dream | ナノ


「どうぞお掛け下さい」

「Oh…遂に俺のWifeになる決意が…」

「はっ倒しますよ」

名前は腕を振り上げ素早く地面を叩いた。その瞬間響く轟音。油断していたのか彼女の動作途中にもぼうっと呆けていた政宗は、次の瞬間気が付いたら地面に突っ伏しているというなんとも無様な格好をしていた。普通の男ならば怒り狂うほどの醜態だ。

「…相、変わらずっ…お前の愛は痺れるぜ…っ」

「痺れるのは愛ではなく私の婆裟羅が貴方様同様雷だからです。変なこと言わずにさっさと座って下さい」

だが彼も名前同様、普通の環境では育てられていない。幼なじみという特権ゆえ昔からこのような行動が多いため、醜態も醜態だと感じないようになっていた。政宗の婆裟羅が開花された同時期、名前も同じ性質の婆裟羅を開花させている。幼い頃は政宗を真似て女という性別も気にせず、小十郎に無理を言いながら同じ稽古をしていたせいだ。今ではこのように護身に使えたりしているが、治療にも効果を発揮したりと使い勝手が良く重宝している。医師である名前からすれば、幼い頃からの稽古は戦場に赴いた時の必要最低限の護身にもなっているため、何事にも手は出してみるものだと感じさせている事柄だった。
政宗は突っ伏していた姿からのそりと起き上がり、医師としての表情をしている名前を見るなり小さく頭を掻いた。やれやれ、とでも言いたげなその態度に名前の米神に青筋が浮かぶ。それを見つけた途端、流石にやばいと感じたのか彼は大人しく座布団に腰を降ろした。胡坐をかきながら膝立ち状態の名前を見上げ、満足そうな顔をした彼女を疑問に思いながらも口角があがった。
──ほとんどの女は下から見上げる顔は不細工だと相場が決まってるが…。
どんな角度からでも彼女は美しい。名前の話も聞かずにその顔に見惚れていた彼が、彼女から鉄拳を食らったのは言うまでもない。

「…ッ!As ever violent…!」

「日本語でお願いします。…さあ、早く左手を」

「Wha、あー。…なんでだ?」

「私は医師です。貴方様の手首の異変くらいとっくに気付いてますよ」

「Ah…流石だな」

名前は大人しく差し出された彼の手を取る。動かすたびに痛むらしく、此処に来た理由が明白となった今呆れの溜息しか出てこなかった。捻ったなら捻ったと、正直に言えば無駄な労力を使わずに済んだものの。実を言えば、名前は最初に迫られていた時点で左の手首に異常があることを見抜いていたのだが。怪我人だと知りながら容赦の無い彼女はやはりどこかズレているのかもしれない。

「固定しますので動かないで下さいね」

「Okay」

「日本語」

「…はいはい、わかった」

手際良く施しながら、政宗の口調を正す名前はもう慣れたものだ。幼少、彼が梵天丸という名だった頃、友も居らず母親にも疎まれ、ほとんど一人と言っても過言ではなかった政宗を救ったのは小十郎と名前だった。その頃から名前を慕い、彼は焦がれ続けている。今のように穏やかな気分でいさせてくれる彼女に対し、小十郎とは毛色の違う想いを抱いたのはいつ頃からだったか…。名前に触れている左手に神経を集中させ、不謹慎ながら彼女の手の柔らかさを堪能しながら政宗は頭を働かせた。伊達軍の医師をしていた名前の両親の助手から始まり、彼女が助手ではなく専属の医師として雇われた頃から彼女の態度は幼なじみというものよりも一歩か二歩は下がってしまった。元服も終えた身になり政宗が城主になったなら、名前はついに敬語で話しだした。それに対して面白くないと感じ拗ねたのは覚えている。今よりも堅苦しい態度で接していた名前に距離を置かれた感覚が、政宗には耐えがたい苦痛だった。城主と雇われ人ということで、仕方がないといえば仕方がないのだが。

「…さ、終わりましたよ」

「Oh…ああ、痛くねえな。ありがとよ」

「はい。…放して頂けませんか」

「Refuse.断る」

「断るな」

今では時折崩れる敬語を確認するだけで頬がゆるむ。そんな政宗を知ってか知らずか、最近彼女は敬語が荒々しい。ただ単に政宗の行動に嫌気がさしているだけの可能性もある、が。彼はそんな可能性は聞いて聞かぬフリをするため嬉しく思うばかりだ。些か可哀相な気がしてならない。

「まったく…大体、その手首では暫らく稽古は禁止ですが、稽古以外にもやるべきことは多くありましょう。自室にお戻り下さい」

「No problem.小十郎は畑だ。戻ってたとしても成実がなんとかすんだろ」

「そうだとしても……いいえ、もうどうでも良いのでとりあえず手を握らないでください。…いや、揉むのもちょっと……擦るなっ!」

「なんだよ、じゃあどうすりゃいいんだ」

「放せ。触るな」

「いやだ」

「……はあ、もう」

諦めたのか、空いている手を額に添えて名前はうなだれた。そこらに置いてある道具を早々と棚に戻したいもどかしさに襲われるが、自身の手を嬉々とした城主に握られているためそうもいかない。ちらっ、と名前は外を眺めた。陽の傾きを確認して今の時刻を予測する。
──もうすぐ騒がしくなるかな。
頭の中で浮かんだ事柄に、出来れば巻き込まれたくないなあと思いながら名前は政宗を見据える。毎日毎日、飽きもせず自身に行き過ぎる想いをぶつける幼なじみにして城主である彼。呆れる程進撃な想いは頭が痛くなることが多い。今も握られている手の温度を感じて、彼はなぜ自分に執着するのかとなんとなしに考えてみた。
政宗が名前に迫るようになったのは、彼女にお見合いの話が舞い込んだ時からだ。名前の両親が友人と酒の上で交わしたお遊び程度のものだったが、それでも政宗が勝手に破談とさせていつのまにかそれを御釈迦にしていた。情報源は成実だとわかっているので然程不思議には思わなかったが、それから始まった異様な好意の押しつけ。幼なじみを取られるという嫉妬を勘違いしているのかとも考えたが、勘違いにしては長すぎる期間言い寄られているためその考えは当の昔に消えていた。



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