あのこの赤(あなたが怖い番外)


自分の新しい家族として突如やってきたその二人は、おおよそ自分とは似ても似つかないほど華やかで、美しいしなやかな獣のような親子だった。
二人とも眩しいほどに鮮やかなブロンドの髪をしていて、外国の美術館に置いてある彫像のように美しく。その肌も大理石のように白く滑らかに見えた。母親が連れてきた新しい父親と弟、それからこの海外の映画に出てきそうなシンプルだが広大で豪奢な家を与えられても自分の胸のうちに広がっているのは言い知れぬ不安とこの家族への恐怖だった。
高校受験も終了し、1日の大半をこの屋敷で過ごすようになった。徐倫はアメリカの親族のところへ春まで帰ってしまうという。そうなって仕舞えば彼女と一緒にいるしか能のない自分は直ぐに日常の目的を見失ってしまって、自室になった白い家具で統一された空間に籠り日がな一日新しい父親から買い与えられた本を読むという拷問をこなすしか無くなる。










「ジョルノ君。今日はお父さんたち遅いね」
「今日は遅くなると連絡があったでしょう………いちいち煩いですね」
「……そう、ジョルノ君は慣れてるんだ。お父さんが遅いの」
「……………」


はぁ……と小さくため息をつく
その日は夜遅くなっても両親が帰ってくる気配がなかった。
居間の大きなソファーに座って本を読む自分と同じように、左側の一人用のソファーに座って本を読む弟には相変わらず表情がない。
思春期の少年らしい新しい姉に対するジョルノの反応は極めて悪いが、まぁこんなものだと思う。人間として持っているものが違いすぎるのに“同じ家族だ”と恐ろしく胡散臭い言葉を、ゾッとする赤い目をした男が堂々と自分にいう薄ら寒さに比べれば遥かに単純で扱いやすい子供だ。
本を閉じて目の前にあるガラスのローテーブルの上に置く。厚い丁装のその本はパタンと大きな音を立てる。ピクリとジョルノの片眉が上がったのを見て、目が疲れたフリをして目頭を押さえてやれやれと息を吐いた。
この家はやはり自分の家ではない。これからもきっとずっと、ここは自分の家ではないだろう。
母親と新しい父親は、自分が上手くこの屋敷に馴染めて高校が始まるまでは毎日家に帰るつもりだと言っていた。
ありがた迷惑な話でしかない。
バタンと外で車のドアが閉まる音がして、玄関の方へ顔を向ける。扉の向こうで執事頭と話している声の中に母親のものは無く、あの男が一人で帰ってきたのだとわかれば、不安が胸の奥から決壊して爪の先まで白くする。
不安を押し殺し何事もなかったかのように素知らぬ顔で弟を見れば、なぜか固まった彼は青白い顔をしている。

「ジョルノ……?」

彼の視線が一瞬、ローテーブルのデジタル時計の日付に走ると、また凍りついたように腰を浮かせてドアを注視している。
そうか。今日は金曜日、本来ジョルノは今塾というものに通っていなければならない時間である。
自分が思っていたよりもずっと単純らしいこの少年も自分の父親は苦手らしい。こうして自分程上手く恐怖や不安を隠せない彼は哀れにしか見れない。正直ここに来てからの素っ気なさを思えば自分が何かをしてやる義理はないが、目に前で予想外の脅威を前に震えている彼が可哀想だと素直に思えたのも真実である。


「…………きて」
「なっ……にする!」
「いいから、あなたのお父さんと話してるから、その間に音を立てずに二階に行って。私の部屋で隠れてて」


緊張で冷たくなったジョルノの手を引いて、玄関側とは反対にある扉の近く、分厚いカーテンの裏にジョルノを押し込む。
何か言いたげな彼に声を出さずに上手くやれ。とそれだけ伝えてソファーに腰を下ろしたのと、男が居間の扉を開けたのはほとんど同時だった。


「……やぁ、ただいま」
「おかえりなさい……ごめんなさい。気がつかなくて」
「いいさ。私が贈った本を夢中で読んでくれてたんだろう?」


男……ディオが入ってきた途端、いつも部屋の空気がガラリと変わるのを感じる。
何時だってどんな場所でも場の空気を自分のものにしてしまう。この男はそういう恐ろしい才能を持っているのだ。
どさりと隣に腰掛けたディオの腕がソファーの背凭れの上、自分の背後に伸ばされている。足を組み何度か肩を解すように首を左右に振る様を横目で見ながら、どうやって場を繋ぐか考える。軽く下唇を噛んだと同時に男の冷たい声が居間に響いた。


「止めなさい」
「………っ…」
「唇を噛むのをだ。前々から注意しようと思っていた…………可哀想に甘皮がむけてしまっているぞ。このままだとパックリ裂けてしまう」


ディオの指が自分の下唇を何度もなぞった。
確かに乾燥している唇を、確認するようになぞられて背中に鳥肌が立つ。
ジョルノはまだ帰っていないのか?と聞かれそのまま小さく頷くと、ディオの赤い目が楽しそうに笑った。


「……そうだ。プレゼントがある。君にだけあげるのは不公平だからジョルノには秘密だよ」


仕立てのいいスーツの内ポケットから、縦長い小さな箱を取り出す。箱だけでも自分がおおよそ買ったことがない程高価な何かだとわかるが、ディオはそれを乱暴に開けると中身を自分の目の前に突き出した。


「……これは」
「リップグロスというやつだ。君みたいな年頃の子は化粧品の一つでも持っているものだろう。何もないなら私が最初にこれをやろう」


縦長く四角い筒の中には透明の液体が入っていて、ありがとうございます。と受け取ろうとした手は空を切った。
ディオを見つめ返すと、男は組んでいた足を解いて大げさに広げてみせる。
その意味を察して口の中に苦い味が広がる。ジョルノはもう二階へ行っただろうか。
スッと立ち上がり、思わず一瞬息を止めてその片脚の上へ男の方を向いて座る。
ディオは蓋を取ると透明なグロスのついたブラシを、自分の唇に押し当ててくる。
ヌルヌルと粘稠性のある液体が他人の手によって唇に触れるのはなんとも不快な感覚だった。はみ出たグロスをまた親指で拭ったディオは興味深そうにじっとあの瞳で自分の顔を見つめ続けてくる。


「あの………もう」
「まぁ待ちなさい。これは変わった品でね、唇の水分量だかphだかで色が変わるんだそうだよ…………あぁ思った通りだな」


今にも自分の喉元に噛み付いてきそうな獰猛な男の息を感じて自分の心臓がバクバクとなっている。


「綺麗な赤だ。実に鮮やかで美しいじゃあないか。唇が切れては大変だ。私に毎日労って欲しくないのなら、毎日きちんとつけなさい」
「…………はい」
「さて、今日はとても疲れたよ。家族の為に働くというのはとても大変でね。今日は労ってくれないのか?」
「いつもお疲れ様です………」


せり上がってくる嫌悪感と恐怖を飲み込んで男の金髪に手を伸ばす。そっとその金髪に触れて、自分の体を男の体に密着させると背中にまわった男の手が楽しげに自分の腰を抱く。
この部屋には本当に空気はあるのか。自分には到底息ができているように思えない。
視界の隅で誰かが動いた気配がする。
いつかこの恐ろしい悪夢を悪夢だと思えなくなる日がくるのだろうか
私はやはりここでは息を吸えない。

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