05 レギュラス・ブラック

三本の箒に帰ってから、カーラはすぐにロスメルタの父エディ・ホプキンス氏に手紙を書いた。何から書けばいいか悩むほど聞きたいことがいろいろあった──ルシウスが急にパーティーに誘ってきたり、「メンバーズ」という取り巻きグループに招待してきたこと、それなのに冷淡な態度は変わらずで何を考えているか分からない不安、先日友人の家で突然過去に引き戻されたような奇妙な感覚に陥ったこと……。それから少し迷った末に、去年のクリスマスパーティーで貰った分厚い本『魔術の探究 闇と光』についても触れた。リリーの家で起こった白昼夢現象の直前の感覚と、本を読んでいる時のぼんやりする感じが少し似ているように思ったからだ。しかしこれはもしかすると全くの見当はずれで、無関係かもしれないということも付け加えた。

ホプキンス氏はどこか遠い外国にいるらしく、ふくろうが戻ってくるのにまるまる二週間かかった。返事はカーラが書いたものより羊皮紙二巻きも長く、非常に心配していることが伝わってきた。

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本当のことを言えば、メンバーズに参加の返事をする前に連絡をしてほしかったけれど、今私のことを思い出して連絡をくれたことは嬉しい。
今からグループを抜けることは難しいので何かあったらまたすぐに連絡をしてくれ。
お茶や勉強会程度なら心配はいらないが、仕事を言いつけてきたり、君に何かさせようとする動きがあればその時は踏みとどまってそれとなく交わしてくれ──とても難しいことはわかっているけれど、君のすばらしい機転をきかせて頑張ってほしい。
件の本はもう開かないようにして、学校には持って行かずに部屋に置いておいてくれたら、私がそちらに帰った時に調べてみるよ。
白昼夢のような出来事のことは、次に会った時に直接話をしよう。精神的にかなり強い衝撃を受けた時に起こるのかもしれない。もしまたあれば必ず教えてほしい。

君のホグワーツでの一年が楽しいものになるよう心から祈っているよ。
ロスメルタからシーカーになったと聞いたよ!本当におめでとう。

エディ

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ホプキンス氏はカーラの知らない重要な何かを知っている。それは明らかだった。しかし今、手紙で明かすつもりはないらしい。中途半端に隠されるとかえって気になってしかたがなかったが、その話をするのが次に会った時──おそらく一年後──でも良いというのなら、ひとまず深刻な危険はないと考えてよさそうだ。カーラはくるくると羊皮紙を巻いて、引き出しにホプキンス氏の手紙をしまった。





* * *





もっとゆっくり過ぎてほしいと願えば願うほど、時間は驚くほどの速さで溶けていく。夏休みが終わり、あっという間に九月一日がやってきた。

動き出したホグワーツ特急の中をゆらゆら揺られながら歩き、やっと誰もいないコンパートメントを見つけてカーラはぽすんとソファに腰を下ろした。せっかくリーマスと一緒に座ろうと思っていたのに、ポッターやブラック、ピーターが現れてリーマスを連れて行ってしまったので、ひとりぼっちになったのだ。リーマスは一緒に座ろうよと遠慮がちに誘ってくれたのだが、その隣でブラックがいかにも不機嫌そうな顔をしていたので断った。意外にもポッターは笑顔で「おいでよ」とリーマスに同調してくれたけれど、いくらリーマスとの仲直りのきっかけになってくれたとはいえ、カーラはまだ彼らと友達のように振る舞うのには抵抗があった。

暇つぶし用の本を数冊取り出し、羽のように軽いトランクを荷物棚に上げたところで、コンパートメントの扉がガラガラと音を立てて開いた。深緑色のローブに銀色のリボンタイを留め付けた、一年生と思われる男の子が一人で立っていた。さらりとした黒髪に灰色の瞳で、どこかで見たような気がしなくもない。整った顔立ちの男の子は色白の頬を少女のように上気させて「こ、ここに座ってもいいですか?」と礼儀正しくたずねた。カーラが「ええ、もちろん」とにっこりすると、男の子は恐縮したようにますます顔を赤くして、恥ずかしそうにトランクを引きずりながらコンパートメントに入った。

上等なローブや宝石の留め具がついたトランクなどを見るに、純血家系の子だろうと容易に察しがついた。カーラが「あなたは一年生?」と聞くと、男の子は「はい」と小さな声で答えた。男の子がローブを脱いだり、トランクをしまったりするのを何となく目の端にとらえながら本をぱらぱら捲っていると、「あの」と意を決したような声色で話しかけられた。

「僕──あなたを見たことがあります」
「そうなの?」カーラは目を丸くする。「どこかしら」
「先月の、ロジエール家のガーディンパーティーで……エバンとダンスしているところを見ました」

