06 セブルスの大切な秘密

それから授業や廊下などですれ違っても、ピーターはビクッとしてカーラを避けるようになった。しかしリーマスは例えスリザリンを毛嫌いしているポッターやブラックと一緒にいる時でも、カーラを見かけるとにこっと目配せしたり、小さく手を振ったりしてくれた。

それを見たマルシベールは「いつの間にお友達になったんだい?」とカーラをからかったが、入学する前からの友達だと澄まして言うと、面白そうにヒュウッと口笛を吹いただけでそれ以上のさしたる興味もなさそうだった。

寮同士が(主にスリザリンとグリフィンドールが)対立しているといっても、せいぜい合同授業で答えを間違えた生徒を囃し立てる程度のものだったが、グリフィンドールの二人組とセブルスは明らかにその範疇を超えていた。どちらが先に仕掛けたのかは知らないが、廊下や大広間ですれ違うたびに互いに呪いをかけ合う始末で、医務室に行かずにすめば良いほうだった。

「もう放っておけば?向こうが二人で来るのはいつものことなんだし。関わらなければいいじゃない」

カーラは隣のセブルス──何か言いたげに口をぱくぱくさせて、声の代わりに小さな泡がポンポンと吹き出している──を呆れ半分に見やった。昼食を終え、カーラ達は午後一番にある飛行訓練の授業までの自由時間を校庭のブナの木の下で過ごしていた。

「カーラ、分かってないな。男の戦いってやつがあるんだよ、な?スネイプ」

楽しんでいるのを隠さずにマルシベールがからかうが、セブルスは口を開くとシャボン玉のように泡が吹き出すので、黙ってマルシベールを睨みつけた。口を閉じていても喉の奥から泡が湧き出てくるらしく、時折がばっと大きく口を開けて溜まった泡を吐き出した。

「フィニート・インカンターテム──呪文よ、終われ!」

カーラは期待せずに杖を振った。

「エバネスコ──泡よ、消えよ!……んー、やっぱりだめね。何なら効くと思う?」

マルシベールはひょいと肩をすくめる。

「僕に聞いてるのか?冗談よせよ。このままの方が城の美化に役立つだろう?」

セブルスの眉間のしわがより険しくなったが、マルシベールはどこ吹く風だ。マルシベールがただ面白いからという理由でセブルスを助けようとしないのは明らかだったが、カーラも諦めてため息をつき、杖をしまった。グリフィンドールのポッターを見るや否や、杖を抜いて「鼻呪い」の呪文をかけたセブルスにも非があると思っているのだ。大広間で昼食をとった後、大広間から出る時にタイミング悪くグリフィンドールの二人組とかち合った時だった。セブルスがポッターにかけた「鼻呪い」は成功したが、直後、ブラックが聞いたことのない呪文をセブルスに命中させたのだ。そこに管理人のフィルチが喚きながらやって来たため戦いは一旦中断したが、その頃にはセブルスは口から泡を吐き続けて辺りの廊下は泡風呂かと思うほどだったし、ポッターの鼻はぐんぐん伸びて膝まで届きそうになっていた。

今回はセブルスの方から仕掛けたのだから自業自得だと、カーラはそれほど真剣には助けようとしなかった。それに医務室に行くよう勧めても、セブルスが頑なに行こうとしないのだから仕方がない。後でエバンに反対呪文を知っているか聞いてみよう──そう思った時、正面玄関からリーマスとピーターが出てくるのが見えた。

カーラはぱっと立ち上がり、マルシベールがどうしたんだいと尋ねるのもほとんど聞かずにリーマスの方へ向かった。あの二人組と最近よく喋っているリーマスなら、反対呪文を知っているかもしれない、そう思ったのだ。しかしカーラがリーマスの名前を呼ぼうとしたその時、腕を強い力で掴まれるのを感じた。振り返ると、セブルスがこれでもかと眉根を寄せて、カーラを咎めるように睨み、口から泡を吹き出しながら首を必死に振っている。

「何?別にいいじゃない──リーマスはあの二人とは違うわ。反対呪文を知ってるか聞くだけよ」

セブルスはますます強くカーラの腕を掴み、カーラはセブルスの手を離そうと身を捩る。そんなことをしている間に、リーマスはこちらに気付いたようだった。もつれ合っているカーラとセブルスを不思議そうに見ながら、こちらに駆け寄ってくる。

