モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
溶け込む:遠藤沙耶様:6周年
俺の近所に骨董屋がある。
周りに溶け込んで商売をしている、普通に見ればどこにでもいる人間だ。
でも俺は知っている。
黒髪の奴が鬼だって事を。
飽和する世界
溶け込む
「久倉西明!これでもくらえ!」
悪魔を退治する札を久倉の背中にバシン!と貼り付ける。
玄関先を掃いていた久倉は猫背になっていたから、前によろめいた。
どうだ?札は効いたか?
「いたた……。こら、危ないだろう」
久倉は背中に貼った札をあっさり剥がして、何これ?と言う始末。
くそっ!駄菓子屋のおばちゃんに騙された!
これを使えば悪魔を払えるって言ってたのに!
「なら、これはどうだ!」
聖石を久倉に突きつければ、久倉は首を傾げた。
「何かの真似?残念ながら、私は仮面ライダーもプリキュアも番組名しか知らないよ」
「ちっげーよ!」
何で効果が無いんだよ!
これ高かったんだぞ!
俺のお小遣いが消えたんだぞ!
駄菓子屋のおばちゃん、何で俺を騙すんだよ!
久倉を見ると、澄ました顔。
しかも俺が大事な大事なお小遣いで買ったお札を握りしめてくしゃくしゃにしてやがる。
絶対に効果はあるはずなんだ。
だって、俺は久倉の影が鬼だったのを見たんだ。
大きな角が二本、影には確かに生えていた。
だからこいつは人のふりをした鬼なんだ。
骨董屋って仕事も怪しさがあるし、きっとこいつは悪い鬼に違いない。
というか、鬼は悪い存在なんだ。
だから俺は桃太郎のように鬼を退治しなくちゃいけない。
きびだんごを持っていても誰も仲間になってくれないけど、でも、やらなきゃいけないんだ。
それが唯一こいつの正体を見抜いた俺の義務なんだ!
なのに何で、本を読んで調べたのも、駄菓子屋のおばちゃんに聞いて試したのも、全部が全部効果ないんだよ!
「西明」
店の奥から鬼の名前を呼ぶ男。
そいつは久倉が黒髪なのに対して、真っ白な髪だ。
あいつの影もおかしかった。
本体は髪がミディアムくらいなのに、影は貞子よりもずっとロングだったから、あいつもきっと鬼だろう。
鬼が商いするおかしな骨董屋。
それが近所にあるんだから俺の心は穏やかではない。
けれど俺以外の誰も、こいつらが鬼だって知らないのだ。
親も信じてくれなかったし、学校の奴らに言ったら笑われて、他の大人に言ったら怒られた。
久倉も奥の男もそれを知っているから、俺を適当に扱う。
「ほら、君も早く帰りなさい。夜には塾だろう?お母さんがケーキを用意してくれているよ」
「なんでうちの事を知ってんだよ!お母さんに何をした!」
「何もしていないよ。さっきあそこのケーキ屋さんから出てくるのを見ただけ。ほら、帰りなさい」
決して、ケーキが食べたいとか、そんなんじゃないからな!
