デスノ 短編 | ナノ
道化師と少年
年に数回、孤児院の皆で遊園地に行くのだが、決まってその日は憂鬱になる。
ただでさえ皆に薄気味悪がられている私が、団体行動を強いられるのだ。
それが辛くて
苦しくて
必ずこの日は地面を見て歩く。
遊園地に入ると決まってピエロが出迎えて風船を一人一個ずつ渡してくるので、俯いたまま受け取った。
ピエロの靴はいつも同じ朱色で、先はくるんとしている。
それが視界に入った。
道化師と少年
受け取ったのは、朱い風船だった。
胸に嫌悪感が渦巻く。
朱は女の子に渡される風船だから、回りは私を見て嘲笑った。
ピエロは俯いていた私を女の子と勘違いしたらしい。
憂鬱がいっそう憂鬱になった。
しかも周りは私の手首に風船の紐を幾重にも小間結びしてくる。
私を標的にした新しい遊びに周りは嬉々としていた。
私は、何を言われても俯いたままでいた。
先生も何も言わない。
大人も私を気味悪がっているから。
私がどんな扱いをされていても気にしない。
むしろ私がこういう扱いを受けるのが至極当然という顔をする。
一通り私への嘲りを終えると、すぐアトラクションに皆で乗ることになった。
皆がはしゃいでアトラクションを見ている内に私は風船を引っ張り、胸に抱える。
そうすれば小さな私は人込みに消え、風船も見えない。
私は走って、出来るだけ誰も来ない遊園地の端に向かった。
公園の端はカップルとか、静かな場所に居たい人だけだった。
ベンチに座った私を人は時々見るが、皆自分の事に夢中で視線を向けた後は決まって無視をする。
それで良い。
子供の相手などしなくて良い。
放っておいてくれれば良い。
きっと孤児院の皆も遊ぶの夢中で、私が居なくなったと気付くのは帰る時くらいだろう。
私は頃合を見計らって出入り口に居れば良い。
そうすれば皆がわざわざ迷子センターに行く事も無いし、散々探したと小言を言われなくて済むだろう。
俯いていると、太陽の光が首筋に当たってジリジリする。
こんな事ならハイネックを着た方が良かった。
そんな事を思った。
目を閉じる。
暑い。
虫の声が聞こえる。
目を開ける。
靴が見えた。
靴は朱色で、先はくるんとしている。
それが視界に入った。
見覚えのある靴。
見るのは本日二回目。
足の格好からしてしゃがんでいる。
きっと前を向けば向き合えるくらいだろう。
靴が動かないから、顔を上げた。
やはりピエロだった。
ピエロは女性だった。
顔に白を塗って、スポンジ製だろう紅い丸い鼻。
口に紅を塗って目には青と黄で星を描き、定番のモッコリとした服を着ている。
髪は黒髪で真ん中分け。肩で切り揃え、外向きにはねている。
ピエロは口に人差し指を咥えていた。
ピエロは遠くから見ると滑稽な道化師だが、近くで見ると不気味だ。
「……」
首を傾げながらジッと見てくるので、私はおじぎをした。
ピエロも私の真似をしてかおじぎをする。
ピエロは視線を上にあげた。
私もつられてピエロの視線の先を見る。
朱い風船が目に入った。
嫌悪感が胸を満たす。
太陽の光が風船の面に当たって眩しくて、目をそらした。
ピエロはたくさんの色鮮やかな風船を持っている。
どうやら遊園地内を巡回して子供に風船を配る役らしい。
ピエロはしゃがんだまま腰につけたポーチを開け、中からカッターを取り出した。
そして私の手をとる。
その手首には、風船の蛸紐が何重にも小間結びされている。
ピエロは刃はしまっているカッターを見せ、首を傾げた。
「良いですよ」
私は答えた。
ピエロはカッターの刃をキチキチと出し、まず一本だけ切った。
それは風船に直通のもので、つまり私の手首にカッターの刃は当たらなかった。
ピエロは風船が自由になって空に上がってゆくのを見た後、カッターの刃をしまいポーチに入れる。
指を器用に使い小間結びをほどくピエロ。
カッターの刃で切れば楽なのに何故切らないのだろうか。
何故指を使ってきつく結ばれた小間結びをほどくのか。
ピエロはすべての小間結びを簡単にほどき、私の手首から紐を外した。
「ありがとうございます」
ピエロはニッコリと笑った。
そしてピエロは右手に持った沢山の風船を束ねているわっかを私に見せてきた。
ピエロは左手で紐の束から一本の紐を引っ張る。
スルリと一つの風船が束から出てきた。
そして私に風船を束ねているわっかを近付ける。
左手は人差し指だけ立っている。
一本どうぞ。という事なんだろうか。
