12 新しい友達とパーティへの誘い

カーラは勉強は嫌いではない。むしろ闇の魔術に対する防衛術や変身術など杖を使う授業は大の得意だし、薬草学や天文学なんかの自然に関する科目も好きなのだが、魔法史と魔法薬学はどうにも苦手だ。その魔法史や魔法薬学にしたって、入学する前からロスメルタの古いノートや教科書を繰り返し読んでいたので、全く一から勉強を始めるマグル出身の生徒よりはアドバンテージがあった。それに入学前に簡単な魔法薬を調合してみたり、魔法史の好きな時代の教科書をめくっているのは楽しかった。しかしそれはあくまで自分の興味があるところだけを切り取って味わっていたからだと、カーラは授業が始まってから痛いほど思い知ることになる。

カーラとリーマスは、週末の閑散とした図書室で魔法薬学のレポートを仕上げていた。しばらくはカリカリと羊皮紙に羽ペンを走らせる音とページをめくる紙の音だけが響いていたが、やがて音が止まり、カーラが羽ペンを羊皮紙の上に放り出した。

「ああ、もう!この思い出し薬ってほんとに難しいわ。忘れ薬のレポートだったらよかったのに。どうしてこんなに、鍋に放り込む前に材料を煮たり刻んだりすりつぶしたりする必要があるのかしら?」
「うーん、材料の形状を変えることで効能が変わるから、むしろ鍋で煮込むより下ごしらえの方が重要みたいだよ。1850年代に、カサゴの脊椎を粉末になるまでしっかりすり潰さなかったライオネルっていう魔法使いは、調合中に爆発で首から下が透明になっちゃってそのままずっと戻らなかったって」
「そうなの?」

カーラは大きくのびをしたまま、目を丸くしてリーマスを見た。

「よく知っているのね!」
「えーと……実は受け売りなんだけどね」
「誰?まさか……ポッターやブラック?」

カーラは片方の眉を吊り上げて首を傾げた。リーマスが仲の良いポッターやブラックは、魔法薬学のみならずおおよその授業で優秀ではあるが、そのような豆知識を喜んで吸収するタイプには見えなかったからだ。リーマスはどこかバツが悪そうに頬を掻いている。

「ううん、違うよ。リリー・エバンズっていう──」
「あら、私の噂話?」

その時、突然澄んだ声が聞こえたのでカーラとリーマスは椅子から飛び上がって驚いた。そして背の高い本棚の裏から、一人の女の子が現れた──綺麗な赤毛を胸まで垂らしたグリフィンドール生だ。

「リリー!びっくりした、噂話って訳じゃ……」
「やだ、分かってるわリーマス。気にしないで。えっとあなたは──カーラ・グレイね?」
「私のことを知っているの?」

胸に手を当ててまだどきどきしているカーラに、リリーはふんわりと微笑んだ。

「ええ、もちろん。あの有名な事件の前から私は知っていたわ。リリー・エバンズよ」
「本当に?実は私も、あなたのこと前から知ってたの。改めて、私はカーラ・グレイよ」

カーラとリリーは握手を交わした。前にセブルスと会っていたのを見たから知っていた、とは何となく言えなかったが、初対面でもはっきりと分かるくらいにリリー・エバンズは明るく聡明で魅力的な女の子だった。鮮やかな緑色の瞳が印象的だ。

「さっきは驚かせてごめんなさい。スラグホーン先生が教えてくださった魔法薬学の本を探しに来たら、あなた達の声が聞こえたものだから……盗み聞きしたんじゃないのよ」
「そんなこと気にしていないよ。君から聞いた受け売り話を、カーラに披露してた訳だからね」

リーマスが照れ臭そうに微笑むと、リリーはからから笑って「お役に立ててよかったわ」と言った。

「私からもお礼を言うわ、魔法薬の知識が深まったんだもの」
「そんな改まって、恥ずかしいわ。ところであなたたち二人は何の勉強をしていたの?」
「魔法薬学の思い出し薬のレポートだよ。材料のハナハッカのエキスを絞る必要性についての記述で苦労していたところなんだ」
「私ったら、魔法薬学がどうしても苦手で……」

カーラがそう言って肩を落とすと、リリーは「あら!」と目を瞬いた。

「カーラが?とてもそんな風には思えなかったけど……魔法薬学の授業ではいつもスラグホーン先生に点を貰っているじゃない」
「私、魔法薬の調合をするのは嫌いじゃないの。だけどどの材料がどういう効果で、なぜこのやり方で切り刻む必要があって、別の材料と一緒に調合したときの相互作用は……ってレポートになると、どうも頭に入らなくって」

