プライベートビーチ

季節が初夏へと移り変わっていくのは、やはり微妙に変わってくる日差しの強さで感じる。日焼けをすれば真っ赤になってしまう名前は、水着のうえに大きめのパーカーを羽織って、日差しの下でイキイキと走り回る徐倫を見ていた。
後ろを振り返ると、大きなコンクリートの建物と、沢山のトラック。それから港へ大きな機械を運びこもうとする重機がせわしなく走り回っていた。
海洋生態研究所SPWと書かれたジャケットを着た職員達があちこちで何かしらの機械についてチェックを入れたり、運んできた業者と難しい話をしている。
地元から3時間ほど走った場所にあるこのビーチは本来はこの研究施設が調査機械を海へ運び込むために持っている砂浜のようで、いわゆるリゾート的な景色とは真逆の景観が広がっていた。
名前と徐倫だけが水着を着て走り回っている。
自分も少しでも水に入ろうかな。とサンダルを脱いで波打ち際まで走る。徐倫は女の子にしては珍しく泳ぐことで海を楽しむタイプらしく、名前が一生懸命膨らませてきたビーチボールはずっと岸に置きっ放しになっていた。いつの間にやら随分遠くに行ってしまった徐倫に手を振りかえす。さてどうしようかと膝まで海につかっていると、ふと足元に小さな魚がいることに気づいた。
(あ…かわいい)
鮮やかな黄色の魚を思わず目で追う。じっとしている名前に気づいていないのか、なかなか逃げない魚に愛着が湧いてきて恐る恐る掬いあげられないかと手を入れようとした時、にゅるりと両脇の下から伸びてきた太い腕が、胸の下で手を組むとそのまま名前の体を軽々と持ち上げて水から引き離した。
突然の出来事に思わず声が漏れると、安心させるように低い声が降ってくる。

「承太郎さん!?」
「名前下をよく見ろ」

そのままの体勢でよく海中を見るとふよふよと2センチほどの小さな生き物が、魚の側を漂っていた。

「くらげ…?」
「アンドンクラゲだ。刺されると赤く腫れる
から気をつけた方がいい」

ちゃぷんとまぬけな音を立てて黄色い魚は飛んだと思ったら水面に浮かんでいた。
どうやら懐いていたと思った魚はただ痺れながら泳いでいただけらしい。
気まずそうに体を捩るとようやく承太郎から解放され、名前はなんだか複雑な気持ちで波に連れ去られていく黄色い魚を見ていた。

「そろそろ水温の上がる時間だ。ここは海水浴用と違って網を張ってないからな、もう上がってまっていなさい」

そう言われて頭のうえに大きな掌がぼすんと載せられる。承太郎は大きな声で沖にいる徐倫上がるように指示する。
彼女が戻ってくるまで、なんとなく気まずくて転がったビーチボールを拾い上げて片付けたり、そわそわと動き回ってしまう。
そっと避けていたはずなのに気づけば隣に立っていた承太郎に怯えたように、恐る恐るという言葉がぴったりなほど緩慢に自分の方を見上げてくる名前に視線を合わせる。

「今日はこの後深海探査機のテスト運転があってね、まぁそう深くまではいけないが、名前、乗ってみるか?」












物凄い大型の船で一時間程進み、十分な深さがあるスポットについたら、テスト運転する潜水艦を下ろすらしい。そこにつくまでは徐倫と甲板でバレーをして、時折大暴投したボールを本を片手にした承太郎がそっと元の軌道に戻す。徐倫のお父さん、本当に何でもできるのね、凄い。と呟くと、照れたように徐倫はもう歳だけどね!と憎まれ口を叩いた。
なんだかいつかの誕生日パーティーのようで、その度名前は思わず笑ってしまう。
ポイントについてから、まず承太郎は徐倫を連れて降りるようで、甲板の潜水艦を受け止める大きな機械の前に2人は立っていた。
真っ白で不思議な丸いフォルムのその潜水艦はどうやら2人乗で、処女航海を家族で乗るのか。と思うとなんだか羨ましい。

(承太郎さんが海に行こうって誘ってくれたのも、もしかして徐倫と最初にこれに乗るためなのかな…)

自分には永遠に手に入らなそうな親子像を見ていると、潜水艦のお腹に書かれたマークを見て気分が落ち込んだ。
念のために近くにいる人にあれはなんのマークですか?と尋ねると、案の定乗用車関連部門のブランドー社のマークだと返された。
手広くやっているとは思っていたが、ディオの手がここまで及んでいるとは思いもしなかった。聞けば承太郎さんがこれから始めるプロジェクトの成果。いわゆるうまくいけば美味しい汁を啜れそうな発見だの利権関係を分け与える代わりに、ブランドー社が承太郎の所属する財団に対し莫大な費用の半分を負担する。という契約を交わしたらしい。
2人が乗った潜水艦がゆっくり水に沈んでいくのを見て、急にディオに見張られている気がしてきた。名前は潜水艦の沈んだ方向とは反対方向へと歩き出す。
本当になんとなくだ。あれに乗ると帰ってこれない気がしてしまう。太陽に当たりすぎて調子が悪いということにして名前は大きな船の奥の方にある薄暗い船室にたどり着く。あれだけ大勢の人が動いている気配が全くなくなるほど人気のないひっそりとしたその空間に来るとようやく安心して、名前は軽く日焼けをして火照る肌の熱気を冷たいシーツに押し当てるようにして眠りについた。




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