アルバイト

慣れた手つきで鍵を開けて、玄関に滑り込む。靴を揃えると畳んだ傘を縛って傘立てに突き立て携帯を確認。時刻は5時32分ギリギリ遅刻といったところだ。

「先生!こんばんは!名前です!」

そこそこ大きな声で玄関から声をかけるも反応がない。家主は相当集中しているらしく、いつも通り仕事場に行く前に台所で紅茶を入れて、学校帰りに買った100円セールのドーナツを適当にお皿に載せた。店員さんが入れてくれたビニール袋のおかげでこの大雨でもドーナツは湿気る事なく美味しそうだ。
いつの間にやら家主が買った可愛いお盆にそれらを乗せて仕事場に入ると、家主である男は忙しそうに右手を動かしていた。
相変わらずこのスピードでは、本当に自分はここでアルバイトをする意味はあるのかと疑問にすら思う。実際ここでの仕事は彼の直接的な手伝いというよりも家政婦兼道具の手入れ係のようなものだ

「露伴先生、休憩にしませんか?先生の好きそうなドーナツ買ってきました」

ピタリと男の右手が止まって此方を振り返る。部屋の角に追いやっていた小さなキャスターつきのテーブルを持ってくるとその上に乗せる。やれやれと名前が向かい合って椅子に座っていた時には、もう男は早くも一つ目のドーナツを食べ終えていた。

「こんな事しても遅刻は遅刻だよ」
「先生集中してらしたから、気づかれてないと思いました。あっこれもどうぞ」

岸辺露伴のところに週に2日通うようになったのは今年の初めから。徐倫が本当に喜ぶようなプレゼントを買ってあげたいと奮起したのが初めだ。とりあえず金銭面だけでもどうにかしようと考えて、名前はバイトを探していた。母親がいい男を捕まえた時には名前は柄にもなく一瞬新しい父親のお小遣いに期待したが、意外にもディオがよこすのは友人と何度か食事に行けば無くなってしまうほどの慎ましやかな額だった。そうしてバイトを探して辿り着いたのが、由花子の彼氏の友人。岸辺露伴のアシストだった。

「相変わらず私の出る幕は無さそうですね」
「そんな事はないよ、今日の夕食は期待してるんだから。ねぇ前作ってくれた牛スジのビーフシチュー作ってよ。材料は昨日買っておいたからさ」
「でも先生、あれ凄く時間かかりますよ」

チラリと窓を打ち付ける雨粒を見る。確か台風がこの街の近くを通るはず。直接的な風の被害はなさそうだが、遅くなれば雨はもっと酷くなるだろう。

「泊まっていけばいいさ」
「…父に叱られます」
「いつも黙って友達のところに泊まってるだろう。同じさ」

空になったカップに紅茶を注ぐ。それでプレゼントするものは決まったのかい?と聞いてくるこの男は、名前が徐倫への気持ちを打ち明けた唯一の人間である。
実際は打ち明けたというよりも、この男の好奇心の強さと不躾な質問に根負けしてしまったのだ。この男にとっては名前の性癖もやや複雑な家庭の事情も漫画のリアリティーとしての興味しかない。逆に今はそれが安心できるのだが。

「この間帰ってきた父に外泊がバレてたんです。暗に男の家に泊まるなと言われてしまいました」
「相変わらず君のお義父さんは不気味だね。まぁ、プッツン由花子の家に泊まったとでも言えばいいさ、どうせその父親だってこの街にほとんどいないじゃないか」

どうやら露伴は今日は諦める気がないらしい。こういう時押しに弱い自分の事がとことん嫌になる。名前は露伴が買ってきたという材料を確認しにもう一度キッチンへ足を運んだ。
キッチンで切ったバターが鍋の底でとろけていくのをじっと見つめる。この間徐倫が欲しがっていたデパートコスメの値段を考えて、自分のバイト代が充分浮く事を思う。ディオは名前やジョルノがバイトをすることに関して本当は禁止していた。学生の本分は勉強。というかなり恵まれた環境にいる事はわかるが、やはり自分で自由に使えお金は欲しい。徐倫には新しい父親が裕福だからと言ってある。どこか遊びに行ったり何かを食べに行く誘いを遠慮して欲しくないと暗にアピールしているのだ。つまりはディオが名前に与える金額では、生意気にも足りない。
それでもうっかりバイトのある日に両親が帰ってこないよう、また帰ってきても間に合うように必ず遅くなる前に家に帰っていたが、この雨なら仕方ない。いつもはジョルノに連絡さえ入れないが、今日はせめて電話位入れよう。
露伴の家は一人で住むには大きく、何部屋も客間がある。呼ぶひともいないくせにと憎まれ口を叩くときっと無慈悲にもこの雨の中に放り出され兼ねない。
バターで牛と野菜が炒められる、なんとも言えないいい香り漂ってきた。
水を入れて火にかける。
プツプツと鍋の底から浮いてくる空気の粒を見ながらこの間徐倫と彼女の父親と三人で食べた夕食を思い出した。徐倫は最後まで憎まれ口を叩いたり彼に突っかかったりしていたけれど、やっぱりどこか嬉しそうで、承太郎さんもとても穏やかな顔をしていたと思う。
こんな自分でも大好きな彼女の家族を一つに纏める役目があるということがとにかく嬉しい。今日は露伴にこのことを話してみようか。とにかく名前は今、必要とされて満たされている。

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