これはそういう塩である

注意*またも承太郎長編モブ女性語りです






「何これ?新しいオブジェもしかして自腹?」
朝通勤してきたこの歯科医院で働く歯医者でもある友人は、白いゴツゴツとした透明感のある石でできた砂時計の形をした容器を手に取った。中にはアロマオイルが入っており、ひっくり返すとポタポタと落ちるオイルから、ほんのり甘い香りがする。
正真正銘雪が自腹で買ったオブジェである。
それを手で弄びながら、そういえば熱帯魚の件ごめんねと謝る友人を尻目にパソコンの電源を入れる。

「別にいいのよ、これはそういうつもりで買ったんじゃないんだから」
「領収書くれれば経費でおとすよ?」
「……いいのよ別に」

雪の脳裏に浮かぶのは先週の出来事だ。
このいまひとつパッとしない友人が大学病院勤務…いわゆる外勤の日にちを記載し忘れていた為に、某不良高校生のアポイントを友人の兄に当たる院長のスケジュールにねじ込んだ。
その日は平日の午前中、それも昼前だったこともあり、受付も落ち着いた雰囲気だった。
雪は香水を手首に吹き付けながら、急にねじ込むことになった患者について院長に告げると、彼は妹によく似た人のいい笑みを浮かべて、承太郎君か〜懐かしいな〜、大人びてるし好青年だよね。と確実に何かと勘違いしているコメントを残して仕事に戻った。
さて小腹も減ってきたし、あの高校生が来たら一度お昼にしよう。今日は通販で購入したオーガニックサプリメントと、デトックスティーにしておこう。来客を知らせるベルが鳴り、顔を上げると例の高校生は月初めの保険証を差し出してきた
「おはようございます。空条さん、申し訳ありません。今日は先生が不在なので、代理で院長先生の診療になります」
おかけになってお待ちください、というより先に承太郎は受付に貼られた歯科医師の勤務表を見ていた。

「大学病院…?」
「はい、先生は週に一度外勤されているので」
「まぁいい。じゃあ今日のはキャンセルだ。次の予約をとるぜ」
「あー…すいません空条さん」

面倒くさい子供だ。そう思いながら一応口を開く

「院長先生はいつもの先生よりもベテランですし、せっかくでしたら今日受診されてはどうですか?」
「必要ない。いつもの先生で一番近くに取れるのはいつだ」

そうかそうじゃあさっさと帰れクソガキと思いながらも、意外にもこんなに友人に執着している承太郎に驚く。手早く友人の名前が書かれたスケジュール帳を確認すると、親族の出産が終わったら長く休みを取りたい旨が書かれ、よろしく雪ちゃんと走り書きされたそれはどうやら先の予約は一時ストップしてくれということらしい。
承太郎に見られていないことを確認して、院長先生でしたら一番近い日でも大丈夫ですよ。と言うと露骨な舌打ちが聞こえる

「わかった…もうあんたには頼まねぇぜ。先生の連絡先を教えてくれ」
「はぁ?なんでアンタにあの子の私的な番号まで教えなくちゃいけないわけ?」


舌打ちされたことに思わず出た本音にも承太郎は眉根ひとつ動かさない。
雪が髪をかきあげると、ふわりと香るつけたての香水の香りに露骨に顔をしかめた承太郎に最早なんの気も使わずに知りたきゃ近くの歯科大にでも行って走り回れ。と吐き捨てるように言うと院長にキャンセルだそうですと大声で叫んでやった。






あの日はその後結局大学病院へ押しかけたらしい承太郎は公衆の面前で友人に壁ドンした挙句本当に自力で連絡先を手に入れたらしい。
次回のアポイントは無理矢理本来久しぶりの休日だったはずの友人の今日にねじ込んだそうだ。

「電話で言われるとノーと言えなくてさ。にしてもこのオブジェいい匂い。手触りも変わってるし…」
「それは岩塩を削って作られてるのよ、私の大好きな香水ブランドが出してるアロマディフューザーみたいなものよ」

あ、持ってたら手にもいい香りうつっちゃったねー。と呑気に自分の手の香りを嗅ぐ友人を見てほくそ笑む。
この間あからさまに嫌がった香りを友人にべったり移してやった。さぁ苦しめクソガキめ。
あの高校生の嫌がる顔を思い描きながら仕事に戻る。
これはそういう塩である。

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