久倉に背中を向けて、家に向かって走る。
走って行くほどの距離もないけれど、お母さんが心配だから走るんだ。
「またな!久倉!次はぜってー倒す!」
「はい、またね」
久倉は俺に手を振る。
俺も手を振り返した。
***
子供が家に入ったのを見届けて、私も家に入ろうとすると薬売りが暖簾を上げて店から出てくるところだった。
「おや、もう帰ったのですね」
これだけ近くに居たのならば去り際の捨て台詞も聞こえていただろうに、知らぬ存ぜぬの調子。
薬売りは残念、と言うが、その表情も声音も全く残念がっていなかった。
せめて言葉もそれらしくしろとずっと昔に言った気がするが、もう過去の事過ぎて覚えていない。
それに、昔言ったか言ってないかと考えていては、百何十年も連れ添った相手だ、何も言えなくなってしまう。
「全く残念そうではないな」
「おや、本心、ですよ」
穏やかに笑う男。
テレビに映る男より余程綺麗だと思うのは、きっと色眼鏡のせいだけではないだろう。
こいつは話し方に癖があるし、役を演じるのも無理だと思うが、モデルとやらの素質は持っているのではないだろうか。
試しに今度、写真を撮って何処ぞの雑誌に送りつけてみようか。
無言のまま勝手に店仕舞いというように暖簾を畳む男。
電気が通い夜も明るい世界になった今でも冬は早くに店仕舞いするのが恒例であるが、それにしても早過ぎやしないか。
まだ小学校の低学年が帰る時間だというのに。
「西明」
名前を呼ばれて、箒を渡す。
薬売りは暖簾と箒を持って、店に入って行った。
暖簾が無くなった店先は味気ない。
いつも閑古鳥が鳴く店なのだ、今日くらいいつもより早く店を仕舞っても問題ないだろう。
店の奥、定位置に暖簾と箒を置く薬売りは、私が扉を閉めるとポツリと呟いた。
「今時、視えてしまう子は、そう居ませんから」
時差のある回答。
それは周りに聞かれないようにという薬売りなりの配慮だろう。
私はそうだな。と返す。
あの子は本当に偶然、障りにでも遭って私達の本質を視てしまったのだ。
互いに不可抗力であるが、可哀相な事をしたと思う。
あの子は私を鬼だと見抜いて周りに訴えたが、このご時世だ、誰もが子供の戯言だと言い切って耳を貸さない。
唯一真実を口にする子が、冷たくあしらわれているのだ。
子供が見た夢うつつだと、法螺吹きだと、そう言って周りは終わらせる。
あの子の親も、今まではそんな騒ぐ子ではなかったのにと、ほとほと困り果てている。
最初の頃は子供を捕まえて謝りに来たくらいだ。
あの子は頑なに自分は真実を言っているのだと主張して、更に親を困らせていたのだが。
私は私で、児童文学等の影響を受けているのでしょう、見慣れない骨董品を扱う店の人間だから奇妙な存在なのでしょうと言って対応している。
それにあの子は偶然に私の本質を見抜いただけで、この店内にあるモノ達に怯える事は一度も無いし、また私の影が鬼に見えたと騒ぐ事も無い。
つまり日頃から視えているのではない。たった一度の障りだったと考えて間違いないだろう。
いつかあの子も自分の視たモノを疑って、じきに普段視えない世界への介入をしなくなる。
そうやって、私達魑魅魍魎はこちらの世界からどんどん忘れ去られてゆく。
それで良いのだ。
それが今の、この世の常なのだから。
「それは?」
薬売りの言うソレとは、私が握ってくしゃくしゃにしている札だ。
紙を伸ばして薬売りに見せると、精密に作ってますね、と一言。
それはそうだろう、握っていた私の手が少しばかり痛い。
きっと皮膚は少し赤くなっているに違いない。
薬売りはそれに気付いたのか、札を私から取り上げた。
「酷い事を」
そうだろうか?
