02 親友の涙

「リーマス。あの……」

カーラはおずおずと切り出した。

「ごめんね。私、あなたが聞かれたくないって分かっていたのに、どうしても心配で……。何かできることがあればと思ってしつこく聞いたり、勝手に調べたりしてしまって、本当にごめんなさい」

カーラは終始うつむき気味のリーマスにちゃんと伝わっているのか不安になって、膝の上で組まれたリーマスの手をそっと両手で包んだ。リーマスはぴくりと反応し、ゆっくり頭を上げ、こちらの胸が痛くなるほど辛そうな顔でカーラの顔を見つめた。

「私、リーマスが私に言わなかったことが何か、分かっているかもしれない。もちろん誰かから聞いたとかじゃないけれど、なんとなくそうかなって思ったことがあって……でも、誤解しないで。あなたとずっと友達でいたい気持ちは、何があっても絶対に変わらないの」

カーラがリーマスの乾いた手を強く握りしめると、リーマスは弱々しく握り返した。リーマスはまたうつむいて黙り込んでしまった。しかしカーラはリーマスが何か言おうとしていると感じたので、まるまる十分間、手を握ったままリーマスが話し出すのを待った。

「僕は……」

数年ぶりに声を出したのではないかと思うほど、リーマスの声はかすれていた。

「まだ、分からないんだ。君を巻き込みたくないし、僕に君と友達でいる資格は……」
「資格なんて、そんなもの必要ないわ。私たち、親友じゃないの?」
「でも、君に迷惑がかかるよ」

リーマスの顔はますます青白くなった。カーラは「迷惑をかけられたいの」とリーマスの手を握り直し、その目をまっすぐに見つめた。リーマスの明るいブラウンの瞳が揺れる。

「……僕──僕は──」

狼人間なんだ。リーマスは本当に小さな、蚊の鳴くような声を絞り出して言った。リーマスはまたうつむいてしまったのでその表情は見えない──しかし、泣いているような気がした。カーラは気がつくと、リーマスを力強く抱きしめていた。

「君に嫌われたくなかったんだ」くぐもったリーマスの声はかすかに震えていた。「だって、はじめての友達だから……」
「私たちってほんとに気が合うわ」

カーラはつられて涙声になりつつ、身体を離し、リーマスの目を見てにっこりと微笑んだ。

「私も、同じことを考えていたの」

リーマスはしばらく肩を震わせていたが、やがて落ち着くと赤くなった目を恥ずかしそうに擦りながらこれまでのことを打ち明けてくれた。四歳の時に狼人間に噛まれたこと。それからは両親が周囲に知られないように守ってくれたが、各地を転々として暮らさなければならなかったこと。学校にはきっと行けないと諦めていたけれど、ダンブルドアが適切な措置をとった上でリーマスを受け入れてくれたこと。満月の日は、暴れ柳の地下から通じるホグズミードの屋敷に閉じこもっていること。ここまで話すと、リーマスは、「本当はもっと早く君に話そうと思ったんだ」とぽつりと呟く。

「だけどどうしても君に嫌われるのが、その……怖くて。クリスマスに三本の箒で、君が僕のママに言ったこと覚えてる?」

カーラが目を瞬かせると、リーマスは「身体はもう大丈夫なのかって聞いた時のことだよ」と言った。

「あの、もう分かってるかもしれないけど──あれは嘘なんだ。月に数日は学校を休まなくちゃいけないから色々口実を考えていただけで……。家に帰った後、ママにまだ言っていなかったのって驚かれたんだ。ママとパパはもちろん、僕の体質のことを徹底的に周囲から隠そうとしてくれたんだけど、一番の親友に隠し続けるのは難しいんじゃないかって。カーラなら大丈夫だって言われて……。だけど勇気が出なかった」

リーマスは「無視したりして、本当にごめん」と心からすまなそうに謝った。カーラはもちろん、そのことについてもう怒ってはいない。けれどちょっぴり物申したい気持ちもなくはなかった。なにしろ、訳もわからず突然距離を置かれて本当に寂しかったのだ。カーラは頬を膨らませる。

「それはもういいの。だけど約束して。もう急に離れて行ったりしないで。私がそのどうしようもない事情のせいで、あなたを嫌いになるだろうって思われていたのは心外よ」
「うん、本当にごめんね」リーマスは項垂れる。
「あのね、伝わっていないみたいだから言うけれど、私はリーマスのことが大好きなの。月に一度あなたが狼に変身することと、私たちの友情に何の関わりがあるの?私は何だって力になりたいんだから、覚えておいてね」

カーラが力強くリーマスの目を見つめると、リーマスは少し恥ずかしそうに目を逸らしてはにかみ、「ありがとう」と呟いた。カーラは軽やかにベッドから飛び降り、部屋を手持ち無沙汰に歩き回りながら気になっていたことを切り出した。