ピエロはニコニコ笑っている。
私は一本だけ紐を引いた。
風船は緑色だった。
ピエロは両手を広げ、笑顔を向けてきた。
そして風船を束ねているわっかを手首にはめ、私の風船を指で摘んで奪う。
そして蛸糸の先(風船がついていない方)に小さな輪を作り、その中に糸を通して大きさを自由に変えられる輪を作った。
それを私の手首にはめる。
今度は外したい時に外せるよ。と言う様に私の手首にあるわっかを大きくした。
「喋れないんですか?」
口で言えば楽な事を全て仕草で示すピエロ。
ピエロは口に人差し指を咥えて、そして何かを思い付いた様にポーチから小さなノートとペンを出した。
そして何かを書き、私に見せてきた。
『ピエロは喋らないんだよ』
それだけ書かれていた。
仕事熱心な人だ。
ノートを返す。
ピエロはまた書き始めた。
書き終わったら私に見せてくる。
『迷子?』
「違います」
ピエロは首を傾げた。
「疲れたから、休んでいるんです」
ピエロは笑顔で頷いた。
信じたわけでは無いだろうのに、ニッコリと笑っている。
ピエロ立ち上がった。
私に背中を向ける。
去るのだろうか。
数歩後ろに下がってから、こちらを振り返った。
ポーチから、3つの色彩豊かなボールを取り出す。
それをお手玉した。
周りのカップルがピエロのショーだと見物に足を止める。
お手玉は30秒で終わった。
ポーチからもう一つボールを取り出し、4つでお手玉を始める。
そしてそれも30秒で終わり、ピエロは緑色のボールを持ち高々と上げた。
そしてそれを空に投げた。
するとそれは空ではじけ、中から紙吹雪が出た。
皆ワッと歓声を上げる。
ピエロを見た。
ピエロを見たら、ピエロは紳士がかぶる様な長く黒い帽子を手に持っていた。
どこから出したのだろうか。
全く分からなかった。
多分皆、空に上がって破裂したボールに気をとられていたから帽子がどこから現れたのか知らない。
ピエロは帽子の中を私たちに見せる。
『種も仕掛けもありません』と言うかのように。
帽子を一度かぶり、そして外し帽子を投げて一回転させた後、中に手を突っ込んだ。
するとピエロの指に摘まれ出てくるのは様々な国旗が一本の糸にぶらさがっている物。
ピエロは私に近付いて来た。
国旗のついた糸の先を私に持たせると、ピエロを帽子を持ったまま遠ざかる。
そして遠くまで行き、もう帽子からは何も出ないぞとパントマイムする。
糸はピンと張っている。
しかしピエロは帽子を自分の方に引っ張った。
糸は一瞬ピンと張り、次の瞬間中から白い鳩が羽ばたいて出て来た。
歓声が上がった。
鳩はピエロの肩に止まる。
ピエロはジェントルマンがするように、帽子を片手に深々とおじぎした。
拍手喝采だ。
客が引いてゆくのをおじぎをしたまま見送ったピエロは、普通に立つとベンチに座り片手に旗の紐を持ったままの私の所に来た。
肩には相変わらず鳩が乗っている。
私の前にしゃがんで、口に人差し指を咥え首を傾げてきた。
どうだった?と聞いているのだと解釈し、私は言った。
「凄かったです」
ピエロは目を見開いて、ニコリと笑った。
「どうやって鳩を出したんですか?」
全てが気になるマジックだった。
けれど種をそんなに聞いてはいけないと思い、これ一つだけ聞いてみる事にした。
教えてくれないだろうなと思いながら聞いた。
ピエロは指をパチンと鳴らし、よくぞ聞いてくれたと言う様に私に帽子の中を見せてきた。
私はあっ。と声を漏らした。
底が二重になっている。
真っ黒な帽子だから気付かないトリック。
私が持っている旗の紐は、この上蓋を外す為の紐だったのだ。
分かると簡単なトリック。
この旗の紐も、最初は黒紙に包まれたりなどして中に隠されていたのだろう。
ピエロはニコニコ笑いながら私の手を握り、ベンチから下ろそうと軽く引っ張る。
私はベンチから下りた。
ピエロは立ち上がり私の手を引っ張って歩きだす。
「どうしたんですか?」
ピエロは私の手を握ったまま横に並び、笑顔を向けてくる。
私は焦った。
「私は迷子じゃないです」
ピエロは頷いた。
喋らないから何が言いたいか分からない。
ピエロは、るんたるんたといった感じで歩く。
私たちは遊園地の端を歩いていた。
行く先は迷子センターか。
着いた先は出入り口だった。
「……」
アーチ型の門。
親が子供の手を引きながら歩いている。
子供ははしゃいで、早く行こうよと親の手を引っ張る。
