ツイステ | ナノ
土曜の昼間、図書館で
土曜日の午後はテスト期間でもない限り、図書館は割と閑散としている。今日は天気も良いから、尚の事人の姿が見当たらない。
寝坊して少しモヤがかったままの頭を引き連れて、妖精についての本を探す。
そのエリアには誰も居なくて、これ幸いと本を読み漁る。元居た世界では妖精は存在しないと結論づけられていたけれども、こちらの世界には実在して目視も出来ているからか、本の種類が豊富だ。
実在する彼等の生態に関しては、妄想や伝承等ではなく、正確な分析が為された本が多い。昔、図書館で見たファンタジーな本とはまるで異なる内容に、参考図書のようだなと思った。
パチン、と周りでまた爆ぜる音がして、そちらを見るけれども誰もいない。また妖精の仕業なのだろうか?
何でこんな悪戯をするのか。
読んだ限り、悪戯される原因で今当てはまっているのは「妖精のプライバシーの侵害」である。読んでいる本がまさに妖精についての本なので、この本を読む事が、彼等にとっては自身を分析されているようで堪らなく嫌なのだろう。
人間で言うなら「この人種はこうだ」と決め付けて言われているようなものか。
血液型で性格を決めつける本が流行る世界に居た自分は気にならないのだけれども、妖精達は気にしているのかもしれない。
仕方ない、借りて寮で読もう。グリムに邪魔されて読み進められないかもしれないけれど、ここで不機嫌な妖精を相手しながら読み続けるよりはいくらかマシだろう。
借りる本を数冊胸に抱いて立ち上がる。滑りの悪い床だったのか、椅子を下げた時に耳障りな甲高い音が鳴った。
爆ぜる音が増えたので、妖精達にとっても不快な音だったのかもしれない。
「姿が見えないから、背後にいるのかもしれませんが……。気分を害してしまったならば、済みません。あなた達の事を知っておけば、良好な関係を築けると思ったんです」
素直に理由を述べれば、パチン、パチン、という音が止んだ。あれ?と思っていると、椅子が後ろから押してきて、膝が曲がって強制的に座らされる。
更に椅子が押されて机にぴったりと腹を付けられた。ここに座っていろ、という事だろうか?学ぶのを妨害してきたのに、今になって学べとは、妖精達の気分の変化を知るのは難しい。
「ありがとうございます」
一先ず、この本を読むのを受け入れてくれたと解釈して、見えない相手に感謝を述べる。
空中を舞う埃は光を受けてキラキラと光っている。妖精の姿は見えないけれども、其処此処に居て羽ばたいているから、埃も舞い上がっているのか。
本を捲り、ボブゴブリンについての項目を読む。
「……。やめて下さい」
髪を一束持たれて、持ち上げては落とす、を繰り返される。ささやかな悪戯だが、気になって読書に身が入らない。
ふぅ、と息を吐く。目をギュッと閉じて開けると、そこにはトンボのような羽をつけた小さな人。
「っ!?」
思わず大きな声をあげそうになって、ひゅっと吸った空気を吐かないように口を押さえる。
いきなり姿を見せるとは、驚かせてくれる。目の前にいるのは、フェアリー・ガラでも見たことがある小さな妖精だ。
ニコニコと微笑む妖精はふわりと舞い上がって、上空でステップを踏む。長い尾のように揺れるレースの服は、まるで水中を泳ぐクラゲのように優雅で、綺麗だな、と素直に思った。
「素敵ですね」
素直に褒めて良いのか解らないのに、つい口から本音が溢れてしまった。
妖精はピタリと動きを止めて、一瞬で目の前に現れた。そしてこちらの目元を撫でて、にこりと笑うとすぐにまた舞い上がってしまう。
「……?」
一連の動作の理由が分からずに見上げていると、上空で一回転。
キラキラと光る粒子が降り注いできて、くらりと目が回った。
「……」
「おや、もう目覚めるのか」
「っ、え?」
グリムの声とは違うそれに驚いて、身を起こす。すると肩と首がやたらと痛かった。寝違えたのかな。
「ツノ太郎……?あれ?」
横にはツノ太郎。そしてその背後に広がる景色は図書館。
前を見ると机と、詰んだ本と広げたままの本。それらは妖精に関する書物で……そうだ、図書館で本を読んでいたんだった。
それで、小さな妖精が現れて、上空で舞ってくれて、そうしたら眠気がいきなり襲ってきて……。
「随分と深い眠りに入っていたようだな」
爪が黒く塗られている手が伸びてきて、目元に触れられる。妖精と同じ動作に驚いていると、相手は愉快とでも言うかのように喉でクックっと笑った。
「眠くて寝たと言うか……たぶん、妖精の気に障ること言ってしまったから、眠らされたのだと思う」
「そう考えているのか」
何故か最後に頬を少し摘んでから離れていく手。摘まれた感覚はしっかりとしていたから、ここは夢の世界ではない。ということは、夜の友人であるツノ太郎が、夕暮れに染まる図書館に存在しているということになる。