「ああ」とカーラは呟きながら納得した。確かに、どこかで見覚えがあると思ったのはそれだったのかもしれない。けれど紹介を受けたり言葉を直接交わした訳でもないのに、よく覚えているのだなと内心感心しながら「確かにそこにいたわ」とカーラは微笑んだ。

「私もどこかであなたを見たような気がしたの」
「あの、とても似合っていました。白いドレスが」

男の子は上擦った声で言った。カーラは目をぱちくりする。思いがけない褒め言葉に少し照れ笑いしながら「ありがとう」と言うと、男の子はこれ以上は無理だというほど真っ赤になって座席に縮こまった。それからぽつりぽつりと会話を交わす。男の子は今年入学で絶対にスリザリンに入りたいこと、クィディッチが好きなことなどを話してくれた。カーラもスリザリンだというと男の子は嬉しそうに顔を綻ばせた。弟がいたらこんな感じなのだろうかと想像し、カーラはこのいじらしい男の子を好ましく思った。

「僕はレギュラス・ブラック」男の子は手を差し出す。
「ブラック?」

カーラは柔らかな手を取って握手しながら、驚いて思わず聞き返した。

「それじゃ、シリウス・ブラックはあなたのお兄さん?」
「ええ、まあ」

さっきまでの上機嫌が少し翳り、男の子は表情を曇らせながら言葉少なに答えた。言われてみれば顔立ちが少し似ているし、髪や瞳の色はシリウス・ブラックとそっくり同じだ。それにしても兄があんなにスリザリン嫌いなのに、弟は真逆の思想というのは不思議に思った。

「それで、あなたのお名前を聞いても……?」
「あっ、ごめんなさい。私は──」
「カーラ、こっここに座ってもいい?」

まさに今名乗ろうとしたその時、再び大きな音を立ててコンパートメントの扉が開き、エイブリーが申し訳なさそうに顔を突き出した。

「エイブリー、こんにちは」カーラは朗らかに挨拶する。「どうぞ」
「あ、ありがとう」

エイブリーは車内をかなり歩き回ったのか、額に汗を浮かべてコンパートメントの扉を締め、重そうなトランクを軽々荷物棚の上に持ち上げた。エイブリーはマルシベールやロジエールのコンパートメントには苦手な上級生がいたんで避けてきたんだ、と吃りながら言った。レギュラスとは既に知り合いであるようで、先日ぶりだねと親しげに挨拶を交わしている。レギュラスはエイブリーと挨拶を終えると、再びカーラに向き直って名前を聞きたそうにちらちらとこちらを見た。

「改めて、私はカーラ・グレイ。よろしくね」
「グレイ……先々代の闇払い局長のアーチボルト・グレイの血筋かい?」

カーラと再び握手を交わしながら、レギュラスはゆっくりと考えるように聞いた。カーラは「いいえ、違うと思うわ。両親とも魔法使いと魔女だけれど、片方の祖父母が非魔法族なの」と端的に答えた。グレイは本当は母の姓なのでアーチボルトとのつながりがないのは分かっているのだが、そこを追求されると都合が悪いので、カーラはどちらとも取れる言い方をした。するとレギュラスは握った手をあからさまにパッと離し、顔を歪めた。

「なんだって?親がマグル生まれなのか?……スリザリンなのに?」
「そうだけれど」

さっきまでと全く違う口ぶりに少しムッとしつつ答えると、レギュラスははっきり嘲笑と取れる冷たい笑いで返した。

「なるほど──だからロジエールに取り入ろうとしていたんだな?」
「取り入る?」カーラは眉を釣り上げる。「取り入ったことなんかないわ。エバンは友達よ」

エバン・ロジエールが混血を友人に選ぶものか、と口には出さずとも考えているのが分かる。レギュラスが不愉快な笑みを漏らしながら嘘だろう?と言うようにエイブリーを見るので、カーラは口をへの字に曲げて、エイブリーに「この子はとても失礼だわ」と目で訴えた。

「レギュラス。エバンとカーラは、す、すごく仲が良いんだよ。それに、カーラはと、とっても優秀なんだ」
「ありがとう、エイブリー」

エイブリーはレギュラスのこのような態度に慣れているのか、困った顔をしながらも庇ってくれた。それにしても、さっきまで目の前に座っていた可愛らしい男の子は一体どこへ行ってしまったのかと思われるほどの手のひら返しに、カーラは苛立ちが収まらなかった。レギュラスはむきになって身を乗り出し、カーラに反論する。

「そんなことがあるもんか。エバンはいつも僕に純血を守るべきだと教えてくれたのに」
「結婚相手でもないのに、友人にまでそんなことを求めるのは能力がない証拠よ」カーラはすぐに言い返す。
「ぼ──僕にそんな口を聞くなんて許さないぞ」レギュラスは耳を真っ赤にして憤慨する。
「エバンは血筋以外にも良いものをたくさん持っているわ。私もその自負があるし、マルシベールもセブルスもそうよ。だから友人として仲良くしているの」

