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陽が傾き始める昼下がりの午後。
午前の勉強が終わり、紅茶を飲みながら一息をつく。
少し酸味の効いた木苺のタルトとミルクティーのまろやかな風味がちょうど良く交わっている。

「国境警備も内政も全部、叔父様の元で動いているというのに、国民はお父様の命令で動いている思っているなんて。なんだか、変な感じ」

いくら、国民の不安を募らせないように。周辺国からの威圧を緩和させるためだといっても、朝から晩まで、国をより良くしようと政策を練っているのは叔父様なのに。

「仕方ありませんよ。あくまで、大公代理ですから。ついでに言わせてもらいますが、その訳、間違っている」と、家庭教師のエーミールが、紅茶を啜りながら呟いた。

そう、この彼こそが公室専属家庭教師だ。
先月まで、公務の関係で東部の街にいた彼の代わりに教師免許のあるマンちゃんが家庭教師を務めていた。

「古語なんて学ぶ意味あるの?こんなの誰も使わないって。死者の言語も同然よ」
「じゃあ、死者の言語すら身につけることもできないエレナは一体何者なんやろねえ」

そして、マンちゃんと良い勝負のなかなかのスパルタ教師。
説明はわかりやすいのだけど、飲み込みが遅いとこうやって遠回しに小馬鹿にしてくる。

子供の頃からほんの少しだけ、物覚えが良かったからって。ほんの少しだけ本を読んでいたからって。ほんの少しだけ......

「妬みはよくないで」

表情に出ていたのだろうか。彼の言葉は、まるで私が心に思っていることに対する言葉にも聞こえた。
昔から勘が強いんだよこの人。どんなに嘘が得意な人だって、この人の前では通用しないのではないかと思う。

「あら、そう」

落ち着け、私。落ち着くのよ。ここで乗せられたら、彼の思うがツボ。
私は本で顔を隠し、こっそりと舌を出した。これで少しは腹の虫もおさまるだろう。

「とにかく、その『大公代理』っていうのが、おかしいのよ。いくら世襲制だって言っても、叔父様は知識も経験も豊富だし、それに正直なところ、私なんかが大公を務めていいのかなって」
「なんか?どうしてそのようなことを仰せられるのです?」

エーミールはカップをソーサに置くと、不思議そうに薄い空色の瞳を向けた。

「女大公なんて歴代の大公の中で一人もいないのだもの。『こんなの異例だ』、『何か不吉なことが起こるに決まっている』とか言って反対する人もいるわよ」
「それもそうかも。あんたが大公とか何回輪廻転生しても嫌やわ」
「私が何もしないからって好き勝手に言って......!私が大公になったら、即首切りしてやる」

勢いよく椅子から立ち上がり、窓際に立つオスマンの方を指差すエレナ。指を差された本人は眉間にしわを寄せた。

「これぞ、まさに暴君や。恐怖政治。ああ、恐ろしい」
「何よ!なんなら、泣く子も黙る恐ろしい傍若無人な恐ろしい暴君になってやる!悪逆非道の独裁政治の開始じゃ!」

ペンを剣に鈍器のような分厚い辞書を盾に見立てて、睨めば、「怖い怖い」なんて微塵も思っていないような言葉を漏らす。そして涼しい顔のまま、手にしている本に目を落とした。