そりゃあ、彼もこの学校の生徒なのだから、図書館に居ようが校内に居ようが、食堂に居ようが何も問題ではない。問題ではないのだけれども、夜にだけ会える友人であったツノ太郎を日中に見るというのは、不思議な感覚だ。
闇夜に浮かぶ姿ではない、夕焼けに染まる姿は、少しだけ現実に足をつけている。
それでも、オレンジに浸食される世界では、濃緑を混ぜた髪の毛が不思議な色になっていて、やはり人間離れした雰囲気は健在だ。
「人の子、なんと言って妖精の気分を害した?」
「素敵だって言ったんだよ。目の前で踊ってくれたんだ。褒めて良いのか調べもせず、思ったままの言葉が口から漏れてしまって……悪いことしちゃったよ」
ボブゴブリンを例に教えてもらった翌日に、早速粗相をしてしまうとは。教えてくれた本人を前に話すのも、申し訳なくて情けないやら恥ずかしいやら。
隣に座るツノ太郎に目を向けることも出来ない。
「解釈違いだな」
「え?」
口元に手をやって、ふむ。と相手は1人頷いている。肩を流れる深緑色の髪がさらりと揺れて、相手もこちらを向いた。エメラルドが埋め込まれたような瞳が自分を写し込んでいて、戸惑いを覚える。
「妖精全てが嘆賞も謝意も嫌がる訳ではない。むしろ、ボブゴブリンが特殊な例だ。僕の話が全妖精に当て嵌まると思ったか?」
「……思ってた、かも。読んでいた本でも、褒めるのではなく感謝を、とか、話し方は相手を上位にしておかないと怒るとか書いてあったから」
「おやおや、そんな事が書いてあったのか。人間の書物は随分と好き勝手書いてあるのだな。すべての妖精が不遜な態度という訳ではないのだが」
「きっと人間から見た彼らは、人間には無い力を持っているから、怒らせたら駄目だっていう教訓からの文面だろうね。フェアリー・ガラの時も中止にすることは出来ないって学園長も言ってたし。だから人間は少しの恐れを含んでこうやって書いているのかも」
憶測で話すなと叱られるかな、と思ったけれど、ツノ太郎はふふふ、と笑ってこちらの頭を撫でてきた。どうにも今日は触れてくる。今まではテーブルを挟んで対面に座ってお茶をしていたから触れることもなかったけれども、元来スキンシップの多い人だったのだろうか?
「なかなか良い考察だ。歴史もそうだが、書いてある事が真実とは限らない。文言通りに受け取るのではなく、裏を読めるとは、お前は見込みがある」
髪を一房摘まれて、弄ばれる。人間同士でもこんなスキンシップは取らない。やはり、ツノ太郎は少し人間とは離れた価値観を持っているのかもしれない。
「妖精について、教えてやろうか?」
「ツノ太郎……は、妖精なの?」
「そうだとしたら、恐ろしいか?また眠らされるとでも?」
「ううん。そんな心配はしてないよ。それに、ツノがある時点で人間とは違うだろうとは思ったし。そっか。妖精系統なのか」
「肯定はしていない」
「じゃあ否定?」
「それもしないな」
「ええ〜どっちなのさ」
「ふっふっふ、種族など、些細な事だろう?」
「種族が違うと価値観も異なる部分があるだろうから、先に学んでおきたいのに」
「僕とお前は言葉を交えている。言葉を交わすことも出来ぬ相手なら学ばなければいけないが、僕達の間には学ぶ必要性はないだろう?」
「聞けば良いってこと?」
「そうだ、聞けば良い」
友達なのだから遠慮はするな、と喉にかかった笑いを含んで告げられる。
不穏な笑い方に、本当に友達と思っているのか不安になる。そもそもツノ太郎が言う友達と、自分の考える友達の概念が一致しているかも不明だ。
「お前が僕を望む夜は訪ねてやろう」
「それじゃあツノ太郎の生活に支障をきたしかねないよ。お互いに、空き時間が重なった時に会えるのがベストだと思う」
友達関係において、片方が頼りきりになるのは駄目だ。良好な関係とは程遠くなる。お互いに噛み合った部分を大切にして過ごすのがきっと長続きする友人だ。
そう思って告げた言葉に、ツノ太郎は少し眉を潜めた。気難しい人だ。
それとも、彼にとっての友達というのは、それほど重きを置く存在なのだろうか。
いや、でも、ツノ太郎もこの学園の生徒なのだから、この世界での、今まで関わってきた人達の考えと大きく齟齬はないはずだ。
それに、彼の友好的な態度を拒絶したいわけではない。それならば、否定はせず、先に今の状態に感謝を言うべきだ。
「でも、今は居てくれて良かった。ランタンも無いのに、見つけてくれてありがとう。自分だけだったら、あの妖精に悪い事をしたって自責の念で溺れてしまいそうだったよ」
そう、彼はランタンも無いのにここに来てくれたのだ。たまたま図書館に来て、眠りこける自分を見つけてそばにいてくれたのだろう。更には話を聞いて、こちらの解釈を正してくれた。
「そんなに気にすることか?」
「そりゃあね。異文化コミュニケーションをするなら、相手側をまず知る事が大切なのに、それをせずにズカズカと土足で踏みこむのはマナー違反でしょ」
