dream | ナノ


「梵」

「……は?」

「あ、ごめん。政宗」

「お、おう?」

突然呼ばれた幼名に驚いたあと、敬称が消えた名を言葉にされて政宗は戸惑った。いきなりなんだ?と内心首を傾げるが、それよりも懐かしい響きに嬉しさが増す。名前自身、何故急に彼を呼び捨てにしたのかよくわかっていなかった。しかし、嬉しそうな顔をして手を握る力を強くした政宗に、まあいいかと考えることを放棄して眉を下げた。

「…特別に旦那様って呼んでも良いぜ、Honey?」

「……はあ」

どこまでも相変わらずである。内心どころか本人を前にして盛大に溜息を吐き、嬉しそうにしている彼を余所にやれやれ、と首を振っていたら遠くから騒がしい音がすることに気付いた。どたどたどた。どかっ!何かを殴ったような音に名前は首を傾げた。

「梵ちゃーんっ!此処に居るっしょーっ?!」

「政宗様っ」

「Oh…なんだ二人して、五月蝿ぇな」

名前の手は握ったまま、政宗は突然の来訪者である成実と小十郎に向かって嫌そうに言葉を吐いた。折角の名前との逢引きを邪魔すんな。顔にはそう書いてあるのがありありとわかる。二人が傾れ込んできたことに、ああやっぱりと考えながら名前は先程と同じように陽の傾きを確認した。
──思ったよりも遅かったなあ。
成実が頭を抑えていることに気付き、ああ、彼はちゃんと小十郎様の足止めをしていたのか、と二人が予想よりも現われるのが遅れた原因に気付く。大方、騒音に紛れていた殴るような音は、足止めを食らったと此処に来る途中で気付いた小十郎が実際に成実を殴ったということだろう。良いように使われている成実に名前が微かに同情したのは内緒だ。

「五月蝿ぇな、ではありませんぞ、政宗様。見張りが居ないのを良い事に執務を投げて道場に居たとか。鍛練したくば執務を片付けてからとあれだけ申しましたものをっ!怪我までなされてっ!」

「あー、そう怒鳴んなって小十郎、な?梵だって息抜きが必要なんだって」

「テメェは黙ってろ成実っ!」

「こわっ」

「…あのー」

「ああ゙っ?!」

「小十郎、名前にまで当たんじゃねえ」

小十郎と成実の熱くなっていく会話に口を挟み、小十郎に思い切り睨まれてしまった名前だが彼女は小十郎に対して恐怖心を持っていないので気にしない。もう十数年と見慣れている顔だ。一々怖がっていたらキリがないだろう。
それよりも、騒がしくなっていく自室に城主と伊達三傑の内二人がずっと入り浸るのはよろしくない。自室とは言っても、名前のこの部屋は診療所の役割も任っている。つまり、お偉いさん方が居ると腰が引けてしまうような一介の女中なども気軽に入れるようにしなければいけないのだ。怪我や病気は万人に共通する厄災だ。診療所に入ることに尻込みされて命に関わるような事態になりでもしたら、それこそ信用も何もかも無くなるだろう。医師として、治せるものを治さなかったとなったら後悔してもし足りない。

「──と、言うことなので、どうかお引き取り願います」

「ん、そうだな……悪い、邪魔した」

「いいえ、小十郎様のせいではございませんので」

「Shit!小十郎っ、引きずんじゃねえッ!」

「梵…いい加減に諦めようよ」

小十郎に襟首を捕まれながら遠ざかっていく政宗。離れなかった彼の手も成実になんとか外してもらった。拗ねた顔をした政宗に、城主の威厳などどこにも見えはしなかった。

「…疲れた」

「またまたぁ、そんなこと言っちゃって。なんだかんだで梵のこと好きっしょ?」

「はあ?成実…あんたまで頭わいちゃったのね…」

「うわ、やめてその可哀相なものを見る目……あ、本気でへこんだ」

「馬鹿なこと言うからだよ」

遠くから聞こえてくる政宗と小十郎の言い合いに二人して苦笑したあと、名前は床に置かれた道具を手早く棚にしまった。しまい終わったあと後ろを振り返り、今だに廊下に立っている成実に顔を向ける。にやにやとした笑みを張りつけて、楽しそうな雰囲気を出す彼は政宗に似ているようで、けれどあまりにも違っていた。

「俺、あのお見合い事件以降、名前が他の話も全部蹴ってんの知ってるんだよねー。……それはなんでかなあ?」

すべてお見通し、と言わんばかりのそのにやけ顔に名前は目元を引きつらせた。ぴくぴく、と痙攣する目元。苛立ちが募ると起こる現象だ。
懐に忍ばせている刃物を構える。にやけていた顔がそのまま固まり、徐々に青くなっていく様を見て名前は冷笑を浮かべた。これを言うのは本日二度目だ。彼女の気は、温厚そうな見た目と違い決して長くなどない。

「…遺言はある?」

「あ、はは…んじゃ、俺も戻るね…っ」

「一生来るなぁっ!」

刃物を投げる前に逃げ去った成実に叫び、名前は肩で息をした。両手に構えていた刃物をゆっくりと、息を整えながら懐にしまう。
数々の見合い話を蹴っているという話は事実で、名前の歳ではもはや婚期を逃していると言っても過言ではない。齢十三にもなれば皆嫁ぐのが普通なのだ、そう考えると名前はやはり遅咲きと言える歳だった。

「…あーあ」

世間体と、自分の意地が邪魔をして素直になれないなど、彼に言ったらどうなることやら。
そこまで考えて、名前は赤い顔のまま息を吐いた。



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