昔から人間は自分達と違うモノを排してきた。
それは己の領域を守る為に仕方ない事。
それに薬売りだって、モノノ怪は斬らねばならぬと言っていたではないか。
それが私の事になるとこれだ。
尤も、薬売りが斬ってきたのはあくまで人間に影響を与えてしまうモノであり、私は今のところ人間の命を脅かすような影響は与えていないからかもしれないが。
「子供にとって鬼は害悪なんだ、仕方ないさ」
それに、模造品の札は効力も弱い為にそんなに酷い物ではない。
一番私の中に居る鬼に効果があるのは、薬売りの札だ。
あれは壁越しに近づいても皮膚が焼け爛れる。
薬売りは昔、まだ私が鬼の力を抑えられずに瞳は紅く、額に二つの角を携えていた時の頃を思い出したのだろう、苦々しい表情で札を破った。
今でこそ私は鬼の力を制御出来るようになったが、昔はそうではなかった為に見つかれば迫害され、運が悪いと殺されかけていた。
運が悪いの最高峰は、陰陽師に目をつけられた時だろう。
あの時は結界を張られた上に札を貼られて、流石に死にかけた。
尤も、今は鬼との長い付き合いの中で鬼の力を制御出来るようになった為に、額にあった二つの角も無い。
瞳の色も同じだ。今は普通の色になっていて、余程感情的になるか、力が強くなる時にしか鬼化はしない。
おかげで人目を避ける生活から、こうして人と交わる生活を送れるようになった。
それだけで十分に幸せだ。
「気にするな。私は今の生活を楽しんでいる」
「俺は少し、不満です。引っ越しても、良いのでは、ないですかね」
「此処に越してまだ2年だぞ」
「構わない、でしょう」
「構う」
私と薬売りは、10年おきに各地を点々としている。
理由は簡単で、互いに老いないからだ。
私の見た目と薬売りの見た目が全く変わらないままでも許されるのは、おおよそ10年。
居心地が良かった為に15年住み着いた場所もあったが、やはり周囲は見た目が変わらない私と薬売りに注目し、流石にまずいと思って早々に引っ越した。
そう考えれば10年以内であれば何回引っ越しても良いのだが、それはそれで様々な弊害がある。
まず、役所へ行って、鬼の力を借りて役所の人間を操るのは本当に疲れるのだ。
10年毎に住民票とやらを作って、税金の話を聞いたりするのは本当に面倒で仕方ない。
だから、嫌だ。
それに、万一にも私達を覚えている人が生きていて、先程の子のように騒いだらその人は周りから奇怪な人間と扱われてしまう。
そうならない為にも、一度住んだ地の近くには100年は住めない。
だから、そうころころと移転していては住む場所を失ってしまう。
「薬売り、そう気にかけなくてもいい。あの子が成長するに伴って終わるさ」
「西明が、そう思うなら……」
不満そうに言う男。
先程に比べて随分と気持ちを顔に出す。
二人きりになった途端だというのに気付かないほど薬売りとの付き合いが短い訳ではないが、それに照れるほど若くもない。
若くないから照れはしないが、やはり、嬉しくはある。
年甲斐にもない。いい加減、そういう感情も枯れて欲しいものだ。
百何十年も共に過ごしてきたというのに、まだ相手の一挙一動に心動かされるなんて、たまったものではない。
「今日は何を食べる?」
「早く店仕舞いしたので、ちょっと、出かけませんか?」
「電車か」
「はい」
外で掃き掃除をしていたから外套…今で言うコートは着ているからそのまま出掛ければいいかと思っていると、薬売りは私にマフラーを巻きつけてきた。
そんなに寒がりではないと目で訴えると、夜は冷え込みますからね、という言葉。
「それなら、お前もだろう。寒いのは苦手なのだから」
薬売りの手袋を渡す。
薬売りが手袋をはめているうちにマフラーを巻いてやれば、薬売りはふふ、と笑った。
見れば、幼子がするような屈託のない、嬉しそうな顔。
悔しいかな、また年甲斐にもなく心が揺れた。
「西明もすっかり、この時代に馴染んでいますね」
「ちょっと遅れ気味だがな」
携帯電話をお互いに持っていないのが何よりの証拠だ。
江戸時代から生きている私と、いつの時代から生きているのか分からない薬売り。
ここ数十年の機械関係の発展には流石についていけない。
「地デジに、対応したではないですか」
「本当に最近な」
前のテレビが寿命を迎えたので、我が家もとうとう地デジ対応のテレビにしたのだ。
家電を見るのは好きだが、事細かに説明されても横文字が多くて分からないから困る。
