だって愛だからさ

「こい、ねえ」

次元さんは煙草の煙とともにその言葉を空にぷかりと吐き出した。山のように積みあがった灰皿の上にまた一つ吸い殻がのっかった。私はそれをソファに寝ころびながらぼんやり眺めている。何を考えているのか、次元さんもぼんやりと天井を見つめていた。
たった今次元さんがつぶやいた「こい」は、魚の鯉のことではなく、意図的だという意味の故意でもなければ煙草の味が濃いと言ったのでもない。ほかでもないこの私が、「恋」についてどう思います、なんて馬鹿げた質問をしたのだった。私が恋愛相談なんて、笑える。もっと笑えるのは、私の「恋」の相手は、相談相手の次元さんだということだった。本人は気づく様子なんて微塵もない。まあ次元さんと私の関係なんて、怪盗ルパン三世の右腕であるガンマンと、怪盗ルパン三世に雇われたハッカーの関係。つまり手を組んだ仲間同士であり、それ以上でもそれ以下でもない。年齢だってうんと離れていて、これが普通の恋でないことなんか明らかだった。それでもどうやら私は彼のことを好いてしまったようなので、関係を変に崩したりしないように、それでも何かに気が付いてほしくて、こんな奇行に走ってしまったのだった。
たっぷり時間をためてから、次元さんはおもむろに口を開いた。

「どうって言われてもなあ。そりゃあ、俺には無縁な単語だな。何、好きなやつでも出来たか」
「……まあ、そんなとこです」

そんなとこですだなんてどの口が言うのか。自嘲じみた笑みをこぼす。

「パソコンが恋人だって豪語してた我らがハッカー様がお熱たぁ、驚いたな。ルパンが聞いたら荒れそうだな」
「私だって花も恥じらう乙女ですから、そりゃ恋のひとつやふたつ、しますって」
「ほー、そりゃ失礼」

完全に馬鹿にした言いようだ。むうとふくれる。確かにひきこもってばかりいるし、おしゃれに気を配ることなんか不二子ちゃんに誘われてショッピングやパーティーに行くときくらいだ。しかしおしゃれに関心がないわけじゃないし、次元さんに女として見てもらいたいと思ってさえいるのに。

「ちなみにどこのどいつだ?場合によってはそいつと全面戦争しなくちゃならねえようだが」
「えっ」
「ウチのハッカーをどこの馬の骨とも知れねえやつに寄越すわけにゃいかねーからな」

一瞬でも期待した私がバカだった。ハッカーとしての私しか見ていないのだ。もしくは完全に保護者のノリだ。あーあここまで玉砕だともう何も怖くないなあと半ばやけになって言い返す。

「年上で、頼りになって、ぶっきらぼうだけど優しくて」
「お、なんだ。惚気は聞いてねえぞ」
「面倒見よくって、料理が意外に上手で、いざってときは守ってくれて、そばにいて安心する人です」
「…ほー。ずいぶんとベタ惚れじゃねえか」
「……そうですね。だいすきでした」

違う、でした、じゃない。本当はだいすきです、だ。今だってこんなに愛しい。でももう、散ったも同然。ああ、こんなことを言い出したのが間違いだったのだ。気づいてももらえないで、報われないとわかっていたのに、傷を抉るような真似をして。悲しい。悔しい。恋しい。涙が溢れて、気づかれないように寝返りをうって背を向けた。

「俺ァ恋なんてよくわからんが、まあ一つアドバイスするなら、そいつはやめとけってことだ」

聞こえた言葉にびくりと肩が震える。うわあ、もしかして遠回しに振られたのだろうか。まさか気づいてしまったのだろうか。とどめをさされた気分だ。あーあ、私またフリーのハッカーに戻ろう。もうここではやっていけない。ここでの皆との退屈しない毎日は、結構気に入っていたのだが。自分で蒔いた種だ、取り返しはつかない。とめどなく流れる涙をぬぐいきれず、嗚咽を我慢するので精一杯だった私の背中に声が投げかけられた。

「もっと身近にそいつと同じくらいの優良物件がいるからな」

優良物件。ぴたりと涙が止まった。意味がよくわからない。誰の事を指しているのだろう。

「年上すぎるくらいだが年上で、優しいかはしらねーが世話焼いてやるし、料理もまあそこそこできるし、そいつよりお前のことを絶対守る。何より、そうやってお前を泣かせたりしない」
「……え」
「どうだ、なかなかの優良物件だとは思わねえか?」

涙でぐちゃぐちゃの顔を見せるのも厭わずに、体を起こして次元さんを見た。次元さんは帽子で顔を隠していたが、帽子をずらしてちらりと私を見た。真剣そのものの眼差しに射抜かれて、呼吸を一瞬忘れる。
目の前のガンマンは、本当に恋ってものに疎いらしい。私が他の誰かを想って泣いていると思っているようだ。他でもない、貴方に焦がれて泣いているのに。

「…悪い。こんなこと、もう言うつもりなかったんだが…そんなお前見たら、我慢できなかった」

もし嫌なら、忘れてくれなんて言う次元さんは、もしかしたら私と同じ気持ちを抱えていたのかもしれない。関係を壊すのが怖くて、拒まれるのが怖くて、言ってはいけないと閉じ込めていた。
ずっと報われないと思っていた。

「……それって、恋ですか」
「…そんなきれいなものじゃねえよ」

ううん、それって恋ですよ。どれだけ歪でも、私と同じ、恋です。涙をぬぐってそう口にする。遠回りしたぶん、ひとまわりもふたまわりも大きくなったこの気持ちを、今なら伝えられる気がする。

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