リリーはカーラの言葉に対し少し考えるそぶりを見せ、ちょっと待っててね、と言い残して何かを探しに行ってしまった。カーラはリーマスと顔を見合わせ、首を傾げる。どうしたんだろうと言い合っていると、リリーは胸に一冊の本を抱えてすぐに戻ってきた。

「あったわ!私が前借りて読んでみた本なんだけど、ちょっと変わった切り口から魔法薬の解説をしている本で……もしかしたらカーラの役に立つかもと思ったの」

リリーはそう言って頬を上気させながら、『魔法薬をフラスコの裏側から見る 初級編』と表紙に書かれた古い本を差し出した。適当なページを開いてみると、角ナメクジの大きな挿絵と、調合に使用する部位毎の詳しい説明が書かれている。リリーは知り合ったばかりのカーラのために、わざわざ魔法薬の本を探しに行ってくれたのだった。カーラはリリーのその気持ちが嬉しく、不安そうにカーラの顔を覗き込んでいるリリーににっこり笑いかけると、リリーはほっとしたように微笑んだ。

「リリー、どうもありがとう!とっても面白そう」
「確かに魔法薬学の本にしては、ちょっと変わってるね?」

ぱらぱらとページをめくっているカーラとその手元を覗き込むリーマスに、リリーは「そうなの!」と身を乗り出し、どんなにその本が素晴らしいかを語り始める。

「材料の効能がただ書いてあるだけじゃなくって、その魔法薬の用途から逆算して考えれば、おのずと扱い方も分かってくるっていうことが書いてあるんだけど。すごく興味深かったわ。特に第三章の『相手から真実を引き出したいとき』なんかは、真実薬の歴史についても書いてあって授業での調合にも役立つ記述があったし、きっとカーラも気に入ると思う。それに第一章の『基本の材料』では──あっ」

リリーは目をきらきらさせて前のめりに説明していたが、突然はっと口を噤んだ。カーラが顔を上げると、リリーは一方的に喋りすぎたと思っているようで、きまり悪そうに手で口元を押さえてカーラとリーマスを見ていた。

「ごめんなさい。私、つい魔法薬学のことだと夢中になって……友達のメリーにもよく呆れられるの」
「そんなことないわ!」

カーラは慌てて首を振った。

「あなたの説明を聞きながら、すっごく面白そうって読むのが楽しみになったんだから。私も同じ寮だったら、いつでもリリーの話を聞けるのにって思ったくらいよ」

リリーは少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「本当?そう言ってくれるとすごく嬉しい。魔法薬のことを話し合える友達っていないのよ──あっ、いない訳じゃないんだけど、グリフィンドールの皆はあんまり興味がないみたいで」
「魔法薬学で君に勝てる人は、少なくともグリフィンドールにはいないだろうね」
「そんなことはないけれど……そう言ってくれてありがとう」

嬉しそうに微笑むリリーを見て、カーラはふと良いことを思いついた──リリーも一緒に勉強会に参加すればいいのでは?

「それじゃ、リリー!どうかしら、私たちと一緒に勉強会をしない?私もリリーの話を聞いて魔法薬のこと、もっと知りたくなってきちゃった──ね?リーマス、いいでしょ?」

リーマスは「うん、もちろんだよ」と朗らかに頷いた。リリーは一瞬きょとんとした後、「あっ、でも魔法薬学だけじゃなく他の課題もやる予定なんだけれど、それでもよかったら……」と言いかけるカーラを遮って、「いいの?」と嬉しそうに身を乗り出した。

「そんなの、もちろんイエスよ!勉強会って、課題も片付けられるしお話もできるしとっても良いアイデア」
「そう?よかった!それじゃ、リリーも次からぜひ参加してね」
「じゃあ、次も再来週の土曜かな?また時間が決まったら僕からリリーに教え──」

その時「うるさい!」というマダム・ピンスの怒鳴り声が聞こえ、三人は飛び上がった。カウンターの方からどたどたと大げさな足音を立ててマダム・ピンスが近付いているのを察して、リリーは慌てて「それじゃ再来週ね、カーラ!」と声を低くして囁き足早に立ち去った。残されたカーラとリーマスはいかにも静かに勉強していましたという風を装って、再び羽ペンを羊皮紙に走らせるのだった。




