No!

それからもあの男は何時も突然時雨の前に現れた。
あの後リサリサ様のお弟子さん。ということは聞いたが、もう一切関わることは無いであろう。という時雨の希望的観測を平気で無視して、男は気づけば時雨の視界に入り込んでいた。
洗濯を始めようとすると籠を持って微笑んでいるし。終えれば、いつの間にか空になった籠を持ち去っていて、次に頼まれるであろう掃き掃除の道具を時雨に手渡す。ありがたくはあるが今ひとつ意思疎通が取れず、しかも警戒しか抱いてい無い大男にそんな事をされても不気味なだけである。
よくもまぁまともに応えもできない女に一生懸命話しかけ続けられるものだ。
ここ暫くの時雨の語学の変化といえば、とりあえずすっかり異国語に気圧されていた頃の気弱な気持ちは最早限界値を振り切って慣れてしまった。
今更自分が何かおかしな事を口走った所でむしろそれが通常運転。逆に片言だろうが何も喋らないほうが不気味な奴だ。という印象である。
そしてやはりというか、この男は外国人から見ても男前であったらしく、細部まではわからないがメイド仲間の昼食のお喋りは彼が来てから専らその事が中心であるようだ。

「ねぇ時雨、あなたもシーザーって、素敵って思うでしょ?」

歳上のメイド仲間に嬉しそうに聞かれ、うーんと応えあぐねていると、通じてい無いのかと思ったのか、簡単な単語に変えようとする相手より先に口から出たのは、自分でもどこで覚えたのか不思議なほど自然な英語だった。

「興味ないわ。私もっと真面目な人が好きなの。この屋敷の執事さんみたいにね」

時雨の返事にしては初めてと言っても良いほど余りにアッサリと返されたその言葉はメイド達にとって痛快であったらしく、スージーも大声で笑っておる。

「そうよね時雨、貴女とは確かに間逆のタイプだわ。シーザーにも言っておいてあげる。あなた彼の前でも同じくらいはっきり言ったほうが良いわよ。なんだか私時雨がこんな子と思わなかった、好きになりそうよ」

メイド仲間の明るい声に時雨の気分も上がる。恋の話というのは全世界共通で盛り上がるものなのだなと改めて思った。
今まで話辛かったメイド達からもっと食べてグラマーにならなきゃ、と食後のデザートをお皿に盛られながら気づけば時雨は故郷の友達といる時と同じように笑っていた。











そうして楽しくお話をして上機嫌の時雨が空室の客間の飾り時計を磨いていた。何時ものように嵐のように襲来した男は壊さんばかりドアを開けると後ろ手に閉める。
ふと顔をあげると、なんだか焦っているような彼の表情に何事かと思い小首を傾げる。

「えっと、どうかしたんですか?」

その問いかけに突然跪いて時雨の両手を握った男は、何やらまた時雨の処理速度を超えるような早口でまくし立ててきている。
所々Loveだとかloverだとかpromiseなんたらとわから無い単語をギュウギュウに詰め込んだような長文を時雨の目を見つめながら話掛けてくる男は最後にYesかNoか。と聞いてきた。話の内容は露ほどわからないがこの男が持ってくる質問と話題なら答えはおおよそNoにして問題は無いだろう。
探るようにノーと答えてから、時雨はすぐに後悔した。そのまま時雨の手に頬擦りをした男は、リップ音を立てて騎士がする様にそこにキスをすると大層嬉しそうに立ち上がり出て行く。
ぽかんとした間抜け面の自分だけが客間に残され、暫く何が起きたのか考えてみたものの、その時聞いてわから無い事は後から考えてわかるはずが無い。

「……忘れよう」

それだけ呟くと。叩きを握り直して、本棚の埃落としに取り掛かった。

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