のっぽちゃんと恋の季節
通学中のバスの中で、のっぽちゃんは片手に吊革。片手で漫画を読みながら通学時間の暇をつぶしていた。
ここのところバイト先の一件ですっかり怖気づいた自分は流されるまま露伴邸で主に高いところの掃除と雑務をこなす日々を送っている。
想像したよりも高い給料を丁重にお断りし、時々幼稚園帰りの妹を連れてお邪魔する。
貸してやるよと言われて渡されたピンクダーク少年を、こうして空いた時間にコツコツと読むのが最近の日課だった。
そういえば今日は露伴先生は遅いと言っていたな。
遅くなるからーなんてすんなり家の鍵を渡されてしまってて、流石にのっぽちゃんも心配する。
がたんと、不意に何か大きな投棄物にでも乗り上げてしまったのか、バスが大きく傾いた。
予期せぬその揺れに、集中力を手元の漫画にやっていたのっぽちゃんは思わずよろめき、持ち直せず滑るように後ろ向きに倒れた。
(ああっ…!後ろにいる人ごめんなさい!)
185センチある自分では完全に後ろの人間を巻き込んで倒れてしまうだろう。
とっさに目を閉じた自分に遅れてやってきたのは、床や誰かを踏みつける感覚ではなく、男の人のがっしりとした体に受け止められる感覚だった。
「ぇ……?」
「おい君。大丈夫か?怪我は?」
自分の頭上から声が降ってくるというたいそう不思議な経験に目を白黒させながら上を向くと。そこにはとても整った顔立ちに、グリーンの瞳の男性が不審そうに固まるのっぽちゃんを見下ろしていた。
「あ……ッ!?すいません!?潰して……ないでしょうか?」
「大丈夫だ。むしろこんなおじさんが受け止めて不快じゃなかったか?」
「そんな!!全然ほんと!!ありがとうございます!!」
バスが止まる。
白いコートを着た男性は、それなら良かった。とそれだけ言うと颯爽と降りていった
あの人の匂いとか、男の人に抱きとめられる感覚がまだ残っていて、恥ずかしくてムズムズする。
のっぽちゃんはそれ以降、高校につくまでまったく文字が頭に入ってこず。漫画の絵をただただ見つめていた
「……ということがあったの」
はぁ。とため息をついた彼女に広瀬康一は固まってしまった。
場所は放課後の露伴邸。最近こちらでお掃除のバイトをはじめたのっぽちゃんを心配して訪ねて見ると、彼女は物憂げにあらぬ方向を見てぼーっとしたまま叩きを握りしめて停止していた。
そのすがた。まさか恋煩い!?ついに先生の何か間違った恋路が進展したのかと探りを入れてみたものの、出てきたのは到底先生には聞かせられないレベルの威力をもった爆弾だった。
「……へぇ。じゃあその人とはそれきりなの?」
「うん……そうなの。もっとちゃんとお礼とかしたかったんだけどね……なんだか上手く言葉が出て来なくって」
「そっか……」
「凄く目立つ人だと思うんだよね、康一君も見た事ない?」
「うーん……うーん」
間違いない。
ホントは185センチあるくせに乙女心で3センチサバを読んでみたりする可愛い女の子で、しかい大きなのっぽちゃんを立った状態で軽々と受け止めて、なおかつ頭上から声をかけられる大柄で白いコートの人物。
心当たりがあるなんてもんじゃない。
ガッツリと知り合いである。
(承太郎さん……!何て事を!?)
そういえば彼の奥さんと子供が杜王町にやってきたと聞いたのは先週の事だ。
こちらにいる間奥さんが少し遠くの歯科医院で勤めるので、バスで通勤する彼女に付き添っているという話を、そういえば前なんとなく聞いた気がする。
「のっぽちゃん、その話は露伴先生には言わないほうがいいと思うよ」
「へ?なんで?」
「……先生あんまり恋バナに興味ないから」
だがしかし、岸辺露伴という人間は自分達が思っている以上にのっぽちゃんちゃんが大好きらしいこともよく知っている。
もしかしたら既に彼女の変化をどこからか嗅ぎつけているかもしれない。
これは荒れる。一波乱くるなという予感を胸に抱いて、広瀬康一はもはや味のしなくなった紅茶を啜った。
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