のっぽちゃんのきょうだい



「見え見て華子!これあの岸辺露伴先生に書いてもらったんだよ〜凄いでしょ〜」



大きい癖に相変わらずぼやぼやとした姉は、自分に向かってLINEのプロフィール画像を向けては嬉しそうに自慢する
6人姉弟の全員に自慢して回っているせいでさっき華子に画像を見せてきたことをすっかり忘れてしまっているらしい。


「それよりお姉ちゃん、試験はどうだったの?私が教えたんだからそれなりに点は取れたんでしょ?」
「まぁまぁ華子、心配しないで、お姉ちゃんちゃーんと言われた通り頑張ってきたから」


そう言うと姉は今日その漫画家の家で作ってきたらしいカレーの残りを鍋に入れて、少しの水を足してからグツグツと火を入れる。
のっぽちゃんのひとつしたの妹である華子は、自分と同じくちゃぶ台に教科書を広げる弟達に片付けてご飯の準備を手伝うように指示した。


「華子姉、俺洗濯畳んでくる〜」
「ありがとう初、ついでに次郎に風呂掃除言いつけておいて」
「ほーい」


姉弟のうち5人が全員年子というのは、喧嘩すると厄介だが、こういう家事分担においては能力差が少なくて便利だ。
遠方に単身赴任の父。一家の稼ぎ手として主力を担っているキャビンアテンダントの母は家族を養おうと次々と仕事へ出ているので、もはや母は地上にいることの方が少ない気がする。
とにかく、そんな滅多に揃わない一家に更に幼い妹が加わって、背丈家の姉弟はそれなりに幼い妹の面倒を見ようと一致団結して機能していた。
家の中を見回って一人足りない事に気付いた華子は風呂を荒々しく磨く次郎を捕まえる。


「アレ三郎は?」
「遊びに行ったままだよ。多分適当に帰ってくるよ」
「ふーん」


泡だらけの浴槽に湯を流す次郎には、二つも年下の癖に自分よりもずっと背が高い。
全くこの家の人間は、標準体型の自分以外は揃いも揃ってきゅうりみたいに細長い。
風呂場から床に落ちているゴミを拾いながら居間に移動し、器の準備をしてからカレーに具を足しているのっぽちゃんの隣に立って、何か手伝える事はないか。と声をかける。


「んー…大丈夫だよ。華子も座って待ってなよ」
「いいよ私は、それより新しいバイト先の話聞きたいな」
「露伴先生の事?何度も言うけど失礼だけど割といい人だよ。でも華子は連れてかないからねー。華子小さくて可愛いから、露伴先生に目をつけられたら大変なんだから!!」


多分先生は小さい物が好きみたいだよ!
という姉はどうも自分がプレゼント攻撃にあっている事も、なんやかんやで確実に距離を縮められてきている事に気付いていないようだ。

(嫌……むしろ気付かない限り永遠に距離は縮まらないのか…)


そう思うとなんとなく、あった事もない岸辺露伴先生が可哀想に思えてきた。
鼻歌まじりに四人分のカレーを注いで周る姉は小さいネックレスをしている以外に年頃の女の子らしい物を少しも持っていない。
家族が多いのと、ひとつしか歳が変わらないのに長女だからなんとなく。
バイトをしてご飯を作る彼女が母親代わりのようになってしまっている事が、華子には少し申し訳なかった。
中学生の自分にできるのはせいぜい、勉強面で姉を含む兄弟全員の面倒を見てやる事くらいである。













「あれ。お姉ちゃん、まだ寝ないの?」
「あー。華子。初のバスケのユニフォームついに派手にほつれちゃったみたいで……」
「あー本当だ。凄い。あいつどんだけ荒々しいプレーしてんの」


お風呂から上がったばかりの華子が髪を拭きながら居間に行くと、先に寝ていたと思っていたのっぽちゃんが裁縫道具を広げていた。
のっぽちゃんが夜中チクチク一生懸命直していたユニフォームの脇腹には、ほつれた長い糸とそれによってぱっくりと穴が開いていた。


「姉ちゃんそれくらい初にやらせなよ。もう14なんだから針くらい使えなきゃ」
「でも華子、初スッゴくバスケ強いんだよ?今度県代表になるんだし……私普段応援行けてないから、これくらいはね」


だから。そういう事をしてるから所帯染みてくるんだっての。
16歳の癖にお母さんが板に着くなんて、そんな恐ろしい事はやめてほしい。
濡れたまんまの短い髪にタオルをかけてやる。