お勧めされた録画機能内蔵で三次元の大きなテレビではなく、手頃な値段のテレビを買うに落ち着いたので、あの熱心な販売員には悪い事をした。
戸締りをしていると九十九神達が行ってらっしゃい、と声をかけてくる。
「行ってきます」
骨董品に声を掛けるのは日常となっているので、薬売りもいちいち気に掛けない。
家を出て手にした鍵を見て、昔はこんなに凝った鍵は無かったと懐古の気持ちになる。
本当に、技術の発展は目覚ましい。
高度経済成長の時にも驚いたが、今も十分に驚ける世界だ。
今の子は、この時代に慣れているから技術の進歩に驚きなど無いのだろうけれど。
「それで、今から何処に行くんだ?決めているのか?」
「いえ、特に」
一緒に出かけたかっただけなので。そう真顔で言う男に呆れる。
この調子では何処に向かう電車に乗るかも決めていないのだろう。
「今は移動が楽になったから、逆に悩むようになったな」
「昔は全て徒歩でしたからね」
「おかげで行き先を決めてからしか出かけなかったし、道も確認しなくては迷った」
「今は所々に地図がありますから」
「本当に」
便利になった分、情報が多い分、何処に行こうか悩む。
贅沢な悩みだ。
「取り敢えず、大雑把に決めますか」
「そうだな」
「南に、行きますか」
本当に大雑把な決め方。
だが、まだこの国を徳川幕府が治め、江戸と呼ばれていた時代から薬売りと私はこうやって行き先を決めていた。
「あ」
歩行者用の青信号が点滅する。
周りが駆け出す中、私と薬売りは歩幅を狭くして、ゆっくり歩いた。
お互いに急ぐ性格ではない。
信号を待つ間、誰もが携帯電話を操っていて、いつの間にか繋いでいた手を少し強めに握る。
手袋越しに薬売りの温度が伝わってくる。
少しだけ、薬売りとの距離を縮めた。
「西明?」
「何でもない」
携帯電話を持ったらどうかと周囲には言われる。
何処でも連絡が取れるでしょうと。
けれどそれは裏を返せば、何処でも声が聞こえるから、姿が無くても、温度が無くても良いという事だ。
私は携帯電話以前に、電話も無い時代で育ったからか、それが便利なのは分かるが酷く味気無いと思う。
ただ、そんな私の古い考えが生活に支障をきたすならば、相手を束縛する事になるならば、買った方が良いのだろう。
「薬売り、携帯電話を見に行かないか?」
時間があるのだし、と適当に理由をつけると、相手は表情を変えないままに私を見る。
外だからか、それとも私に何を考えているか悟られたくないからか。
「西明は、欲しいんで?」
「あれば便利だろう」
「今のままで。不便を感じる事は、ありませんが」
「そうか……」
その一言に安心する。
それに、と薬売りは続けた。
車が矢印の信号で右折を繰り返す。
角に立つ人は音楽を聴いて携帯電話を弄っていて、車がすれすれに来ても動かない。
見ているこちらがハラハラさせられる。
「俺は、あんな画面の中で、西明とやりとりするなんて、嫌です」
信号が青に変わる。
周りが足を動かして、薬売りも前へと進み出る。
思わず足を止めてしまった私に、薬売りはおやと振り返った。
「西明?」
「何でもない」
マフラーを口元まで上げる。
それを寒いからだと思ったのか、薬売りは私の手を強く握った。
***
七紙さん改め、遠藤沙耶さん、この度はたくさんのメッセージから、リクエストをありがとうございました!
モノノ怪で鬼化して、その後現代も当然のように生きる二人の物語を書かせていただきました。
書いていて、ものすっごく楽しかったです!
現代版(生まれ変わり)よりも、やはり江戸から生きている骨董屋と薬売りを書くのが楽しいのだと再認識しました。
現代版を書くきっかけをくださり、ありがとうございました。
それにしても、やはり七紙は「ななし」と読むのですね。
名無しからの言葉遊びだったのですね。そういうの凄く好きなので、ときめきました。
本HNを教えて下さりありがとうございました。
おこがましい事重々承知ですが、もしサイトなどを持っているのでしたら、教えていただけたら凄く嬉しいです。
私のサイトは気が付いたら6周年を迎えていました。
これもひとえに、遠藤沙耶さん含め、皆様の言葉があってのことです。
本当に感謝しています。
今後もまったり運営して行きますので、今後ともよろしくお願い致します。
それでは、メッセージ及びリクエストを本当にありがとうございました!
2013/12/7
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