13 二つの心配事

ルシウスはホグワーツの上級生で一番人気の男子生徒だ。首席で監督生、それでいて物腰柔らかく、すらりと背も高い。絹のようなブロンドを後ろで一つに束ね、優雅に微笑む姿はまさに王子様だとアマンダは熱っぽく語った。

「物腰が柔らかい?……本当?」
「ええ、そうよ。私たち新入生にも時々優しく声をかけてくれるもの。でも、どうして突然ルシウス先輩のことなんて聞くの?」

アマンダはベッドに腰掛け、ハート型のクッションを胸に抱いてカーラを不思議そうに見た。カーラはマグル式のティーポットでハーブティーを淹れる手を止め、「それは……」と口籠る。

「まさか、ルシウス先輩のこと……?ちょっと待ってカーラ。確かにあなたは素敵だけれど、いくら何でも七年生を狙うのは高望みってもんじゃない?」
「ち、ちょっと待って!そうじゃなくて私はただ……」
「そうよ、アマンダ。何でもかんでもすぐに決めつけちゃダメ」

ゾーイは鏡の前で長い髪を梳かしつつ、アマンダを嗜めた。

「カーラの中ではまだそこまでの強い気持ちじゃなくて、最近気になる憧れの先輩、くらいかもしれないでしょ?」
「ゾーイも、アマンダも!そうじゃなくって私はただ、ルシウス先輩とはあまり話したことがないから……そう、パーティーで会ったら何の話をしようかって考えてたの」
「あら、なあんだ」

アマンダはつまんないの、とでも言いたげに口を尖らせた。

カーラはあの後何度考えても、何故ルシウスがカーラをパーティーに参加するよう勧めたのか分からなかった。あのルシウスのことだ、単にカーラに優しくしようと改心した訳ではないだろう。入学前にホプキンス氏に忠告された件にも関わってくるのだろうか……何らかの意図があってのことだとは察しがつくものの、一体何が狙いなのか検討がつかない。カーラはルシウスを避けるあまり、無意識的に視界に入れないようにしていたので、ルシウスのホグワーツでの様子をあまり知らなかった。カーラがダイアゴン横丁で警告を受けた時のような、冷酷で高圧的な態度を取らないようにしているらしいことはすぐ分かったが、王子様と揶揄されるほどの人気者だということはアマンダの話を聞いて初めて知った。そして、ルシウス・マルフォイという人間が余計に分からなくなってしまった。

それに、セブルスとも親しい様子だった。どうしてかは分からないが、カーラはセブルスがルシウスと仲良くなることがなんとなく嫌だと感じた。何故だか、セブルスが遠くへ行ってしまうんじゃないかという気がしたのだ。

もうルシウスのことを考えるのはよそう。カーラがそう思ってハーブティーを口にした時、アマンダがあーあと殊更大きな溜め息をついた。

「それにしても、スラグホーン先生のクリスマスパーティー。いいわねえ……」
「本当。私も上級生だったら、スネイプにだって喜んでパートナーにして欲しいって頼むのに」
「どういうこと?」

カーラが眉根を寄せて尋ねると、アマンダとゾーイは「こっちがどういうこと?」とばかりに顔を見合わせた。

「カーラ、掲示を見なかったの?スラグホーン先生のパーティーはね、誰でも参加できる訳じゃないの」
「下級生は招待された人だけ。四年生以上なら招待状を持ってなくても、招待された人のパートナーとして参加できるのよ」
「レストレンジ先輩が仰ってたけど、毎年の恒例らしいわ」

こんなことなら私も魔法薬学を頑張っておくんだった、そうしたら今頃スラグホーン先生のお気に入りになってたかも──そうよ、それでシーカーのノット先輩とも仲良くなれたのに……アマンダとゾーイがそんなふうに嘆くのを聞きながら、確かにこれまで関わったことのない人達と話せるのはいいチャンスだとカーラは思った。ルシウスのことで頭がいっぱいで、パーティーへの参加を前向きに捉えられなくなっていたが、そう考えるとそれほど嫌ではないように感じられた。