「細やかな気配りだな」
「そう言う性分なもので。……何?」
頭の上をパッパッ、と払う仕草をするツノ太郎に疑問の声を投げ掛ければ、妖精の粉をはたいて落としているのだと言われた。
その表情を見る限り、そんなに機嫌は悪くなさそうだ。良かった。先ほどの言葉で悪くなった機嫌はどうやら戻せたらしい。
普段と同じ、穏やかな表情を眺める。西日が当たるその顔は、とても美しい。長い後ろ髪が前に流れているのも、それが艶やかな烏の濡れ羽色のようなのも、どこを見ても、綺麗だ。
もしツノ太郎が妖精だと言われたら、あっさり頷いてしまいそうだ。
「そんなに僕を見て楽しいか?」
「え、ああ、ごめん。考え事をしてぼんやりしてた。なんで粉がついてるんだろうって考えてたんだ。真上で踊ってくれていた時に粉が降ってたんだね。気付かなかった」
まさかツノ太郎の顔の考察をしていたとは到底言えないと思った瞬間には、口から出まかせがベラベラと出ていた。
よくぞやってくれたと、自分の二枚舌を褒めたくなる。
「お前はどうにも妖精に好かれるようだからな、粉をつけて更に懐かれても大変だろう」
「粉をつけてると妖精と間違われるんじゃないっけ?」
「それも一つの作用だが、微々たる量の場合は妖精達にとって無害な存在、親しくなれる存在、ともなる」
「へぇ〜」
まるでマーキングみたいだな。妖精の粉をつけている相手は、妖精が近付ける相手と言う意味か。しかも意図して相手に粉をつけているならば、それは親しい間柄という事にもなると。
粉を落としきれたらしいツノ太郎は満足げに頷いて、そして少し指先をつい、と動かした。
ふわりと風が舞い上がる。まるでランタンをもらった時のようなそれに、まさかと思った。
しかし何も物は出現しなくて、少しホッとする。貰い過ぎるというのも、小心者の自分は気兼ねしてしまうのだ。
「最後に風で全部飛ばすなら、最初から風で飛ばせば良かったのに」
「そんな事をしたら、周りの妖精が驚いてしまうな」
「え?まだ周りに居たの?」
「もう居ない」
「えー。なんで。まさかさっきの風で飛ばしたとかではないよね?」
「そんな野蛮な事をするとでも?」
「思ってないよ」
おおかた、粉を落としたから妖精が去っていったという事だろう。
それにしても、最後に風を巻き起こして、粉を徹底的に落とすとは思わなかった。お風呂に入れば落ちて終わりな気もするのだけど……妖精の粉というのは、そうではないのかもしれない。
「さて、僕は帰るとしよう。人の子、お前も帰るといい」
「うん。そうするよ」
椅子を引いて立ち上がる。やはり椅子は滑りが悪いのか、キイッと甲高い音を奏でた。ツノ太郎の肩が少し跳ねて、もしかして、と思いつく。
「……この音は嫌い?」
「鉄を爪で掻いたような音は好きではない」
「そっか。自分も苦手だな。黒板を引っ掻く音とかも駄目なんだよね」
椅子を持ち上げて、元の位置に戻す。
本を胸に抱えて、貸し出し場所へと向かおうとすると、後ろから襟を掴まれて喉が締まって、ぐえっと変な声が出た。
「げほっ、何するのさ」
「課題を出したのは僕だが、今日は夜更かしをせずに眠れ」
「え?」
「本を借りたら、お前は読み漁って日曜も寝不足になるだろう」
襟を離されて、少し締まっていた首回りが緩くなる。ああ、苦しかった。
「日曜もって。別に今日そんなに寝不足ではないよ」
「すぐバレる嘘をつくな。まだ目の下にクマがある」
「えっ、あった?」
目元を触るけれど、当然分かるはずもなくて。
ああ、でもこれで合点がいった。妖精が自分を眠らせたのは、目の下のクマに気付いて、眠らせてあげようという善意からだったのだ。だから目元を撫でて、それから眠らせた。
言葉は通じなくても、ジェスチャーで教えようとしてくれていたのか。
良かった。ツノ太郎が言うとおり、嫌われたわけではなかったのだ。
「次のお茶会でボブゴブリンに関する話をしてやろう」
「自分で調べたかったんだけど」
「またトレインの授業で居眠りしたいのか?」
「したくないなぁ」
「では、今日は眠れ。きっとすぐに眠れる」
相手の長い指がスイっと動いたと思ったら、抱えていた本が腕から擦り抜けて宙に浮かぶ。
そのまま勝手に本棚の方へ向かってしまうのだから、本当に魔法というのは便利だ。本棚の方を眺めていると、最後の本が棚に収まった音がして、それ以降は静寂が周りを支配する。
間も無く日が暮れる時間、影がかなり長く伸びていて、もう一日が終わるのか、と感慨深くなった。
「ねぇツノ太……」
振り返って相手を見るも、そこにツノ太郎はいなかった。
長く伸びた影が自分の分だけなことに気づいて、ほんの少し寂しく感じた。
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