いちまん | ナノ

「これ、やるよ」

岩泉がぶっきらぼうに差し出してきたのは新発売のお菓子だった。コンビニで気になったけどお財布と相談して買うのは諦めた、お菓子。
わたしに向けられているのかな、と呆けた顔で岩泉の顔とその手の中のお菓子を何度も見比べてみた。

「いるのかいらないのかハッキリしろ、ボケ」
「いたっ!」

そのまましばらく岩泉を見つめていたら、その人差し指で軽くデコピンされてしまった。不機嫌そうに眉にしわを寄せた岩泉は(ところがこれは別に不機嫌な訳ではなく彼の通常運転である、ということをわたしはすでに知っている)ぶすっとした顔でわたしの机にそのお菓子を置いた。

「買ってみたけど俺あんま好きじゃねぇ味だったから、やる」
「…これ、ほとんど残ってるけど」
「いーよ。どうせ食えねぇからお前に全部やる」
「ありがとう…」

いまいち納得はいかないけれど、せっかくくれるというものを断る理由もないかなぁと思って受け取った。箱を覗くと中の袋だけは申し訳程度に開けられていたけれど、それ以外はほとんど手をつけられた様子はない。少し申し訳なく思いながらも見るからにチョコ味のそれを一つ取り出して口の中に放り込んだ。ら。

「!これ、すっごい、おいしい」
「そうか」
「食べなくていいの、岩泉も食べた方がいいよこれ!おいしい」
「お前が食った方が菓子も喜ぶだろ」
「これ好きじゃないなんて勿体ないね、ああおいしい」

ぱくりぱくりと次から次へと手を伸ばしては食べてしまう。止まらない!おいしい!そんなわたしを岩泉がまじまじと見つめていたので、呆れられるかな、と思わず肩をすくめたら予想とは反対に岩泉が笑ったから驚いた。「よかったな」なんて、あんまりにも綺麗に笑うから一瞬見惚れてしまったことは、わたしだけの秘密にしておこうと思った。


それが始まりだったわけなのだけれど、それ以来岩泉は時々わたしにお菓子を分け与えてくれるようになった。理由はいつも一緒だ、「好きじゃねぇ味だった」。そういうことが続くと嬉しいけれどさすがにわたしも不思議になって「何で好きじゃないかもしれないのに買うの」と訊ねてみたら、「新発売って書いてあったら買いたくなんだろ」との答えが返ってきた。なるほど男の子にもそういう感覚があるのだなぁ、と変に関心した覚えがある。男の子にも、というか、岩泉にも。そういう流行なんかには流されなさそうな感じなのに、と思ったことは内緒です。

「でもさぁ、いつもわたしがもらってていいの?」
「あ?」
「及川とかも好きそうじゃん?こういうお菓子。花巻とかさ」

岩泉が仲の良い男バレの面々の顔を思い浮かべながら言ってみると、岩泉は不機嫌そうに露骨に顔をしかめていた。そんなにか。

「何であいつらにやらなきゃいけないんだよ」
「冷たいんだね」
「だってお前の方がうまそうに食うし」

お前のが見てて楽しい、と別に何でもないことのように岩泉が言うので「はしたないってこと?」と少しだけ拗ねてみせた。そしたら岩泉は思いきり眉をひそめて、「あ?何でそうなるんだよ」と言い放った。

「褒めてるだろ」

そうか、褒められてたのか。解りづらいよ、という指摘は多分すると気分を損ねるだろうなと思ったので、思うだけにする。





いつもいつも貰ってばかりで悪いなぁ、と思っていたら、部活でマカロンを作ることになったのでふと思い付いて形のいいものを3つ選んで、可愛いラッピングに包んでみた。岩泉にあげるのに可愛すぎたかなぁ、と少しだけ後悔したけど、まあどうせだしいいか、と思うことにする。同じ部の同輩たちは「彼氏にあげるんだー」なんていう会話をしていて、一瞬なぜかドキリとしてしまった。いやいや、岩泉にあげるのは、日頃のお礼、だから!心の中で誰に対してなのかわからない言い訳をする。

「なまえは誰にあげるの?」
「えー…内緒!」

えー!誰よ誰よー!とわっと盛り上がるみんなに苦笑を返す。なぜか岩泉にって言えなかったことに、別に他意は、ない。


部活が終わって、忘れ物を取りに教室に戻るとちょうど部活上がりの岩泉と廊下でばったり会った。

「あれ、岩泉」
「おう」
「どしたの?忘れ物?」
「あー、及川がな」
「ああ」

顔をしかめてそう言ってみせる彼は、あの阿呆がとか何とか言っていたけれど、何だかんだで友達想いだ。だってバレー部の部室からここまで付き合ってあげるのだ。確か及川は隣のクラスだったはずで、だからこんな廊下で待っているのかなとぼんやり考える。