そこまで考えると、あれこれ頭を働かせすぎたせいか急激に眠くなってきた。何とかかんとか寝る支度を終えて二人のルームメイトに「おやすみなさい」を伝えると、カーラはあっという間に眠りに落ちていった。




* * *




次の日の朝。今にも雨が降りそうな曇り空の下、カーラは薬草学の温室へ向かう道中で見慣れた友人を見つけた。少し伸びた黒髪と、どこかぎこちない歩き方は後ろ姿でもすぐに見分けがつく。地面につきそうなほど長いローブの裾に皺が寄っているのに気付き、カーラはひとり含み笑いしながら小走りで近づいた。

「セブルス!おはよう」

後ろから声をかけると、セブルスはいつもの仏頂面で振り返り、「おはよう」と低い声で返事をする。髪がもつれて耳の辺りで絡まっていたので、カーラがジェスチャーでそれを知らせると、セブルスは投げやりに片手でガシガシと頭を掻いた。カーラは昨日から少し気になっていたことを聞いてみようと、何故か少し緊張しながら口を開いた。

「ねぇ、セブルスはいつから呪文の開発なんてしていたの?」

それになぜ、ルシウスがそれを知っているの──という疑問は喉の奥に押し込んだ。セブルスは顎に手を当てながら、ああ、と思案した。

「いつから……と言えば、入学した時からだな」
「ええっ!そんなに前から?」

カーラが目を丸くして驚いていると、セブルスはほんの微かに得意げな表情を滲ませつつ、「まだ開発なんて言えるレベルじゃない」と頭を振った。

「知らなかったわ!どんな呪文を作るの?」
「今作ろうとしているのは、周囲から盗み聞きされなくなる呪文だ」
「それってとっても役に立ちそう。内緒話がしやすくなる呪文ね?」
「君が言うとなんだか緊張感がないが……まぁ、そういうことだ」

カーラはセブルスが入学直後から呪文の開発などという高度な勉強を進めていたことを全く知らなかったので、驚いたとともに、セブルスの魔法研究に対する姿勢に尊敬の念を抱いた。確かにセブルスがいつも図書室へ通っているのは知っていたし、談話室でも難しそうな呪文の本を読んでいたが、自ら呪文を作り出すなどカーラには考えもつかなかったからだ。

「呪文の開発だなんて、私も見てみたいわ」
「駄目だ」
「ど──どうして?」

セブルスがにべも無く却下したので、カーラがムッとして抗議の意を示すと、セブルスは「危険だからだ」と即答する。

「未知の呪文を作り出すんだから、何が起こるか分からない。僕だってルシウス先輩にずいぶん助けられながら進めてる」
「そう……、残念だけどそういうことなら」

突然ルシウスの名前が出てきたので、内心どきりとしつつカーラは肩をすくめた。薬草学の温室に着くと、もう既に数人の生徒がお喋りしながら授業の準備をしている。カーラは何となく声を低くして、セブルスに尋ねた。

「ルシウス先輩とは、その──いつから親しいの?」
「何故そんなことを聞く?」

セブルスは鞄から教科書を取り出しつつ、訝しむようにカーラを見る。カーラは何でもない風を装いながら「別に」と答えた。

「勉強の面倒を見てもらうほど仲が良いなんて知らなかったから」
「別に仲が良いという訳じゃない。あの人はただ僕を──いや、何でもない。呪文の開発で助言を貰っているだけだ」

