のっぽちゃんとお客さん

放課後のバイトの時間を、店内のカウンターに肘をついてぼーっとしていると、背伸びをしたカフェ・ドゥ・マゴの店主である年配の男性にメニューで思いっきり頭を叩かれた。
高校が終わると、このカフェの制服に着替えるために全速力で駆けつけ、なに食わぬ顔でバイトをしているが、ある程度登下校の時間が過ぎたカフェは、穏やかな時間が過ぎていた。


「のっぽちゃんちゃん、そうやる気のない顔でぼーっとされちゃ困るよ。君ただでさえ目立つんだから、ホラ、テーブル拭いてきて」
「はーい」


渡された布巾を手にテラス席のテーブルを拭き、椅子の上に汚れが残っていないか見て回る。
この高身長を買われて受かったバイトではあるが、自分の役目はとにかく目立って人の目を引くことらしい。
その辺の男子より高い身長と、一応は女の子なので、細顔ではある自分は男だと思ってた見れば中性的な顔が好みのお客さんを呼び込めるらしい。
自分の拭く机に自分のもの以外の影が落ちてきて、お客さんだと思い顔を上げて挨拶をする。


「いらっしゃいませー………あー…」
「なんだよその反応は、せめて愛想よく返事しないとカフェに立ってる電柱だぞ。お前」


なにやら大きい茶色の封筒を小脇に抱えた彼は、先日親切にしてやった自分に罵声を浴びせ続けたヤバい人だ。


「………どうぞ」
「案内されなくても席はきまってるから」


ああそうですか…。やっぱり心底苦手だなこの人。どうして康一君はこんな人と友達になれたんだろう。
じろじろと頭のてっぺんからつま先まで凝視してきた彼は、茶封筒を机の上に置いて固定席らしい席に座った。


「…仕事の打ち合わせがあるからね。少し長い時間になる」
「承知いたしました」


えぇっと、この人の名前なんだっけ。本当人の名前を覚えるのは得意ではない。


「ごゆっくりお寛ぎください。岸辺露伴さん」


合っていたかな。うん多分合ってるとおもう。簡単に注文を取ってカウンターに戻る。
オーナーに聞けばかなりの常連さんらしい。
今までシフトが被らなかったのが奇跡だったというわけか。
今日は7時頃に上がるつもりだ。
珍しく康一君が今日バイト終わりに由花子ちゃんと3人でご飯を食べようと言ってくれた。
由花子ちゃんは綺麗で可愛くてお淑やかで自分の憧れの女の子だ。嬉しくなって鼻歌を歌いながら人のいない店内のカウンターでオーナーの驕りのコーヒーを飲んでいると、ハタと岸辺露伴さんと目があった。
軽く愛想笑いをすると、何かをスケッチしていたらしい鉛筆の動きがエライことになっている。
…………やっぱりこの人は苦手だ。















この岸辺露伴が担当に電話しわざわざ原稿受け取り且つ打ち合わせの曜日をズラしてもらったのにはわけがある。
この間すっかり仲良くなった恥ずかしがりの可愛い大きな生き物を定期的に眺めることだ。
あれから康一君にお礼がしたいからとしつこく彼女の事を聞いてみたが、康一君は彼女が恥ずかしがり屋だから、忙しい子だからと中々連絡先だとか、住んでる家だとか、教室はどこのクラスだとな好きな色だとか動物だとか食べ物だとかを全く教えてくれなかった。自力で探してみようと取材がてら街を双眼鏡を持ってウロウロしてみたものの、あのよく目立つ生き物は影どころか全く見つからなかった。
おかしいな。この双眼鏡のおかげでサバンナで遠くからでもキリンが見えたというレビューがあったのに……。
それでも一週毎日康一君をつかまえているうちに彼にも僕の熱意が伝わったらしい。
連絡先は教えてくれなかったけれど、彼女のバイト先は教えてくれた。
そういう経緯で、僕は原稿と新品のスケッチブックを持って何時ものカフェに参上したわけだ。うん
遠くからでもすぐわかった。一生懸命飾りの小さな花瓶を拭いているその姿は大きいアライグマがせっせとリンゴ磨いてる姿に似ている。可愛い。
やっぱり康一君が言っていた通り恥ずかしがりらしい彼女の、遠慮がちな笑顔もそれはそれで良い。
じっくり彼女を見るが、惜しいのはその制服だ。ここの女の制服はミニスカートだった筈なのに、彼女が履いてるのは男が履くようなズボンと靴だ。
それにエプロンをつけて、シャツを袖捲りしている。
わかってないなここの店主は!彼女はスカートにしたほうが良い!あわよくばもっと可愛いエプロンを着せるべきだ!
折角の大きくて可愛い生き物がこれじゃ台無しじゃないか。



「ごゆっくりお寛ぎください、岸辺露伴さん。」


そんな事をグチャグチャ考えていた自分に、ふんわり笑った彼女はそう言って、伝票片手にカウンターに戻っていった。
担当が来るまでスケッチブック片手に給仕を終えた彼女がカウンターで店主と話している姿をスケッチし続けた。
時折目の合った彼女は、困ったように低く片手を上げて笑ってくれる。
畜生。このまま担当なんて来なければ良いのに。



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