きっとココは、主人が居なくて寂しいのだろう。
いつも一緒に居たらしいから、離れたらそれは寂しいだろう。
だから早く夏になって、主人がここに戻ってくるのを待ち望んでいるのだ。
かく言う私も待ち望んでいる。
「ココ!」
一瞬空気が凍ったようだった。
静寂が耳に痛い。
「何でしょうか、院長先生様」
ココの顔から表情が消える。先程の笑顔はどこにも無い。
声も淡々として覇気がどこにも見受けられない。
薄着で裸足のココは郵便物を持ってスタスタと、たくさん着込んだ院長に近付く。
乾いた破裂音が響いた。
「郵便物を取りに行くのにこんなに時間がかかるのかっ!こののろまがっ!」
太った醜い男は、唾を飛ばしながらヒステリックに叫ぶ。
ココは頬を叩かれても身体が衝撃で動く以外はびくともせず、相変わらず睨む瞳以外は無表情だった。
むしろ一歳年上の少女が恐怖に震えて手に持った洗濯籠を落としそうになっている。
「なんだぁその目は!!」
髪を一房掴まれて、上に引っ張られる。
巨漢の男と栄養の行き届いていないココの身長差は激しい為、ココはつま先立ちをしていなくては髪が抜かれてしまいそうだ。
「お仕置だ!ついて来い!!」
男は意気揚々と言う。
ココは決して口を開かず髪を引っ張られたままついて行く。
私もついて行った。
着いた先は案の定、院長室。
ココは部屋に投げ込まれて力無く床に頭から激突して倒れる。
私は扉が閉められる前に部屋に入ってココの横にかがむ。目は見開いていて意識はあるようだ。良かった。
ココはお仕置の時間は力を抜いていて、決して抵抗を見せないが瞳は獣のようにギラついていて口は一文字に閉ざされている。
「上着を脱げ」
私が部屋に入っているなど露知らず、院長は扉を閉めて腰のポーチから鞭を取り出した。
ココは黙って起き上がり上着を脱ぐ。
寒いのだろう、鳥肌が立ってた。
そしていつものように豪華な机に手をついて、院長に背中を向ける。
院長は先日受けた仕置の傷がまだ塞がらない背中に、容赦無くまた新しい傷を作る。
「分かってるな、近頃のお前はどうもいかんのだ。お前の為を思って、やっているんだぞ」
憂さ晴らしをしているくせに、よく言う。このサディストが。
「……」
ココが口を一文字にしたまま何も言わないと、院長は顔を赤黒くした。
「返事っ!!」
背中にパックリと赤い血肉が開いた。
ココの瞳はより一層怒りと憎悪を混ぜる。
「……はい」
「小さいっ!」
また背中にパックリと傷が開く。
「はい」
どうでも良いと投げ捨てるような言い方のココに、鞭が止む。背中を向けたココに鞭の代わりに院長が近付いてきた。
また髪を引っ張られ、背中をそるようにしてココは院長の方を向かされる。斜めに身体が傾いた為に背中の血は床に垂れた。
「誰のおかげで衣食住が出来ていると思ってる」
「……」
ココは答えない。
ただ瞳は正常に戻っていた。怒りと憎悪はどこにも無いように見える。
「私のおかげだという事を、忘れるな!!」
頭を突き飛ばされ、机のヘリに頭を思い切りぶつけたココは、力無く床に寝そべった。
最初こそ私は倒れたココが死んだのではないかと思ったが、ココは寝そべって少しでも楽しようとしているのだ。
初めてそうだと分かったのは、倒れたココに慌てて近付き様子を見て、ココの瞳がまた獣に戻っているのに気付いた時だっただろうか。
「ふん、薄汚いガキが。部屋を片付けておけ!良いな!!」
「……」
「返事!!」
思い切り腹を蹴られたココは、流石にこれには毎度のことながら反応を示す。
「っ!!」
院長は反応を示したココにしたり顔で笑う。
「良いな?」
「……はい」
院長は部屋を去って行った。