「…おまえは?」
「え?あ、わたしも忘れ物取りに、……て、ああそうだ、ちょうどよかった」

せっかく会えたのだ、早いうちに渡してしまえ。何となく時間が経てば経つほど渡しづらくなってしまうような気がした。
さっき一生懸命に包んだマカロンを取り出す。わたしもさっき一つ食べたけど、全然食べられないような失敗はおかしていなかった、はず。

「これ、あげる」
「……え」
「さっき作ったんだけど、いつもお菓子もらってるから、そのお礼」

何だか少しだけ恥ずかしいような気持ちでそれを差し出すと、岩泉は一瞬虚をつかれたような表情をしてから、ぎこちなく手を伸ばして、わたしの手からそれを受け取った。

「…あー、と、わざわざわりぃな、サンキュ」

あれ?おかしいな、わたしたちの間にあるのはいつもみたいな空気じゃなくて、何だかこそばゆくなってしまうような雰囲気だった。岩泉も何だか少し照れているように見えるのは気のせいだろうか。何でわたしも、こんな。ただのその時、軽い声がして、弾かれたように顔を向けたら。

「岩ちゃんお待たせー、ってアレ、みょうじちゃんだ」
「、及川」
「あっ岩ちゃん何それマカロン!?いいなぁ美味しそー」
「…やらねぇぞ」
「いいよ別に、こないだ女の子にもらったし。でも珍しいね、岩ちゃん甘いもの嫌いじゃなかったっけ」


「………え?」


及川の言葉にびっくりしてまじまじと及川を見つめてしまうと、及川!と岩泉が黙らせるように怒鳴った。だけどその一言で逆に全部わかってしまった。岩泉が隠したがったこと。岩泉は甘いものが嫌いだってこと。それが、事実だってこと、全部。

え?

でもそんなことないはずだ、だって岩泉は一週間に2回は新商品のお菓子を買ってきてしまうほどのお菓子好きで、それは当然甘いものが多くて、だから。あれ、でも、そういえば岩泉がそれらを食べてるところ、一度でも見たことがあったっけ?
困惑してしまったわたしがやっとのことで何で、と呟くと岩泉が気まずそうに目をそらした。

「アレっ、もしかして言わない方がよかった?ごめーん、何か俺お邪魔みたいだし先帰ってるね」

白々しくこの場に似合わないような明るい声を上げる及川はウインクなんかしながらひらりと手を振った。こんな仕草すら絵になるなんてイケメンはずるいよなぁ、と思いながらぼんやりしてしまった。岩泉は階段を降りて行く岩泉を渾身のまなざしで睨み付けている。

「岩泉」

名前を呼ぶと、ぴくり、と彼がこっちを向いた。困ったような表情だった。

「甘いもの、嫌いだったの」
「……、あー…」

それが肯定の返事だってことくらいは解る。ごめん、とまず謝った。返して、と岩泉に手のひらを向ける。ごめん、甘いもの嫌いだって、知らなかったから。それから、でも、やっぱり、何でと聞いた。何で嫌いなものをあんなに毎回毎回買ってたのか。

「わたし、知らないでずっともらっちゃってたけど」
「それでいいっつーか、まあ、そのために買ってたんだよ」
「は?」
「おまえにやるために、ずっと買ってた」
「そ、それこそ何で」
「あー…何つーか、…餌付け?」

は?と思わず飛び出てしまうわたしの言葉なんてさして気にしていないみたいに岩泉は首筋に手をやった。あと、と付け足すみたいに右手で持ったままのマカロンを手の中で少しだけ転がした。

「悪いけど、これ、返したくないっつーか、欲しいんだけど」
「え、で、でも、甘いの食べられないんでしょ」
「食いたいから言ってんだろうが」

おまえの作ったやつなら、食べたいに決まってんだろ。

何のてらいもなく言われてしまった言葉にわたしの頭は混乱しっぱなしだ。おまえの作ったやつなら。それはどういう。そう言い切った岩泉に照れなど一切見受けられないものだから、わたしはそれをどう解釈したらいいのか解らない。どう解釈したらいいか解らないままで、わたしの心臓が馬鹿みたいに音を立てる。固まったままでいると岩泉は焦れたようにわたしの目を覗き込んできた。

「これ、貰っていいんだな」
「い、い、けど、何で」
「だからさっきから言ってんじゃねぇか、好きなやつが作ったモンなら何でも欲しいに決まってんだろ、ボケ」

今度こそ一通りしか存在しなくなった解釈に、もうわたしの心臓は壊れてしまいそうで、少し不機嫌そうな顔をしている岩泉に天然たらしだってよく言われない?と返事するのが精一杯だった。何だよ。何だよ。もう完全に、餌付けされてしまっているじゃないか。わたしのばか。次こそは甘さ控えめのものを渡そう、今度はわたしが餌付けする番だ、そう考えてしまう頭はもう完全に手遅れだ。わたしのばか。



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