カチューシャ・シンドローム

小学一年生の頃、母にねだって買ってもらった赤いリボンのカチューシャ。当時、髪をは自分で結べなかった私にとって、それは魔法の道具。ボロボロになるまで毎日使ったし、新しいものをねだったり、おこづかいを貯めて買い足したりした。

時は経ち、髪の毛を束ねるのも容易になった。けれどカチューシャ愛用は変わらなかった。そんなある日、友人に言われた一言で私の『アタリマエ』が、ほんの少しだけ崩れた。






「なまえのカチューシャって、東堂様の事好きだからなの?」


「…………………へ?」







『カチューシャ・シンドローム』






「(………暑い)」


季節は夏前だというのに、じわりと体から出てくる汗。ポケットからミニタオルを出して押し拭く。小走りに登校したせいだろうか。加えて下ろしっぱなしの髪の毛が首にまとわりつくのもある。こんなことなら一つに束ねてくるべきだった。後悔しても仕方がない。自分があと10分、早く家を出ていればこうはひどくならなかったはずだ。そうこうしている間に校門を通過し、靴から中履きへと変えて自分のクラスへ向かう。ざわつく室内へと入ったところで、手に持っていたタオルをようやく鞄にしまいながら席へと向かう。


「(ふう。こういう時、昔はいつもカチューシャに頼ってたんだけど…)」


短時間で髪型をセットしてくれるアレをしなくなって、もう半年くらいだろうか。時々恋しくもなるが、今ではいい意味で、子供っぽいアクセサリーを卒業できたと踏ん切りをつけていた。




「む。おはようみょうじ。なんだ、遅刻ギリギリではないか」


「おはよ東堂」



カチューシャを辞めたのが2年の秋。

学年がひとつ上がった春、私はカチューシャを辞めた原因となった男とクラスメイトになっていた。…しかもどういうご縁か隣の席。



「走ってきたのか?髪がボサボサだぞ。髪型くらいちゃんと整えて来るんだ」


「………そーいう東堂は今日もビシッと決まってるね」



『そのカチューシャで』
と言う、少し嫌味を含んだ言い方は通じていない。東堂は右手で長い前髪を遊びながら話した。



「当然だ。俺は常に女子に見られているからな。……………みょうじも…前のように、カチューシャをつければいいではないか?」



「ーーー!?!?」



鞄から提出物のプリントを出していた時だった。前のように、の言葉に手を止め驚いて東堂に向き直る。
まるで私がが過去にカチューシャをしていたのを知っているかのような……。否、知っている。この言い方は明らかに…。



「……知ってたの?」


「む?」


「私が昔カチューシャしてたの」


「ああ、知っていたよ」


「……ああ!そっか友達から聞いたんだね!」


なるほどそうか!とひとり納得して見せるも、東堂はフッと余裕の笑みを浮かべて続ける。


「カチューシャ繋がりで見ていたからなぁ、ずっと。以前は外や廊下では無意識にお前の頭を探していたものだ。…なのに2年の途中からしなくなっただろ。非常に残念だよ。特にお前には紫のと白のが似合っていた」


「………………」


彼が自分ことを知っていたこともそうだが、色までも口にしたことに絶句する。ちなみに、彼が言った2本は私のお気に入りでもあった。




「えっと…白いのは壊れちゃって…」


「…そうなのか」


東堂は残念そうな表情になった。
果たしてこの返答で合っているのか。もっと別の事を言わなければならない気がした。
『褒めてくれてありがとう』?
『なんで知ってるの』?
この場合何から言っていいのか分からず言葉に詰まってしまう。




「で、最近は何故カチューシャをつけてこない」


「あ、それは………友達にね、」


「うん?」


「カチューシャつけるのって東堂の事が好きなの?、って言われたから…」


「なっ…なんっ!?」


「それで、勘違いされたくないからやめた」


「おまっ…!そこは肯定しろよ!!さっきのオレの話を聞いていなかったのか!?」


「聞いてたよ。東堂にはカチューシャセンサーが付いてるんだよね。それはすごいと思うよ」


「………………お前、鈍いな」


「鈍くないよ。センサーは付いてないけどね」



そう答えると、東堂はウムムと口ごもった。






「…俺の真似だと思われると嫌なのか?」


「まあ、うん…噂になるのも嫌だったし」


「フム、………だった次から『俺がみょうじを真似ている』と応えようか」


「え、何で!」


「何でもだ」


「というか真似されてないし、嘘でしょ?」


「構わんよ。カチューシャ歴はそちらの方が長いのだろう?」


「たぶん。小学1年生か、もしくはそれより前かも…」


「ならば問題なかろう」


「…………」


ーーー問題というか、根本的に何かが間違っている。


「これで明日からまたカチューシャをつけて登校できるな!」


「え…付ける?そんなこと言ってないよ?」


「この流れなら付けるだろ普通!白が無いなら紫のだ!!」


「…カチューシャは、一応卒業しようかなって…」


「卒業!?聞き捨てならんなみょうじ!オレの思い出をぶち壊すんじゃない」



東堂尽八という人にとって、カチューシャは特別なものなのだろうと薄々思っていた。彼のカチューシャに対する想い入れは分からない。けれど、男の子でカチューシャ愛用しているくらいだ。そんな彼は、きっと目の前のカチューシャ卒業者の私が許せないんだろう。



「あのね、」



卒業、という言い方が悪かったのだろう…と私は改めて彼を向いた。言葉を選んで伝えなければ。本当は私もカチューシャが好きな事を。




「ーーー痛っ!」



それと同時に、頭がチクリと傷んだ。
否、本気で痛かった分けでは無い。驚きのあまり声を上げてしまったというのが正解。



「………東堂?」


目の前には、髪の毛の乱れた東堂。頭にはトレードマークのカチューシャは無い。


「それをやろう」


彼の手が私の頭から離れたのを確認した後、自身の頭に触れる。


「…え?え??」


頭にはめられた硬い感触。こめかみから反対側のこめかみまて続いている。彼のカチューシャがはめられていることはすぐに察しできた。



「返さなくて良いぞ。ちょうど白が無いのだろう?」


「そ、そうだけど…」


「心配せずとも俺のはまだロッカーにある。気にしなくて良い」


「いや、そうじゃなく…」


「その代わりと言ってはなんだが、明日は紫のカチューシャをつけてきてくれ」


「なにその交換条件」


「しかしカチューシャがないと色っぽいなオレは……またファンが増えそうだ」


「…………それはどうでもいい」



話しが途中で切り替わってしまったため、自分の世界に入りだした東堂に向かって、冷たく言い放った。ところが、彼は目を細めて笑った。



「…………何?」



「いや、やっぱりみょうじはカチューシャが良く似合うなと思ってな」



ーーーオレは心底嬉しいのだよ


本人の言うように、長い髪の毛が時々前や横に落ちてくるのを整える姿には色っぽさを感じる。そんな東堂が、子供の様にニカッと笑うのだ。私はそんな正反対な彼がなんだかとてもおもしろい。


「……ふふっ」


「何だ、急にどうしたみょうじ」


「ううん、別に?」



頭にははめられた、程よい締め付け具合が懐かしい。自宅でもしていなかったこの感覚がとても久しぶりだ。急な出来事だったけれど、思い出させてくれた東堂には感謝するべきなのかもしれない。



…明日は紫のカチューシャでもしてこようかな。



なんだか笑いが止まらない、そんな一日の始まりだった。




ーーー










「ねぇ、本当にコレ貰っていいの?」



「ああ。今後も使ってくれ」



「……ありがとう。仲間意識ってやつかな?」



「………………………本当に…(鈍いな)」



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