ピエロは私の前にしゃがんだ。
「……」
私を見て首を傾げた。
そしてすぐに、背中に手を隠した後、ピエロは手を私に差し出してきた。
私は手を見る。
ただの手のひらだ。
ピエロが手を拳にして、手首をくるんと回転して手を開く。
するとさっきは無かったのに、手には小さなキーホルダー。
ピエロは私の手を取りそれを私の掌に置いた。
そしてそれを私に握らせる。
「くれるんですか?」
ピエロは頷いた。
鳩がピエロの肩で鳴く。
「ありがとうございます」
ピエロは今まで以上にニッコリと笑った。
「リキ!」
男の声がした。
ピエロは声の主を見る。
胸に名札を付けているから、遊園地で働いている人だ。
「お前何処に行ってたんだよ。子供はアトラクションの所に居るんだからそこに居ろよな」
言い方からして、ピエロの上司なのだろうか。
ピエロは立ち上がり、両手のひらを合わせ視線は男から外さず笑顔のまま軽くおじぎした。
ピエロは、道化師だ。
「ほら早く行けよ」
ピエロは肩の鳩を撫でた。
「何か喋れよ。あ、無理な話か」
ピエロは腰のポーチから小さなノートとペンを出した。
何かを書いて、男に近付きノートを見せる。
「俺に命令するのか?」
ピエロは両手のひらを合わせてまた軽くおじぎした。
男は私を見た。
「分かったよ」
ピエロは今度こそ普通におじぎをして、ポーチにペンと小さなノートをしまい私に向き直る。
男はアトラクションの方に行ってしまった。
「貴女はリキって名前なんですか?」
ピエロは片眉を下げて笑い、頷いた。
手首にあるわっかに結ばれたたくさんの色とりどりな風船が揺れる。
ピエロのリキは、わっかをつけた手首を空に高々と上げた。
風船がついているわっかは空に昇ろうとするが、リキの手に引っ掛かっている。
リキは束の紐を握って、わっかから紐を外した。
握っていた紐を放す。
全ての風船が、空に向かって自由気ままに飛んでいってしまう。
周りの子供があーっ。と言う。
太陽の光が色とりどりの風船に当たってキラキラする。
いつまでも見送りたかった。
でも私はリキを見た。
リキは起立していて、私に深々とおじぎをした。
顔を上げたリキの口が言葉を発する形を作る。
でも周りがうるさくて声が聞こえない。
否、もしかしたら口ぱくかもしれない。
リキはニッコリと笑った。
そして、背中を向けてるんたるんたと陽気に歩いて行ってしまう。
私は動かなかった。
否、動けなかった。
何故かは分からないけれど。
手首に繋がっている緑の風船が、風に揺らぐだけで私は動けなかった。
「あー、居た」
先生の声がした。
声の方を向くとこちらに走って来る人。
「まったく、何処に行ってたの?皆心配したのよ分かってる?」
先生が嫌味を口にする。
心配なんてしてなかったくせにと思うが口にはしない。
「あれ?」
先程、リキに上司面していた男が先生の後ろから現れた。
「ねぇ君、リキ……ピエロは?」
「仕事に戻りましたよ」
「え?マジで」
男は溜め息混じりに言って、先生にそれではと言い去った。
「ほら行くわよ」
「はい」
先生の後をついて歩く。
私は願ってやまない
今度また遊園地に来た時に
リキという名の道化師な会える事を
〜戯言〜
緑(green)
・緑の。
・未熟な。
・騙されやすい。
・人を騙す。
ピエロ
フランスのパントマイムに登場する代表的役柄。真っ白に塗った顔に白のだぶだぶの衣装を定型とする。人を騙す。笑いの種になるだけの人。
道化師(clown)
・悪ふざけをする人。
・ふざける。(動詞的役割)
ピエロってよく見ると無気味だと思います。
なのに人に笑いをもたらす滑稽な独特の動きや表情って凄いですよね。
マジックのトリックは私が勝手に考えたものなので確かではありません。
でも一応種明かししたいと思います。
種明かしを知りたい方は↓にどうぞ。
ボールが破裂するのは、ボールが風船と同じ素材(つまりゴム)で出来ているからです。
柑橘系の皮の汁でゴムは溶けます。風船の場合は、中から力を受けているので、一部が弱まったらそこに力が集中します。すると、そこにかかる負荷が大きくなり、破裂します。
最初に風船の表面に洗剤を塗っていれば柑橘系の皮の汁を上から塗ってもすぐ破れず、洗剤の量で破れる時間を調節出来るのですよ。
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