デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
エイプリルフール 2010
日付が変わって三月から四月へと、節目が移動する。
今日は四月一日。
エイプリルフールだ。
跡継ぎ
エイプリルフール
ケイに嘘を吐くのはとても気が引ける。
彼女は私に嘘を吐かないし、私も彼女に嘘を吐かないからだ。
けれど、ちょっとした嘘を吐いて驚かせてみたいという気持ちもある。
とは云え、彼女は賢い。
私の嘘なんて簡単に見抜いてしまうのではないだろうか。
ケイに嘘を吐いて信じてもらえたとして、嘘だと分かった時に落胆されるのではないだろうか。
「L、どうした?」
リビングのソファに座ってぼんやりしていたからだろうか、ケイが私の前にしゃがんで顔を覗き込んでくる。
嘘を吐こうか吐かないかを考えていた為に、後ろめたさから顎を引いてしまった。
慌てて何でもないと釈明をする。
ケイはそう、と言って、私の頭を撫でてくれた。
ケイは優しい。
とても優しくて、あたたかい。
そんなケイに嘘は、やっぱり吐けない。
「L、庭の花が咲いていたんだ。見に行かないか?」
きっとケイは私が何か悩んでいると心配したのだろう。
私に外に出ようと言った。
外は好きだ。
今の季節は風もそんなに寒くはないし、それに新芽が少しずつ出てきていて、わくわくする。
頷いた私にケイはよし、と言って、コートなどを取りにリビングを出て行った。
ケイが出て行って暫らくしてから、ワタリがリビングにやってくる。
「おや、ケイは」
「さっき部屋に行きましたよ」
「おやおや、行き違いですね」
ワタリは穏やかに笑って、ケイが戻ってくるのを待っている。
ケイは自分と私の分のコートを持って、リビングに戻ってきた。
「ケイ」
「どうした、ワタリ」
「仕事で行かなくてはならない所がありまして、宜しければご一緒していただけないでしょうか」
「私達が?」
ケイは少し驚いた調子だった。
それはそうだ。
ワタリは仕事で出かける時に、一度も私達を連れていったりはしなかったのだから。
ワタリは眉尻を下げて、困ったような笑みを浮かべる。
「推理して遊ぶ、シャーロキアンの集まりなんです。そこに私も呼ばれまして、仕事の付き合いから、断れないのですよ」
ケイは少し笑った。
そして私を見て、行ってみるかどうかを訊ねてくる。
人が多い所に行くのは好きではない。
けれど、私が行かないと言えばケイも行かないと言うだろう。
そうなると、ワタリが一人になってしまう。
それは駄目だ。
だから、行かなくてはいけない。
頷けば、ありがとう御座います、とワタリに言われる。
大勢の人がいる場所はあまり好きではない。
けれど傍にワタリとケイが居れば、そう思えるのだ。
私とケイは普段着のままで良いらしく、コートを着て外に出る。
ワタリが運転のもと、私達は会場へと向かった。
どんどん田舎へと向かう道。
田舎の別荘で催されているのだとワタリが言った。
窓の向こうに大地が広がる。
ラジオを流しながら、流れる景色を眺めるのが好きだ。
冬から春に移ろう最中だからだろう、茶色い大地には所々緑がある。
「L、前を見てごらん」
もう別荘が姿を見せ始めたのだろうか。
ケイに誘われて、前方を見る。
そこには黄色い大地が広がっていた。
突然現われたそれに、言葉を失う。
道の左右に広がる黄色い絨毯。
綺麗だ。
黄色い絨毯の中に入った所で車が減速して止まる。
「降りようか」
ケイが車のドアノブに手をかける。
確かに降りてみたい。
外に出て、花の香りを肺いっぱいに吸い込みたい。
けれど……
「ですが、ワタリの仕事場に……」
そう、今はワタリの仕事場に向かっている最中。
私が黄色い絨毯に喜んだからワタリは車を減速してくれたのかもしれない。
そしてケイが私を誘ってくれているのかもしれない。
けれど、それで遅刻したら私のせいだ。
そんなのは、駄目だ。
「ワタリ、そろそろ言ってあげたらどうだ?」
「やはりケイは気付いていたのですね」
ケイの呼び掛けに、ワタリはクスクスと笑う。
「済みません、L。実は仕事なんて無いのですよ」
「……え?」
仕事が、無い?
それならどうして、こんな所へ。
ここまで考えて、漸く理解する。
ワタリは今日がエイプリルフールだから、嘘を吐いたのだと。
普段通り、綺麗な花が咲いている所がありますから行きましょうと誘うのではなく、エイプリルフールだからとわざと嘘を吐いたに違いない。
事実、ワタリの弁解はその通りだった。
「ワタリも嘘を吐くんですね」
「勿論吐きますとも。ですがL、ケイも嘘吐きですよ?」
「ケイも?」
ケイを見ると、ごめんね、と素直に謝られてしまった。
ケイは私に、何の嘘を吐いていたのだろう。
何が嘘だったのか分からない。
悲しくなった。
嘘が見抜けなかった事にではなく、ケイが何か私に嘘を吐いている事に。
「ケイは最初から私の嘘を見抜いていながら、話を合わせていたんですよ」
ワタリの言葉に、その事か、と安堵する。
何かもっと凄い事なのかと思ってしまった。
ケイもワタリも、私を驚かせるのが上手だと思う。
先に花を見に行こうと言われていたら、黄色い花の絨毯にそこまで感動しなかっただろうから。
「車から、降りて良いですか?花に触れたいです」
「勿論」
私は車から降りる。
ワタリもケイも降りた。
小さな黄色い花をいくつもつけたそれに触れる。
鼻を近付けて嗅いでみると甘い香り。
心が満たされる。
「ありがとう御座います、ケイ、ワイミー」
「喜んでいただけて嬉しいです」
「稀にはドッキリも良いな」
ケイが笑う。
するとワタリも笑って。
花の香りに満たされていたはずの胸が、更に満たされる。
幸せなエイプリルフール。
〜戯言〜
まだ嘘に慣れていないLの話。
他人ならきっと疑ったでしょう。
けれどケイさんとワタリの事は完全に信頼しているので、嘘だと思いません。
稀には嘘を吐いて、嘘に慣れさせなくてはいけないですよね。
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