ココは床に耳をつけていて、足音が完全に遠くなるまで動かない。
「……」
むくりと起き上がった体は細く、白いはずの肌は青痣ばかりだ。
背中からとめどなく流れる血は、鞭を打たれ続けた為に硬くなりボコボコした皮膚を流れ落ち歪んだ道をつくる。
たかが郵便物が少し遅れただけでこれ。
今日は院長の機嫌が良い方だったからこれで済んだのだけれど、郵便物が少し遅れただけでこれは私の中では完全に範疇外だ。
誰の中でも、きっと範疇外だ。
それが当たり前として起きるこの孤児院は、やはり牢獄だろう。
私には彼女たちが何故逃げ出さないのかが分からなかった。自分で歩ける足があるのにその地にとどまる真意が分からない。
「……メリノ大丈夫かな」
ココは小さく、床に垂れた自分の血を自分の上着で拭きながら言った。
メリノ、とは先刻ココと共に居たココより一歳年上の女性だ。
メリノはココと違ってこの部屋に入ったことは私の記憶の中では無いし、肌も青痣は少しあるがココとは天と地ほどの差で綺麗だ。
身体も栄養がまだ足りている方だからか発育が良い。栄養がまったく足りてない為に幼児体型のままのココとは全く違う。
何故肌を知っているのかと問われれば、彼女の裸を見たからとしか言えない。
メリノは遊女として高く売れる美を持っている為に、奥の部屋で時々芸をしこまれているのを私は何度か勝手に見た。
その時の私の感情と言えば、荒れ狂う嵐のようだった。
あの院長は幼い子供を性の遊び相手にしているのだ。
メリノと違ってココが暴力なのは、ココを奴隷として売るつもりだからだろう。この身体の傷では誰も遊女としては買わない。
ココは今、あんな目にあったばかりにもかかわらずメリノの心配ばかりをしている。自分が一緒に居たことでメリノに被害が及ぶのが怖くて仕方ないらしい。先程とは違い目には動揺が見える。
ココはすぐに立ち上がって院長室を後にする。上着やズボンは背中から溢れ出る血に染まり、肌にくっついている。
私はココの後をついて行く。ココは何度か壁にずりながらもしっかりした足取りで走る。
「ココっ!!」
ココとメリノの部屋の前に座っていたメリノがココに気が付いて立ち上がる。
「ごめん、ごめんねココ、私が話しかけたばっかりに」
メリノはワッと泣き出す。
ココは細い手でメリノを抱き締めて頭を撫でた。ココは身長がメリノに比べて小さいが、これではどちらが年上か分からない。
「メリノ、大丈夫だから。何もメリノが謝る必要なんてないんだから、ね?」
「っう……ごめ、ごめんねぇ」
「ほらほら、寒いんじゃない?メリノは冷え性なんだから部屋で暖まらないと。ほら入るよーメリノ」
メリノを呼んで部屋に入るココ。私も扉が閉められる前にどうにか入る。
そこは二段ベッドと小さな窓だけの世界。部屋は狭くて仕方ない。彼女たちは先月からこの部屋を使うように言われた。
院長の事だから仲の良い人たちは絶対引きはがすと思ったが、何故かくっつけた。
すべての部屋割りを見て分かった事だが、性の遊びに使っている子とストレス発散に使ってる子をくっつけていたのだ。
たぶん仲が良い人同士をくっつけたのは、傷の舐め会いをするのを見るのが院長は好きだからだろう。
彼女たちは知ってるのだろうか
今日がクリスマスという日である事を
外にある近くの町は、ほんの一部の上流階級の住宅街がイルミネーションで綺麗に瞬いている事を
私は風のように自由だから都会にだってどこにだって行けるから知っている
ここに来て翼をもがれてしまった彼女たちはきっと何も知らないだろう
瞬く光も、クリスマスという祝い日も
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