使命。

「それでね、康一くんたら…」

放課後、帰り道にあるカフェで由花子と二人でお茶をする。由花子の話を聞きながらアイスティーをぐるぐるかき回すと、マーブル模様だった茶色が灰色かかった薄い茶色に変わる。由花子の話す好きな人の話は好きだ。
自分が誰を好きかは決して明かせないけれど、彼女の人の愛し方はなんだか自分に似ていて、とても安心する。
ふと、名前は徐倫のことを考えて下を向いた。あれからもう一週間経つのに徐倫は全く名前にコンタクトを取ってくれない。まるで避けられているようでどうしようもなく苦しいのだ。
そのことを考えるとどうしてもソワソワしてしまって、さっきから思わずぐるぐるアイスティーをかき回してしまう。
屋外の座席はまだ日差しも強くなく、心地よい温もりが体を温める。由花子がこの間行ったエステの話を始めた時に、ふと視線を感じて向かいの通りを見て名前は固まった。
周りの群衆から頭一つ抜き出た大柄なその男性を知っている。彼女によく似た目元とあの鋭い目は気のせいではなく名前を見つめていた。

「?……名前、どうしたの?」
「由花子!もうそろそろ行かない?やっぱりここ日に焼け…」

言いかけた時に大きな影が2人のテーブルに落ちた。そっと由花子が不思議そうに顔を上げ、あの低い声が聞こえる。

「二人で話している時にすまない、そこの……名前に用事があってね」

外してもらえないか?という彼の問いに由花子は恐る恐る頷いて何やら話すと席を立った。
顔を上げなくても気配だけでわかる。徐倫の父親だ。名前は心臓が早鐘のように打つのを感じて、息ができないほど緊張していた。











承太郎は目の前で震えている名前に目をやる。承太郎に徐倫と自分の部屋でしていたことを責められるのが恐ろしいらしく一向に顔を上げようとしない。
店員にコーヒーを頼むと、彼女を安心させようとできるだけ優しい声で話しかけた。

「……そんなに緊張しないでくれ、君を責めるような事はしないよ」

どうやら名前には効果があったらしく、彼女はゆっくり顔をあげた。黒髪がさらりと肩を滑って、潤んでいた瞳が承太郎を見つめた。何か話そうと口を開き、言葉を探そうとしているその唇を見つめる。他に化粧をしているようではないが、鮮やかな珊瑚色の口紅は不思議と彼女のどこか不思議な魅力を引き出しているようだった。

「私…すみませんでした、徐倫と…その」
「俺の部屋でふざけ合ってた事は気にしないさ、男子学生が休み時間にやるプロレスごっこみたいな物だろう」

遮るようにそう言うと、拍子抜けしたような顔をした後、慌ててそうです。と肯定する彼女は承太郎がついた何も見ていないという嘘を信じたようで、露骨にホッとした顔をしている。

「実は徐倫のことで相談があってね」

彼女の緊張が少しだけ緩んだのを確認して口を開く。徐倫、とその名前を出しただけで彼女のまっすぐな目が承太郎の瞳を射抜いた。
思わず承太郎の息が止まる。急かすように、彼女に何かあったんですかと尋ねる名前はやはり承太郎の読み通り徐倫が世界の全てらしい。

「あれから家に帰っていないんだ」
「そんな…!私何も聞いてません!」
「家には何度か着替えを取りに戻ってるみたいなんだがね、電話をかけてもオマエのせいで名前に嫌われたと取り合ってくれなくて…」
「嫌だ!私徐倫の事を嫌いになったりなんか!」

そうだろう。と承太郎は名前が予想通り取り乱す様を見つめて、わざと勿体ぶって見せた

「君にお願いしたいことがあってね」
「お願い…ですか?」
「徐倫に家に戻るように言ってくれないか。直接的に言わなくていい。また家に遊びに来たいと徐倫に言ってくれればいいんだ」
「それで本当に彼女は聞いてくれるでしょうか…」
「大丈夫だ。言っただろう、あの子は君に嫌われたんじゃないかってずっと怖がってるんだ。君にしか頼めないんだ。すまないが協力してくれないか」

そう言ってそっとテーブルの上の名前の手に包み込むようにして自分の手を重ねると、彼女は本当に自分が頼りにされていると自覚したのか、ハッと顔を上げて承太郎に必ず徐倫に伝えますと言い切った。

「いつでも遊びにおいで。私もここ数ヶ月はこの街にいるつもりだ。3人で夕食でもとろう」

はい、徐倫と必ず。という使命に燃えた名前の声は承太郎の耳には殆ど聞こえていなかった。今自分の手のひらの下にある彼女の柔らかな感触と、次に会う約束を取り付けた喜びだけが、承太郎の頭の中を占めていた。






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