レギュラスは何か言い返そうと口をぱくぱくさせたが、返す言葉が見つからなかったのか、形のよい唇を思い切り歪めてぷいと窓の方に顔を背けた。腹立たしさはあるものの、その仕草があまりに子どもっぽく可愛らしかったので、カーラは笑い出したいのを必死で堪えた。寮に入った後もそんな風に振る舞うつもりなの、と聞いてみても、レギュラスはカーラを徹底的に拒絶すると決めたようで変わらず無視をしている。カーラは肩をすくめてエイブリーに別の話題を持ちかけた。

「そういえばエイブリー。ラバスタンがクィディッチ・チームを抜けるから、今年はビーターの枠が空くそうよ」
「ほ、本当?それじゃ、せ、選抜をやるのかなあ?」

エイブリーは嬉しそうに目を輝かせた。クィディッチの話になるといつも見せるあの表情だ。カーラはにっこりして「そうなの!」と言った。

「日はまだ決まっていないと思うけど、選抜はするとブランが言っていたわ」
「うわあ……!」エイブリーは本当に嬉しそうだ。「は、早くても来年以降じゃないと、機会がないと思ってたのに。ぼ、僕も受けられるかな」
「当然よ!選抜は誰だって受けられるんだから。一緒にプレイできる日が楽しみだわ」
「そっそうだね。う、受かったらいいなあ。もし駄目だったとしても、君のデビュー戦、た、楽しみにしてる」
「ありがとう。絶対にスニッチを取るって約束するわ!だって一試合目はあのグリフィ──」
「待て、もしかして君がシーカーなのか?──正式な?」

聞こえないふりをしていたレギュラスが急にこちらを向いて会話に入ってきたので、少々驚きながらカーラは「そうよ」と答えた。レギュラスはショックを受けたように「まさか」と漏らす。

「混血がシーカーだなんて……スリザリンで、混血が大きな顔をできるなんて」
「さっきから混血、混血ってねえ」カーラは語気を強めた。「スリザリンは目的のためには手段を問わないのよ。キャプテンは勝つために、純血にこだわらず最も優れた選手を選び出したの」

レギュラスはカーラの言ったことを半分も聞いていないようだ。なぜか傷ついたような表情で「それじゃあ血を裏切る他の寮と同じじゃないか」「スリザリンには純血しかいないと思っていたのに」などと呟いている。まるで純血以外は人ですらないような言い草に苛立ちを覚えつつ、カーラはレギュラスのことを少しかわいそうにも思った。ブラックといえばマルフォイ以上に極端な純血至上主義を掲げていることで有名だ。生まれてからずっと両親に純血こそが全ての魔法族の頂点に立つべき存在と教わってきたので、初めて家の外に出た今必ずしもそうでないという現実に直面し、戸惑っているのだろう。とはいえスリザリンで家柄が重要視されることも間違いではなく、カーラは血統がよくないのに出しゃばっているという理由で一部から白い目で見られることも多々あった。そういう意味では、レギュラスは自分に自信もあり容貌も優れているので、入学早々にスリザリンの一年生の中で──希望通りスリザリンに入れたらの話だが──中心的な地位を得るだろうと想像できた。

カーラはため息を吐いてエイブリーをちらりと見る。エイブリーも何と言っていいかわからないように、小さく肩をすくめるだけだった。カーラは呆然としているレギュラスの頬にそっと手を添えて「レギュラス」と呼びかけ、こちらを向かせた。

「純血って確かにすごく大きな武器だわ。だけど、それだけじゃ駄目なの。混血の私が言えることじゃないかもしれないけれど──血筋だけが取り柄と誰にも言わせないくらい、能力と魅力を示さなきゃ」

カーラは幸運にもスリザリンの友人に恵まれている。エバンやマルシベールは純血中の純血家系の生まれだが、一緒に過ごすなかでカーラやセブルスの血にマグルが混じっているということを一度も馬鹿にしたりはしなかった。そのためか、今まで真剣に純血主義について考える機会があまりなかったけれど、ショックを受けるレギュラスを見ていると驚くほど意見がすらすら口から出てきた。レギュラスはぼうっとして頬を染め、数秒間カーラの顔を見つめていたが、はっと我に返ったように慌てて手を振り払った。

「う、うるさい!お前なんかに分かるものか。純血の重みはそんなものじゃ──」
「そうね、ごめんなさい」カーラは潔く身を引いた。「だけど私の言っていること、間違ってないと思うわ」

レギュラスは目元を赤くして何か言いたげにしばらくカーラを睨んでいたが、再びそっぽを向き、クィディッチの本を取り出してひとり読み始めた。それからはレギュラスに時々話しかけても頑固にカーラを無視し、わざとらしくエイブリーだけに返事をしていたが、クィディッチの話になると反カーラ感情を忘れて食いついてくるので、カーラはレギュラスにどれだけ失礼な口を聞かれてもなんだか憎めないと感じるのだった。

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