「乾かさないと痛むよ」
「大丈夫だよ。すぐに乾くからショートにしたんだし……」
「お姉ちゃんさぁ、もし好きな人が長い髪が好きだって言ったらどうするの?」


それはほんの興味本位の質問だった。
今迄縁遠い姉の色恋沙汰なんて、もしもあるのなら面白そうだと思ったのもある。
だけどどこかで、まぁないだろうな。と思っていた。
だからこそのっぽちゃんの顔がわかりやすく赤くなって、困ったようにソワソワし始めた様子に華子はただ絶句するしかなかった。


「おねぇちゃん……いるの?」
「えぇ!?いっ…いないよっ!!だって!あれから一回も会えてないし!!」
「ひっ…ひとめ惚れなの!?」
「なんでわかったの!?」


今自分で一回しか会えてないって言ってただろうが。と喉元まで上がってくる言葉を飲み込んで、華子は目の前で乙女よろしく恥ずかしがりながら赤らむ姉を見て考えを巡らせた。
お姉ちゃんの好みのタイプ。好みのタイプ。
まさか、そんな。
そうやすやすと存在しないと思っていたのに


「お姉ちゃんより大きかったんだねその人…!」
「う…うん。なんかちょっと助けてもらっちゃって、かっこよかった……」


思い出せのっぽちゃん。
アンタは前にもバイト先で他の人に助けられているでしょうが。


「露伴先生って苦労人なんだね…」
「へぇっ!?なんで急に露伴先生!?」
「ううん…別に」


会ったことはないがなんだか岸辺露伴先生が凄く可哀想に思えてきて、おかしなテンションで縫い針を動かす姉を見つめながら、自分だけは露伴先生を応援してやろうと華は静かに決意した













岸辺露伴が遅くまでやっている街のコーヒー店にベーグルだけの買い物に来たのは、また明日からやってくるのっぽちゃんに餌でも買っておいてやろうと思ったからだ。
ここのベーグルは硬めで自分は好まないが、この甘すぎず且つ食べるものの心を折る勢いで硬いベーグルが彼女の好物らしく以前偶々担当編集者が持ってきた際にのっぽちゃんがもちもちもちもちと無言で延々と咀嚼している様は頬袋を持つあざとい小動物みたいだった。
それにしてもまぁ。よくもあんな硬いパンが噛めるものである。
店内に入ってすぐ、店主と小学生らしき子供が何やら言い争う声が聞こえた。


「だからねぇ、僕。おじさんはもう遅いから買いたいならお母さんと一緒に来なって言ってるんだよ」
「意味ワカンねぇよ!子供でも俺だって客だろうが!」
「……はぁ。参ったな。要はね、おじさんは君みたいな子供がこんな夜中に一人で出歩いちゃダメだって言ってるんだよ。最近は色々物騒なんだからね」
「いいからベーグル売れよ!家でねぇちゃんが待ってんだ!!」


随分口の悪い生意気なガキだ。
店主の言う通りその子供はせいぜい小学生六年生くらいだろうか。
時刻は夜の9時。これでは店主が心配するのも仕方ないかもしれない。


「おいガキ。邪魔だぞ。いいからどけ、お前がそう言って喚いている間僕が永久に買えないだろうが」
「はァ?おっさんは引っ込んどけよ!!」


なんて生意気なガキだ!!完全にカチンときた露伴が子供の頭を思い切り掴んで無理矢理こちらを向かせる。痛い痛いと喚いてからこちらを睨みあげた子供は、予想外な事に最近露伴の思考の大半を占めている人物によく似ていた。


「………おい少年。よく見ると君は中々良い顔をしているじゃあないか。こんな夜中にお姉さんのために買い物だなんて見直したよ」
「……フン。今日ねえちゃんのテストが終わるんだ。アイツも最近忙しいみたいだしな」
「ほぉ。忙しいというとバイトか部活でもしてるのかい?」
「まぁな!最近漫画家の家に手伝いに行ってる」
「…………よし。良いだろう少年」
「少年じゃねぇ背丈三郎だ」
「この岸辺露伴が君と君のお姉さんのためにベーグルを買ってやろう。いいか三郎君。お姉さんにはしっかり親切な"岸辺露伴先生"に偶然助けて貰ったと言うんだぞ。いいかい。一文字のミスもゆるさないからな」


何やら戸惑って固まっている、のっぽちゃんによく似た少年に代わりに買ってやったベーグルの袋を押し付けた。
しばらく混乱したようにこちらを見ていた少年もどうやら今の状況がだいぶ飲み込めてきたらしい。この子はのっぽちゃんよりも随分ずる賢い笑顔を浮かべると、満面の笑顔で"ありがとう義兄ちゃん!"と言って店を飛び出していった。
自分に都合のいい事に柔軟に対応できる賢い子供は嫌いではない。

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