どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。ぼくが目を覚ますと、何やら部屋の外が騒がしかった。上体を起こして床に足をつけ、ゆっくりと立ち上がる。そしてぼくはふらつきながらも歩みを進め、部屋の外へ通じる扉に手をかけた。
「――パピルス。お前が人間を捕らえた事くらい、私は知っているんだぞ? さあ、さっさと人間を引き渡せ!」
「だ、駄目だ! アンダイン、あの人間は…!」
パピルスが下の階で誰かと言い争っている声が聞こえる。ぼくは階段の手すりを掴みながら、転ばないように慎重に階段を下りていった。ぼくにいち早く気付いたアンダインと呼ばれた魚のようなモンスターが、青白く光る槍をその手に構えてぼくを睨み付ける。
「そこを動くなよ、人間!」
「人間!? 起きちゃったのか!? 今はこっちに来たら駄目だ!!」
慌ててこちらに駆け寄ってきたパピルスはぼくを庇うように両手を広げ、ぼくの前に立った。アンダインが「パピルス!」と怒鳴り声をあげる。
「何故この人間を庇う!?」
「そ、それは…」
言葉に詰まったパピルスは困ったようにこちらに視線を向けた。ぼくを庇っているせいでパピルスは怒られているようだ。パピルスはどうしてぼくを庇っているんだろう。ぼくはパピルスの横を通り過ぎ、アンダインの目の前に立って彼女を見上げた。
「あっ、人間!!」
「いい度胸だな、人間…それとも状況が理解出来ていないただの間抜けか?」
アンダインがぼくの喉元に槍の切っ先を向ける。パピルスが「人間!!」と叫んだ。その叫び声が聞こえていないかのように、ぼくとアンダインは見つめ合う。…彼女なら、ぼくの人生を終わらせてくれる。ぼくは目を閉じ、一歩前に踏み出した。喉元に鋭い痛みが走ったけど、少し掠っただけで大した傷は負わなかったようだ。
「に、に、人間ーー!!」
「さっきからうるさいぞ、パピルス!!」
「だって! 人間、血が出てるじゃないか!! やっぱりこんなの駄目だ!!」
「あ、おいっ、パピルス邪魔をするな! そこを退け!」
「嫌だ!!」
パピルスはぼくとアンダインの間に割って入り、ぼくを力強く抱き締めてくる。抱き締める力が強いのと、身体に骨が当たるせいで痛い。アンダインが苛ついたように槍をパピルスに向けた。
「お前は王国騎士団の役目を分かってないようだなあ、パピルス?」
「わ、分かってる! でも…この人間のソウルを奪うのはやめてくれ!! こんなに傷だらけで、声も出なくて…!! 俺様、この人間を助けてやりたいのだ…」
「…本当に甘っちょろい奴だな。だからお前は訓練生なんだ」
アンダインは舌打ちをし、槍を収める。それからアンダインはぼく達に背を向けると「人間。貴様が国王の元へ行くつもりなら、命がないと思え」と吐き捨て、乱暴に扉を閉めて何処かに行ってしまった。ここでぼくの命を終わらせてくれても良かったのに。パピルスに抱き締められながら、ぼくはぼんやりとそう思った。
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