ハリポタ いつか自由を | ナノ
夜のお遊戯とキャンディー
頭がガンガンと痛くて目が覚めた。
最後の一撃をくらった後頭部をさする。
やっぱりだ、こぶになってる。
夜のお遊戯と
キャンディー
「っ……」
今日は一段と機嫌が悪かったな、アイツ。
子供が気を失うまで当たり散らして何が楽しいんだか、本当に神経を疑うよ。
窓の外を見るともう夜だ。闇が空を覆い隠して、その上に砂糖を撒き散らしてる。
今何時だろう。どれ位気を失ってたんだろう。
近くに落ちている布切れ同然の上着を掴んですぐさま着ると、布が擦れて背中が痛んだ。
「……」
音をたてないように歩くけど、足裏の皮膚と床が密着してヒタヒタと音をたててしまう。
確か机の、上から3番目の引き出しに飴が沢山入った袋があったはず。
……やっぱりあった。
1個は少ないし3個だとバレそうだと思って、2個頂戴して引き出しを音も無く閉める。
どうにか音をたてずに扉を開閉して廊下に出る。
「……はぁ」
ようやく院長室という名の虐待部屋から出られた。
一度大きく伸びをして深呼吸をする。背中がことのほか痛んだ。
皆が寝てる寝室に行こうかとも思ったけど、夜に寝室の扉を開けると院長と間違えた人が恐怖に飛び起きるから、今は行きたくない。
そんなわけで、私は寝室を通り過ぎて一か所鍵が壊れてる窓から外に出た。
地面の土のザラザラ感が足の裏に気持ち良くて、もう一度伸びをする。
ぐっと伸びをすると背中が痛んで、せっかく出来ていたカサブタに亀裂が生じたようでまた血が垂れてきた。
服が汚れてしまうのは嫌だな。
「また酷くやられたみたいだね」
私よりも先に窓から外に出てたのだろうトムが、どこからともなく話しかけてくる。
私は暗闇に慣れた目であちこちを見回すけれど見当たらない。
「トム、出てきなよ」
トムクスクスと笑った。声は前から聞こえるのにそこには木しかない。まさかと思って見上げると、前方にある巨樹からトムが降ってきた。
月明かりで表情が分かる。
いつも浮かべてる笑みだ。
「危ないよ、飛び下りちゃ」
「僕が怪我をするとでも?」
「思ってないけど」
トムはそうだろうね、と小さく笑う。
「足下に生えたばかりの木があるから踏まないでね」
「新芽があるのかい?」
「うん。私しか気付いてないみたいだけど」
私は新芽の方に、つまりトムに近付く。
「今日はなんで?」
「暴力を受けたかって?ただのあのデブの憂さ晴らしだよ」
トムはより一層口元を笑わせた。
「聞こていたら、また鞭で打たれるよ?」
「親愛なる院長先生様は、鞭がお好きですからねぇ」
私は皮肉たっぷりに言う。
「変態だよアイツ。苦しむ顔を見ると笑う。苦痛の声聞くと嬉しそうに笑うんだ」
反吐が出る、と私が顔で表現するとトムはことさら真面目に言った。
「ココが絶対に表情を変えないし声も出さないから皆より酷い目に会うんだよ。周りみたいに泣いて縋れば良い」
私はふんと鼻を鳴らして腕を組む。
「顔にも声にも出さないのが、私の抵抗なの。トムだってそんな事しないくせに」
「まぁね、死んでもしないよ、人に縋るなんて」
それでこそトムだと思う。
もっとも、トムは要領が良いから鞭で打たれる事なんて滅多に無いのだけど。
「でもココのやり方は賢いとは思えないけど?今日は首に絞めた痣まである」
「別に痛いのなんて慣れるもの。殺されたりしないって分かってるから今じゃ鞭だって怖くもなんとも無い。痛いのが怖いのは弱いからだよ」
そう、私たちは殺されたりなんかしない。
だって商品だから。
今のご時世、孤児院を営んでいる奴といえば、良心からではなく、孤児たちを人身売買して儲る為だ。
男は奴隷や男娼に、女も遊女や奴隷になる為に売られてゆく。
荒れた時代で買う人は沢山居るから、孤児院を営む院長先生様とやらは私腹を肥やして醜く太っているのが定番だ。
私はまだ11歳だから遊女には早いし、何故か院長のお気に入りらしく安金で私を求めた男は一人で帰された。
トムも容姿が綺麗だから求める人は多いし大金を出す奴もいるけど、院長は決して売らない。これまた院長のお気に入りだからだ。
「死より怖いものは無いよ」
「そう?」
「当たり前だよ。私は自分が一番大切だからね。自分が死ぬのが一番怖い」
「そう」
トムは一回自己完結するかのように頷いて、空を仰いだ。
「あぁそうだ、トム、君は運が良いよ」
「へぇ」
私は握り締めていた飴の一つをトムに手渡す。
トムは受け取りながらも、こう言った。
「ココは明日も痣をつくるつもり?」
「まさか、だって叩かれっぱなしじゃ割にあわないよ。飴は食べれば私の身体の一部になるし、満足感も得られる」
私は夕飯を食べ損ねたんだから、これくらい貰ってしかるべきだと言うと、トムはそういえば長い間帰ってこなかったよね。と言った。
「それに返せって言っても、もう現物が無いんだから返せないでしょ?それに私が気付かれるようなヘマをしたりなんかしないよ」
「ココの将来はスリかな」
トムは飴を口に入れて目を細めた。
甘い甘いお砂糖は、普段口に出来る物じゃないから味は舌を脳を刺激する。