セブルスは露骨に言い淀んだ。カーラは「何を言いかけたの?」と問い詰めたいところをやっとの思いでこらえて「ふうん」と受け流す。そもそも何故こんなに、セブルスとルシウスの関係が気になっているんだっけ……カーラはそう考えると、全然気にかけるほどのことじゃないようにも思えてきた。ルシウスが恐ろしい闇の魔法使いという訳でもあるまいし、セブルスの交友関係なのだから、カーラがホプキンスおじさんに言われたこととは無関係のはずだ──そう自分に言い聞かせる。カーラはセブルスのことになるとつい首を突っ込んでしまいそうになる自分の傾向に気付き、「もうお節介はしない」という決意を改めて胸に刻んで、ひとり小さく頷いた。




* * *




「ああ、カーラ……私、パーティーへの参加は断ってしまったの」
「そんな!」

リリーは言いにくそうに、眉尻を下げてカーラを見やった。図書室の最奥部、マダム・ピンスの目が一番届きにくい席で、リリーとカーラは向かい合ってレポートを仕上げていた。リーマスは家の用事で実家に帰っているらしく、今回の勉強会はリリーとカーラの二人だった。

「あなたが来ると知っていたら、参加のお返事をしていたわ。でも、その日はちょうど呪文クラブのクリスマスパーティーにも誘われていて、そっちに参加するって返事をしちゃったの」
「そう、残念だわ……。私パーティーなんて初めてだから、プレゼントや服装をどうするかリリーに相談できたらと思ったんだけれど」

同学年で参加する友達はみんな男の子だし……とカーラがぼやくと、リリーはああ、と得心がいったように顎に手を当てた。

「そうね、スラグホーン先生のパーティーは何だか凄そう。上級生達もみんなすごく気合いを入れて来るらしいわよ」
「そんな、余計に心配になってきたわ。どうしたらいいかしら?」
「うーん、私たちはまだ一年生だし、そんなに豪華なプレゼントもドレスも要らないんじゃない?」

パーティーはクリスマス休暇が始まる前日の土曜日だから、制服は避けた方がいいとは思うけど、とリリーは付け足した。カーラはレポートそっちのけで、前のめりになってリリーを質問攻めする。

「リリーは呪文クラブのパーティーには何を着ていくの?プレゼント交換はある?」
「プレゼントはふくろう通信販売で買った呪文の本。呪文クラブだし、誰に当たっても喜んでもらえそうと思って。ドレスは、ママに送ってもらったワンピースを着ていくわ…」

リリーは「こんな感じの」と言いながら、手元の羊皮紙に、かっちりしたノースリーブの膝下丈ドレスの絵を描いて見せた。ウエストには飾りベルトがついていて、真っ直ぐすとんと落ちるシンプルなラインのワンピースはリリーによく似合いそうだ。

「とっても素敵!リリーに似合いそうだわ。色は──当ててもいい?そうね……グリーン?」
「すごい!どうして分かるの?」
「リリーの瞳の色が綺麗なグリーンだから、きっと映えるだろうと思って」

カーラが「ふふっ、当たったわね」と微笑むと、リリーは目を瞬かせて関心したようにカーラを見る。

「その通りよ!ママも同じこと言って、グリーンにしなさいって勧めたの……私は赤色がよかったんだけど。でもカーラがそう言うならグリーンで正解だったみたい」

リリーはそう言うと、「カーラに似合うのはどんなドレスかしら?」と腕を組んで考え出した。

「こういうのって、自分よりも周りから見た方がよく分かるのよね。カーラの髪はブロンドだし、瞳の色も優しい琥珀色だから、あんまり強すぎる色よりは淡い色の方が似合いそう……クリーム色のワンピースなんてどう?」
「クリーム色、いいかも!あまり持ってない色だけれど、リリーが言うなら信じるわ」

カーラがにっこりすると、リリーも嬉しそうに微笑んだ。結局、カーラとリリーはその日ドレスの着こなしやヘアスタイル、パーティーに持参するプレゼントなんかについて話し合うのに時間の大半を使ってしまい、外が暗くなり始めてから大急ぎで薬草学のレポートを仕上げたのだった。

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