* * *




カーラがスリザリン寮に戻ると、掲示板の前に人だかりが出来ていた。その中心では寮監のスラグホーンが、ルシウスや数人の上級生と何やら楽しげに話している。カーラが掲示板の方に近付くと、ちょうどその場にいたエバンとマルシベールがカーラに気付いて手招きした。張り紙は人だかりで読むことができなかったが、エバン曰くクリスマスにスラグホーン主催のパーティが催されるらしい。ルシウスはカーラが談話室に入ってきたことに目敏く気づいた様子でちらりとこちらを見たが、すぐに目線をスラグホーンに戻し、愛想良く微笑みかけた。

「……ええ、ありがとうございます先生。父も先生に会いたがっていました」
「それは嬉しいことだ、父君と学生時代によくチェスをして遊んだのが懐かしい!またファイアウィスキーで一杯やろうと伝えておいてくれないか」
「はい、伝えておきます。私もその席には是非」
「ああ。もちろんだとも」

ルシウスはスラグホーンの一番のお気に入りという立場を上手く利用しているとカーラは思った。そのしっとりとした心地よい声色はカーラに向けられるものとは全く違っているが、魔法界きっての貴族出身で眉目秀麗、しかも首席とあればスラグホーンでなくても側に置いておきたいと思うだろう。スラグホーンはふと、ぽつんと少し離れたところで鞄をごそごそしているセブルスに目を止めた。

「ああ、もちろん君も来てくれるだろうね、セブルス?私の開くクリスマスパーティだよ」
「えっ?僕──あー、僕は……」

セブルスは驚いて鞄を取り落としてしまった。自分が声をかけられることは全く予想していなかったらしい。ルシウスはそんなセブルスを見かねてさりげなく間に入り、「スラグホーン先生。セブルスは呪文の開発の才能があるようです」とセブルスの背中に手を添えた。

「ほっほう!その歳で新しい呪文の開発かね?素晴らしい!是非見せてもらいたいものだ」
「いえ、僕はまだまだで……つまり、披露できるようなものでは……」
「謙虚も美徳とはいえ、君はもう少し自信を持ってもいいと思うがね、セブルス」

スラグホーンはにっこり笑ってセブルスの手に招待状を押し付けた。セブルスはまだ行くとも行かないとも返事をしていないのだが、スラグホーンは当然参加するものと信じて疑わない様子だ。そしてスラグホーンのきらきらした目がカーラに向けられた。

「ああ、カーラ!やっと来たね。君にももちろん、招待状だ。参加してくれるね?美味しいごちそうにプレゼント交換もある」
「ええと──私は……ええ、はい。是非そうしたいのですが──」

カーラは一瞬、暖かな地下室の空気がひやりとしたように感じた。パーティは確かに楽しそうだが、ルシウスも間違いなくそこにいるという事実、そしてスラグホーンの隣でこちらを射るように見るルシウスの冷たい目──断った方がいいと直観的に判断した。

「なんと!用事があるのかね?君の友人のエバンとレオも参加するよ。それにセブルスも」

エバンとマルシベールの方を見ると、エバンはスラグホーンに略式のお辞儀をして感謝の意を示し、マルシベールはそんなエバンの陰でカーラに向かって肩をすくめてみせた。

「まあ、そうなんですね。お招きいただきありがとうございます。ただ私、そんな素敵なパーティには慣れていないものですから、かえって失礼になってしまうかと……」
「ミス・グレイ、嫌でなければ参加してみてはどうかな。先輩方とも話をするチャンスだと思うが」

カーラはルシウスの提案に、思わず目を丸くした。学校の中でも外でも、出来るだけカーラを遠ざけようとしてきたルシウスから声をかけてくるとは、一体どういうことだろうか。

「そう、ですね──ありがとうございます、マルフォイ先輩。では、是非参加させていただきます」

スラグホーンは「うんうん、そうしなさい」と満足そうに頷き、目ぼしい生徒に招待状を配り終えたのか、これで失礼するよと上機嫌で談話室を後にした。話の流れでついルシウスの提案を受け入れてしまったが、どういうつもりなのかさっぱり見当がつかず、カーラは頭の中は疑問符でいっぱいになった。ちらりとルシウスを横目に見ると、カーラに声をかけたことなどもう忘れたかのようにこちらを見向きもせず、上級生の友人と連れ立って男子寮への階段を降りていった。

- ナノ -