「カーラ、どうしたの?」
「あ、あのねリーマス。その……」

リーマスと一緒にいたピーターはそそくさと走って行ってしまったが、今のカーラにはどうでもよかった。カーラがセブルスとリーマスの間に挟まれどうすべきかジレンマに陥っていると、リーマスはセブルスの姿を見て納得したように、ああ、と苦笑した。

「それ、あぶく舌の呪文だね……シリウスが昨日、図書館で古い呪文の本から仕入れて来たってはしゃいでた。解除は確か──フィニート・スコージス 泡よ、止まれ!」

泡は瞬時に止まった。カーラはリーマスにお礼を言って隣をちらりと見るが、案の定セブルスは耳まで真っ赤にして、余計なことをとばかりにカーラを睨んでいる。そしてリーマスの方を見て礼を言うべきかどうか迷った結果、「頼んでもないことを勝手にするな」と言い捨てて中庭の方向へさっさと向かって行ってしまった。

「ありがとう、リーマス。……セブルスに謝るべきかしら?」
「うーん……何というか、複雑だね。君の方から仲直りしてあげた方がいいかも」

リーマスは苦笑いしながら言った。カーラはどこか納得できない気持ちを抱えつつ頷き、リーマスに改めて礼を言ってから別れた。

「全く君ってやつは、男心がこれっぽっちも分かってないな」

カーラが戻るやいなや、一部始終を見ていたマルシベールはやれやれと大げさに溜め息をついて、気怠げに腰を上げる。

「そんな言い方ないじゃない。あのままでいるよりは早く治ったほうがいいでしょう?」
「放っておけばいいんだよ、自分で何とかしたさ。敵に助けられるなんて屈辱でしかないだろ?」
「敵だなんて、リーマスはそんなんじゃ──」

カーラは頬をふくらませて反論するが、マルシベールははいはいと軽くあしらう。なんやかんやと言い合いながら二人は飛行訓練場の中庭に向かった。




* * *




中庭に着いてもセブルスの姿は見えなかった。授業開始までにはまだ時間があったので、そのうち来るだろうとカーラが芝生に腰を下ろしたその時、薬草学の温室の裏側からグリフィンドールの女生徒が出てきたのが見えた。たっぷりとした赤毛を揺らしながら、小走りでグリフィンドールとスリザリンの1年生が集まる中庭の方に駆けてくる。カーラはそれが同学年のリリー・エバンズだと気付いた。大きな瞳のとても可愛らしい女の子で、合同授業でもよく発言するので目立っている。カーラがぼうっと眺めていると、驚いたことに、セブルスがエバンズよりも少し遅れて同じ場所から姿を現した。二人は別々に現れたように見えた──もしくはそう見せていたのだろうか──が、たまたま二人とも同時に人気のない温室の裏手を遠回りしてやってきたとは考えにくい。カーラはセブルスにグリフィンドールの友人がいることは知らなかったので、先ほどの一件のことをすっかり忘れ、近くまで歩いてきたセブルスに疑問を投げかけた。

「ミス・エバンズと知り合いだったの?」

セブルスは見られているとは思っていなかったのか、目に見えて動揺していた。しばらくあー、とかうーとか言いながら手提げ鞄の持ち手をいじくっていたが、こくりと頷いて「そうだ」と呟いた。

「そうだったのね!知らなかった」
「あー……面倒を避けたいから、他の奴には──」

セブルスが少し離れたところで談笑しているスリザリン生の方をちらりと見やった。互いに仲の良い友人であるというだけで生徒達のからかいの的になってしまうのが、グリフィンドール生とスリザリン生の因縁浅からぬところだ。カーラはあなたがそう望むなら、と頷いた。カーラもグリフィンドール生のリーマスと親しいことで、少なからず珍しそうに見られたり囃されたことはあったので、あまり知られたくないという気持ちは十分に理解できた。

「すごく魅力的だし、頭がいいわよね。彼女のこと、魔法薬の才能があるってスラグホーン先生も褒めていらっしゃったわ」

カーラが心からグリフィンドールの人気者のことを褒めると、セブルスは曖昧に相槌を打つだけだったが、心なしかその表情は明るい。つい先刻ブラックから「あぶく舌」の呪いをかけられたことや、この後の授業がセブルスの大嫌いな飛行訓練であることも一旦忘れ、二人は授業が始まるまでの時間を和やかに過ごした。

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