キミは黒猫



「はよみょうじ」


「おはよー。黒田」





声をかけられて、気づいた素振りをする。
窓の外を見ていた私。でも実はアイツが来てきてたのは分かっていた。声をかけて欲しくて、そんな振りをしているのはいつものことだ。



ーーー黒田雪成。


現在隣の席の男子生徒で、私が密かに思いを寄せる男性(ひと)だ。

全国でも強豪中の強豪に価する、箱根学園自転車競技部のレギュラーな彼。きっと今日も朝練後の登校なのだろう。いつも朝シャワーでも浴びてきているのか、ほのかに香るキツくないソープの香りが割と好きだ。こんなこと誰にも言えないけどね。んー、でも黒田だったら汗びっしょりでも別に嫌じゃないかな。むしろそれはそれで好きだったり…………………………なんて。何か朝から変態発言連発してるな、私。





「…キモちわる」


「はぁっ!?!?何よ黒田!」



「何ニヤついてるんだよみょうじ。朝から1人ニヤニヤしてて、気持ち悪い以外感想ねーよ?」


「ニ、ニヤついてなんか……」


「あるね。ったく‥‥しょっちゅうやってるぞソレ。自分で気づいてねーのかよ」


「えっ…うそ。しょっちゅう?私やってる?」


「ああ、やってる」



「………私、何か無意識に喋ってた…?」



「いや、それはないけどよ。……何かいい事でもあったのか?それかエロいことでも…」


「あるか!!!」


「ハハハ…」


「笑うな…もうっ!!」





私たちの会話はいつもこんな感じだ。割と冗談を言い合ったり、喧嘩だってする。
口ではキツめなツッコミ入れてくるけど、最後は結局今みたいに嫌な感じで終わらない。フッて笑ったり、しょうがねぇなぁってため息ついたり。時々だけど困ってる私を助けてくれたこともある。…時々だけどね。優しい奴なんだよ。そういうトコも黒田の好きな所の一つだ。







ーーーピコン。





(ん?)





ふと、机の上に置いておいたスマホが鳴った。




「おい、音出すなよ。もう少しで授業始まるぞ」


「と、と…そうだね。忘れてた。通学中もずっとマナーになってなかったのかも。あっぶな〜!」


「あっぶなー じゃねぇよ。しっかりしろ」


「はーい」



隣からはため息が聞こえた気がするけど、まあいい。目線をスマホに向けたまま内容を確認する。あの音はきっとLINEだ。

上部のLINEマークを確認して、ページを開く。送り主は母親だった。





『なまえ!やばい!今日〇×スーパーの特売日だった!仕事で間に合わないから買っておいて!5時から!砂糖!小麦粉!よろしく(≧∇≦)』


文面の顔文字に思わず苦笑いが出る。




『えーー。重そうだね。いいけどさ』



『お釣りで好きなデザート買っていいよ』


『!
やった!じゃぁコンビニのでもいい?』


『OK(・∀・)』



やったー!、の喜びスタンプを送信。私は顔文字ではなくスタンプ派だ。
ラッキー。今日のおやつが仮確保できた。しかもコンビニの。母からは値段の上限は指定されていない。値段は関係無しに新発売で欲しいものを買ってみよう。コンビニスイーツといえど高くても500円以内におさまるだろう。スーパーで買えば100円で済みそうだけどね。それくらいの報酬、いただいても許されるだろう。
そう思うと朝からテンションがあがってきた。うんうん、と1人頷き終えたら、スマホをもう一度手に取って、近所のコンビニのホームページを開いた。



「(今って何が出てるんだろ。目星つけちゃっおと)」






「…なぁ」


「んー?」


「マジで何かいいことあったのかよ」


「んー…」


黒田、今日はやけに食いついてくるな、と思う。話が出来るのは嬉しいけど、イラついたような態度で接してくるのは何故だろう。気のせいかな?



