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act.04
ナナミが戦死したという報せが入ったのは、桜の下で会話をしてから一ヶ月ほど経った時期だった。
伝言
「ナナミさん、亡くなったんですか?」
その場に居合わせていたというビクトールに問うと、彼は苦渋の表情をして、頷いた。
「そう、ですか」
先日まではあんなに元気だったのに。
またも人の命の儚さを思い知る。
「軍主は何処ですか?」
「部屋にいるだろう。今はそっとしておいてやれ」
「頼まれ事があるんです」
ビクトールは眉根を寄せて、私に今行くのはやめろと険しい目で訴えてきた。
通路の中心に立たれて、軍主の部屋に行けなくなる。
「ナナミさんに、頼まれたことがあります。彼女が死んだら伝えてくれと言われているんです」
「……今行ったらどんな目に遭うか分からねぇぞ」
「大丈夫ですよ。死にはしません」
彼は目を伏せて、道をあける。私は棍を彼に手渡して、丸腰の状態で道を進んだ。
部屋を前にして、息が詰まりそうになる。
私には荷が重すぎる。
何で彼女は私にこんな大役を任せたのだろう。
何の罰だろう。
「……ナマエさん、聞こえていますか?」
扉を叩いてそう声をかければ、きっと彼は扉に向かって何かを投げたのだろう、鈍い音と扉が軋んだ。重量感のない音だから、多分枕だろう。
ドアノブに手を回せば、鍵は締まっていないらしく引けば開く状況。
「入りますよ」
「帰ってよ!!」
「……」
掠れた声でドア越しに怒鳴られた。私の身体は凍りついて満足に動かない。
咽が乾いて、次の言葉が出てこない。
思わず唇を舐める。
「……入りますからね」
語尾を強めてドアノブを回し、扉を開ける。
先ほど飛んできたのはやはり枕だったらしく、足下に転がっていた。
「何?もう軍主に戻れって言いに来たの?僕には弟として悲しむ時間もないわけ?」
「私はこの軍の人間ではないので、そんな事は言いません。別の要件で来ました」
「……」
ベッドの上、毛布の中に蹲った少年。きっとまだ泣いているのだろう。
泣けばいい。泣いて心の中に苦しみを溜めない方が良い。
私はベッドの横に立つ。
「……あなたのお姉さんに頼まれた伝言です」
「……伝言?」
「一ヶ月ほど前に頼まれました。彼女が亡くなった時、弟である貴方に伝えて欲しいと言われました。だから、今ここにいます」
「一ヶ月も……前から」
彼は毛布から出て起き上がるとベッドに座る。目は赤く腫れていた。
「何て?」
「『お姉ちゃんはナマエを守って死ねたなら、本望だよ。ナマエは自分の正しいと思う道を進んでね』……です」
一字一句間違えずに言えただろうか。それは分からない。たった一度聞いたきりの記憶なのだから。
彼は正面から私を見る。
瞳には水が沢山溜まっていた。
やはり伝えるのは今でない方が良かったか、と思う。
きっと彼の心は、姉からの伝言を受けて叫び声を上げているに違いない。
けれど、私はただのメッセンジャーだ。
彼の気持ちを気にして伝えないということは出来ない。
急に、しがみつかれた。
「なんっ、で?何でっ!!」
何が何でなのか分からずに、私はただ立ち尽くしていた。
胸元が彼の涙で濡れる。
「……」
ひとしきり泣き終わるまで、ただ待つことにしよう。私にはこの人を慰めることはできないけれど、せめて抱きしめることは出来るから。
今だけは優しくしよう、この人は唯一の肉親を失ってしまったのだから。
「……」
泣きつかれて眠った少年をベッドに寝かせて、部屋を出る。
枕は定位置に叩いてから戻した。
「ご苦労さん」
「ビクトールさん」
彼は先ほど別れた場所に立っていた。
待っていてくれたのか。
「ほらよ」
棍を投げ渡される。私は肩を廻した。
「疲れました」
「お前さんはまだ若いのに、大変なことばかりに首を突っ込むからな」
「私が首を突っ込んでるのではなくて、大変なことが私に向かってくるんです」
「ここにいたらもっと大変な目に遭うかもしれねぇぞ。旅人のあんたは旅をしていた方が安全だろう」
「……」
私は床を見た。
私には足がある。どこにでもいける足。だというのに、私の足は、一定のエリアより外には進もうとしない。
それは、本を読みたい以外にも、確かな理由があるから。
「もう少し、ここに居たいんです」
「危険な目に遭うかもしれねぇ」
「それでも、もう少しだけ居たいです」
視界に大きな靴が入ってくる。
頭に手が置かれて、髪をくしゃくしゃに撫でられる。
「お前さんはお前さんのやりたいよう、がんばんな」
「ビクトールさん?」
「まだガキなんだから、悩みとかあったら俺になーんでも言えよ」
「え?え??」
何なんだ?急に。
一度頭をポン、と叩かれて、ビクトールは笑った。私はグシャグシャになった頭を掻く。
「腹減っちゃいねえか?」
「減りました」
「んじゃ、食いに行こうぜ」
「奢りですか?」
「ガキに金払わせるほど欠陥人間じゃねえよ。ほら行くぞ」
「あ、待ってくださいよ!!」
それだけ言って勝手に先を進んでしまう。私は慌てて追いかけた。
気持ちがとても軽かった。
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