「ブラックとピーターが図書室でアニメーガスのことを調べていたんだけど──まさか、あの人たちはそれになるつもりじゃないわよね?」
「あー、うん──ええと。なるつもり、だと思う」リーマスは言いにくそうにもごもごと白状する。
「そんな!」

カーラは悲鳴のような声を上げた。

「無茶よ!私たちやっと二年生になるところなのに──おとなだって失敗してとんでもないことになっているのよ?それに、無登録のアニメーガスはそもそも違法なのに!」
「うん、分かってる──僕もそう言ったんだ。今も賛成はしてないんだけど」

リーマスは弁明っぽく力を込めて言う。

「でも、僕の病気のことは関係ないし、自分たちが勝手にやることだからって聞かないんだ。どこかでたまたま狼人間にでくわした時にも、動物の姿なら噛まれても平気だから役にたつ、って。どちらにせよ、まだ何も始めてはないと思うよ。アニメーガスのなり方なんてそうそう情報が転がっている訳でもないから」

友人たちの無謀な挑戦を止めるのを諦めた様子のリーマスに、カーラは何と言うべきか迷った。昔読んだ本に、アニメーガスになろうとした偉大な魔法使いが失敗して下半身は人間のまま上半身だけがオオトカゲになってしまい、死ぬまで元に戻れなかったという話があったのを思い出した。けれどそんな話をしたところでブラックやポッターの勢いは止められないだろうとも思う。カーラは違法な取り組みにリーマスを巻き込んでほしくない気持ちや、自分も力になりたいのにという悔しさなどが入り混じり、唸りながら部屋をぐるぐると歩き回る。そして、いいことを思いついたというように、ぱっとリーマスを振り返った。

「それじゃ──私もなるわ」
「なんだって?」リーマスは飛び上がらんばかりに驚く。「だめだ!絶対だめだ。何をどうしたらそんなことを──?」
「だって──だって、あの人たちだけずるいじゃない。私だって何かしたいわ」
「絶対にだめ──僕が許さない。君の身に何かあったらって考えると……」

カーラは唇をとがらせ、立ち上がったリーマスを見上げた。リーマスはなにを想像したのか、血色が少しもどってきていた頬が青を通り越して蝋のように白くなる。それを見て少し申し訳なく感じたけれど、カーラはそれでも親友の自分がリーマスのために何もしないということに我慢できなかった。カーラはリーマスを少しでも前向きにさせようと、明るい声で説得を試みる。

「ねえ、でも私ならたぶんきっと出来ると思うわ。慎重に、時間をかければ……。ほら、学年末のテストでも変身術は百三十点だったのよ」
「そんなことは関係ないよ。君がわざわざ危険地帯に足を踏み入れるのを、僕が喜ぶと思うのかい?」
「それじゃ、どうしてあの人たちのことは放っておいてるのよ?」

きっぱりと却下するリーマスの言い分に納得できず、カーラはつい責めるような口調になる。

「それは──それは、君とは違うよ。だって君は女の子だし……ジェームズとシリウスは僕が何を言っても止められないし……」
「そんなの、ずるいわ」カーラはむくれる。「私だってあなたの力になりたいのに」

カーラがそう言うとリーマスは一瞬カーラを両腕で抱きしめるような動きをしたが、すぐに思い直したように腕を引っ込めた。リーマスを見ると、困り果てたように目をぐるぐる動かしている。

「そう言ってくれるのは嬉しいんだよ。ほんとに、嬉しい。だけど僕が君に危ないことをしてほしくないってことも分かってほしいんだ。君がアニメーガスになろうとして、もしも何か不幸な事故なんかが起きたら……きっと僕は自分で自分を殺しちゃうよ」

リーマスが本気でそう言っているのが分かり、カーラはしぶしぶ引き下がった。けれどまた折を見て説得を試みよう、とも思っている。リーマスはカーラが諦めたのを見て心からほっとしたように微笑んだ。

「わあ、それってロスメルタのプディングかい?一緒に食べようよ!」

カーラの気を逸らそうとしているのは明らかだったが、リーマスがここ数週間見せていたような硬く強張った面持ちではなく、一気に緊張が解けたような明るい表情をしているのが嬉しくて、カーラはその提案を受け入れた。すぐにルーピン夫人が四人分のお茶を入れてくれたので、みなでとろけるようなチョコレート・プディングをお腹いっぱい味わった後、裏庭の広い空き地で二対二のクィディッチを楽しんだ(もちろんカーラはしっかりとワンピースの裾を縛ってから箒にまたがった)。四人の実力がちょうど良い具合に均衡しているので何度やっても刺激的な試合になり、普段の諍いも忘れたかのように互いに笑い合った。そうして汗まみれになるまでクィディッチゲームを楽しみ、気がついた時には辺りはすっかり暗くなってしまっていたのだった。

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