「まあ、あった、かな」


説明が面倒なのでそれっぽい返答を返した。





「ふーん……………あ……!!」


「ん?」



すると、イラついたような態度から一転、黒田は一点を見つめて驚いたように言い放った。



「おまっ……それ!!」


「んー?どれどれ?」


私は軽くあたりを見渡す素振りをするが、当の本人は「それだよそれ!」と席を立ち私の手元を指さす。


「…スマホ?」


「そのネコのストラップだよ!」


「ああ、これね」



どうやら彼が指していたのはスマートフォン本体ではなく、それに付けられていた黒猫のストラップのようだ。


「かわいいでしょー。昨日ゲーセンで取ったの」




しかも1回で、と少し自慢げに付け足した。
大きいぬいぐるみは取れたことがないけど、これくらいのサイズなら割と得意だ。狙っていたのは白猫のストラップだったのは内緒だ。意図せず黒猫が取れた時は思わず あ〜、と苦笑いをしてしまったけれど、この子はこの子で可愛い。1年間くらい付けていたビーズのストラップをその場で外し、獲得したそれを付けた。手にした時からお気に入りになった。



「…駅のとこのゲーセンかよ」



「あ!そうそう!黒田も見たことあるの?」




「………」




言葉に詰まる黒田。
何だ、この反応。





「…分かった!」




「!」





「もしかして黒田、同じゲームやって取れなかったんでしょ!?」





「…!」





「あはは…!図星ー?けっこうカワイイ黒猫ちゃんでしょ?私もその場でスマホに付けちゃったしさ!大丈夫大丈夫、この黒猫ちゃんまだゲーセンにたくさんあったし、今度リベンジしにいけば取れるよ、ね?」




「……‥‥‥‥」





「‥‥黒田?」





「…‥‥…悪ぃ、ちょっと俺用事出来たわ」





「…は?」





それだけ言うと無言で教室を飛び出して行ってしまった。窓から吹いてきた風は残された私の髪を撫でるが虚しく消えていった。





「………」














ーーーや っ ち ま っ た … !!







え?

え?

笑ったのがいけなかった?
感じ悪かった!?
いやでも!あんなのいつも通りでしょ!?励ますつもりで言ったのに!!






「なまえ〜見てたよ〜!」


「好華…」



固まる私に後ろから声をかけてきたのはな好華だった。泣きたい気持ちを抑えて話しかけるも、彼女は口元に手を当ててニヤリと話し始めた。




「いやぁ〜、朝からアツいですねぇなまえサン!」



「…夏近いからね」



「黒田くんのあだ名のネコストラップ付けでニコッコニコしちゃってさぁ!ラブラブか!?」


「あ、…あだ名…?」


「知らないの?黒田くん、自転車部じゃ『黒猫』って呼ばれてるんだよ」


「……そ、そうなんだ 」



「今の黒田くん、超顔真っ赤だったよ〜。何も知らないなまえがカワイイだの、黒猫ちゃんだの言うから恥ずかしくなったんじゃないの?」



「……そんな事で照れる奴だろうか」



「置き換えてみたら?」



「そんなことで照れる奴では…」



「『黒田くんお気に入り』『黒田くんカワイイ』」



「………ない、かと…」





部活での黒田のあだ名を知らなかった私はもう一度スマホを手に取り、ストラップが目線似合うよう上げる。






「(黒田が黒猫?なんで?黒髪じゃないのに)」




自転車競技部の事情は分からない。自分にも所属する部活があるため、彼の試合はおろか練習ですら見に行ったことが無い。当然その勇姿を拝んだこともない。





「(私…部活での黒田ってあまり知らないんだ…)」






ちらりと、主の居ない隣の席を見た。机の位置は曲がり、椅子はだらしなく斜めになっている。普段では見ない光景だったため、仕方なく元に戻してあげた。






「(………そんなことで照れる奴じゃないよね)」








どうか、戻ってくる黒田がいつもの黒田でありますように。気まづい思いはしたくない。それが叶うようなら、今度の部活のスケジュールを聞こう。試合とかあるのかな?勇気を出して聞いてみよう。君のことがもっと知りたいよ。



だから、早く帰ってこい。
黒猫。

















ーーーーーーーー






「葦木場ぁ!!」


「あっ!雪ちゃーん」


「お前っ!昨日あげた猫のやつ…!あれかえ…」


「俺ねー、昨日の夜部屋でスマホなくしちゃってね、でも雪ちゃんがくれたストラップのおかけですぐみつかったんだよー!(キラキラ)雪ちゃんありがとー!」


「っ…!
(か、返せって言えねぇ!!)」











END











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