でも、私はまだ手に握っていた。
「それで食っていけるなら、その職業は天職だね」
私は飴をポケットに入れて新芽の辺りの土を掘る。
トムは何をしてるのかと目で問うてきたけど、私は何も言わずに新芽を土と一緒に両手ですくい上げた。
門の場所まで裸足で歩く。トムが私の背中から血が垂れて痛そうだけど。と言ったけど、私は服の汚れが落ちるか落ちないかの方が気になると返した。
門まで来て、地面に新芽を植える。
「何がしたいの?」
「あんな巨樹の横にあったら日が当たらなくて枯れちゃうでしょ。だから」
植え終わってから外を見る。回りには何一つ無く、ただ平原が見えるだけ。
「いつかここから抜け出してやる」
私が言うと、トムは言った。
「なら今からでも脱走すれば良いじゃないか」
「駄目だよ。まだ私は小さいから警官に補導されて、また孤児院に戻される。戻されたらデブにもっと酷い目にあわされちゃうよ」
「ここら辺じゃ警察まで悪党だからね。裏で人身売買の手助けしてる奴が民衆の為にとか、よく言うよ」
トムは嫌気がさすと言わんばかりに警察をけなした。
「仕方ないよ。時代が時代なんだから」
私は肩を竦めるしかない。
外に出た事が無いから事実かどうかは知らない。
けれど、よく院長が私が外に行きたいなどと思わないようにと、私を叩きながら外の事を聞かせてくれるものだから偏った見聞は持ってる。
「でね、私は13になったらここを出る。それで自由に生きてくの」
「13の理由は?」
「私もそれなりに成長してるだろうから。ただそれだけ。13の私は自由なんだよ!」
生まれてこのかた、この孤児院から足を踏み出したことのない私は、外に憧れを抱かずにいられない。
「自由、ねぇ」
「その時はトムも連れて行ってあげるよ」
「有り難い申し出だね」
彼のわざとらしい言い方に私は笑った。
「ついて来る気はさらさら無いくせに。魔法使い様」
「茶化さないでよ。言わなきゃ良かった」
「茶化してないよ」
「まさか信じるとはね」
「え、何?疑って欲しかったの?」
トムは違うよ、と苦笑した。
私とトムは同い年だからかよく一緒にいた。
性格も似てるのか、とにかく一緒にいて居心地が良かったから、この孤児院の中では今みたいに二人でいることが多い。
そんな中で、トムと居るとよく不思議な事が起こった。
例えば、まだ私が鞭に怯えていた時、院長の手から鞭が急に消えたりとか。
まぁそんな感じの事を私がトムにけしかけたら、トムはすんなりと僕は魔法使いだと話して聞かせてくれた。
私が疑わなかったのは、トムがくだらない嘘はつかないと今までの経験上思っていたからかもしれない。
「あっちでお母さんがお金を置いていってくれてると良いね」
「……そうだね。尤も、僕は魔法界への行きかたも分からないんだけどね」
私はトムの返答を聞いて苦笑した。
トムの母親は、トムを身籠もった時、相手に自分は魔女だと曝露して捨てられてしまった女性だ。
よほど相手の男が好きだったのか、自分の息子に愛した男の名である『トム・リドル』をつけてあっという間に事切れた。
そんな彼女が何故かこんな荒れた人間界で生活していた為に、トムは魔法界ではなく人間界で、しかもこんな薄汚い孤児院に入れられる事となってしまったのだけど。
「あー、やっぱり先立つものが無くちゃだね」
「そりゃそうだよ、お金が無くちゃ何も出来ないだろ?」
「んー、どうにかしてあのデブからお金盗めないかな」
「僕に聞かないでよ」
トムがそう言った時、夜空を一匹の鳥が飛んで来た。
トムの前で鳥は何か口に咥えていた物を落とす。
「何?今の」
飛び去る鳥をねめつけながらトムに聞くけど、トムは落下物を見ていて何も言わない。
「トム?トーム」
私も彼の手に治まった物を見る。
一目で分かる上質な紙。宛先はトムだ。トム・マールヴォロ・リドル様と書いてある。
差出人は、見たことがない名前で読めないけれど、少しだけ単語は読めた。
魔法 それから 学校
「……」
トムをちらりと見ると、口が極上の笑みを作っていた。すぐに蝋で封をされた箇所を開き、中身を出す。
私もトムと一緒に中身を読んだ。トムに文字を教えてもらったから少しは読める。
そして私もトム同様に笑った。
「良かったじゃんトムっ!学校に入れるって!」
私はトムの肩を叩く。トムは頷くだけだった。
心中実は複雑だった。一番親しいトムが学校に行ってしまう。もう会えなくなる。売られてゆくよりもは良いかもしれないけど、どこか寂しくなった。それに、学校に入れるトムが羨ましくて少し妬ましかった。
素直に祝福してあげたいという気持ちと、対立する。
「ココ、どう思う」
「何が?」
私の顔は張り付いたように笑顔だった。
「あのデブが僕をホグワーツに素直に行かせてくれるかって事さ」
「ほぐわーつ?」
「魔法学校の名前だよ。ホグワーツ魔法学校」
「黙って出て行けないの?もう帰ってこないんじゃ」
だって寮生活だと書いてある。他の部分は読めないけど、寮ってことは、帰ってこないってことでしょう?
「残念。夏休みは強制送還らしい」
「私が何とかしてあげるよ」
トムの訝しげな顔に私は笑った。
生きていく為の知恵で、あのデブが何をしたら喜び、ただの豚みたいに知能が低くなるかを私は知っている。
あのデブは自分に有益な事だとことさら喜ぶ。
つまりトムが魔法を学ぶのは親愛なる院長先生様にとって有益だと思わせれば良いんだ。
「大丈夫大丈夫、任せといて」
「珍しいね。自分大好きなココが他人の為に体を張るなんて」
「何となくだよ」
本当は、行かせたくないと思ってしまった申し訳なさと後ろめたさを自分の中で帳消しにする為だ。
私は醜い大人たちみたいな妬みの感情は欲しくないし、妬むのは自分が相手に劣っているというのを認めるみたいで嫌だから。
「その代わりね、もしここに帰ってきたら魔法学校の話を聞かせてね」
もしを付けたのは、トムが夏休みここに帰ってくるかという保証が無いから。
誰だってこんな場所に帰りたくないだろう。トムは他の人の家に泊まるという行動をとるかもしれないというのを見込んでの『もし』。
「もちろん」
トムは穏やかに言った。
私は笑った。トムのこんな明るい声を聞くのは久しぶり、というか初めてかもしれない。
「お祝い」
私はポケットから飴を一個取り出す。
「それはココの分だろ?」
「良いから。お祝いさせてよ。これしかないけどさ」
私はトムの胸に飴を押しつける。トムは何度もいらないと言ったけれど、私が断固として意思を変えないと分かったのか、しぶしぶと受け取った。
「魔法ってどんなんだろうね」
「杖を振るんだよ」
「トムは想像しやすいかもしれないけど、この孤児院しか知らない私には想像出来ないんだよ」
私は肩を竦める。
何を考えて私の親はこの孤児院の前に私を置いていったのだろう。いらなかったなら、邪魔になると分かっていたなら生まなきゃ良かったのに。
私は頭を横に振った。
「私、部屋に戻る」
裸足で歩く。
トムが後ろからついて来た。
「明日から忙しくなるから寝なくちゃ」
「忙しく?」
「だってあのデブを説得するんだもん。体力勝負だよ」
「……迷惑かけるね」
「トムに下手に出られると気持ち悪いなぁ。いつも自分が一番のくせに」
「人がせっかく気を使って感謝を口にしてやったのに言う事がそれなんだ。もうココには言わないよ」
「冗談だよ」
足の裏についた砂を払って、窓から院内に入る。
当分こういう他愛ない会話が出来なくなると思うと少し寂しかった。
そっと扉を開けると、何人かの人が青い顔をして、院長が来たと勘違いして勢いよく飛び起きた。
入口に立つ影が二人、つまり私とトムだと理解した人達は、安堵の溜め息をつく。
「二人でどこ行ってたの?ココが行ったっきり帰ってこないから、売られたんじゃないかって心配した」
一コ上のメリノがとても小さな声で言う。
トムはさっさと自分の寝床に行った。
「心配してくれてありがとうメリノ。気を失ってた時間が長かったの」
「……そう。ゆっくり休んで、早く傷を癒した方が良いわ」
「うん。おやすみなさい」
私は明日からの事を考えて溜め息をつきそうになって、とめた。
溜め息をつくと幸せが一つ逃げるという迷信を信じてるわけじゃないけど、何となく溜め息はつかないようにしてるんだ。
残念ながら、私はトムを見送る事が出来なかった。
院長室でいつも以上に過激な目にあったので、その時不覚にも寝てしまっていたのだ。
メリノの話だと、トムはココによろしく言っといて、と言ったらしい。
「何がよろしくなんだか」
腫れた頬を押さえながらトムがくぐった門をねめつける。
私は11年間切望しながらも一度もくぐれなかった門を、トムはいとも簡単にくぐって出て行ってしまった。
素直に羨ましかった。
これが妬みだと言うのなら、私も大人に一歩近付いたという事だろう。
11歳の夏は、もうそろそろ終わる。
「お前は良いね、トムを見送れて」
私は足下の樹に向かって言った。
新芽を次々と出して着実に成長している。
いつか私を抜くだろう。
「来年、一緒にトムを出迎えようね。そして、見送ろうね」
今回は無理だったけど、と独り言を言う。
早く、早く季節は巡らないものかな、と思った。
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