やわい唇に背骨がきしり



ホウキを片手に庭で目を瞑って集中する。
自分の吐く息
吸う空気に流れを感じる。
周りの音が小さくなって、自分の鼓動が聞こえるようになったら準備ができた合図。

体に意識を集め炎の呼吸を思い出す。
任務中も苦しい時は自然とこれを真似ていたのかもしれない。
集中、集中して呼吸を続ければ足に血が集まるのを感じる。
どくどく心臓が脈打って、今なら駆け出してどこまでもいけそうま気がする。
立ったままさらに爪先まで意識を巡らせると、血潮が沸きたって、両脚が心臓になったみたいだ。
ビリビリと肺が痛くなってきた。

「ッはぁ……って!?」

ここが限界かとうっすら目を開けると、気配もなく立っていたのは思いもよらない人物だった。

「音柱!?」
「煉獄が連れて帰ったからひょっとしてと思ったがお前ここの出だったのか。……ったく煉獄の野郎が素直に教えないから時間がかかった」

大きな上背に合わせて目線を上げると、派手な化粧の音柱…宇髄天元はボリボリと頭を掻いている。
誰も集まってこないのは間違いなく塀を超えて入ってきたからだろうが、そのすっかり色の戻った肌艶に改めて無事を確認してホッとした。

「音柱…ご無事で何よりです。隠の連絡用の鎹烏もこないので、具合を確かめることも出来ず心配していました」

地面に膝をつこうとする名前を片手で制するとしげしげとこちらを見下ろす宇髄に、そういえば素顔で会うのも初めてだったと気づいた。

「いや、それはいいんだ。烏を止めるように頼んでたのは煉獄だしな。遣いを送れば無理を押して出てくるとあまね様に頼んでたのはアイツだ」
「………そうだったんですか」

いいじゃねぇか。許してやれよ。大事にされてるってことだろ。
と言われて小っ恥ずかしさに視線を逸らす。
照れ隠しに足についた泥を叩くとポツリと宇髄が口を開いた。

「呼吸は使えるんだろう。今見た感じじゃ悪くなかったぜ?よっぽど剣術が下手なのか?」
「自分では、そこまで酷いとは思っていなくて……槇寿郎様も最初こそ才覚があると言って下さったのですが、最後の最後で、やはり能力がないから諦めろ。と……」
「ふぅん……」

ちらり。と真っ黒な視線が屋敷に流れ、またすぐ罰の悪そうな名前に戻る。

「……礼と言ってはなんだが、俺が育ててやろうか?見た感じじゃ呼吸自体は炎だが使い方は雷だろう………ここにいるより上手くいくんじゃないか?」

思いもよらぬ提案に目を見開く。
精々もう少し強靭な足腰を手に入れようと思っていただけなのに
昔一度考えていた未来が急に近づいて息を飲んだ。
“鬼殺隊士”…今更なれるのだろうか。
自分に。

「修練を積んだ経験もあるし失血状態でも俺を担いで山を降りれる根性付き。年はいってるが捨てたもんじゃねェと思うけどな」

隊士の自分を想像した。
頭巾を被らず、隊服に自分の日輪刀をさして。
堂々と鬼とわたる。そうして隣にいる杏寿郎……。

そこまで想像してビリビリくる殺気に思わず体を退けぞる。
反った顔のすぐ上を斬撃が飛んだのを見て反射的に腰を落とし、千寿郎の木刀を掴んだ。

「音柱!何を!?」
「口効いてると泣き別れになるぜ」

名前が体勢を作ったのを確認して次々飛ぶ斬撃に避けながら、時にその斬撃を受ける。
ビリビリ手が痺れるが木刀が砕けないのはきっと手加減されているからだ。
実に多様な斬撃は緩むことなく名前の空いた隙を埋めるように飛んできて、そのたびに器用に体を捻って、飛んで見せる。
息が上がってきて、全力疾走しているようだ。
このままでは可動域に無理があるとロングスカートの裾を縦に足の付け根まで大きく裂く。

一歩も動かない宇髄を相手に気がつくと苦しい時のあの呼吸に戻っている。
それを見計らったようにできる宇髄の隙に、反射的に。それこそ本能的に、握っていた掌を返し切っ先を下から上へ………。

「昇り炎天ッ……!」

空気を裂く一陣の風と同時に、掌で木刀が砕ける。
次に感じるのは喉元の冷たい刃。

「ちゃんと覚えてるじゃねぇか」

それがスッと横に引かれて、小さな赤い滴が庭に飛んだ。
ぱたた。と滴ってすぐに止まったそれは襟元に染みを作っていく。

「今お前には道がある。俺についてきて隊士になるか、隠に戻るか、はたまた…」

背後で砂を踏む音がして、思い切り身体を後ろに倒された。
無様に砂の上に転がって上がる土煙に思わず目を閉じ、後ろ手に上体を起こした時には、眼前には槇寿郎の背中があった。

「何をやってる……」
「これは元炎柱、助けて頂いた礼をしていただけですよ。それにしても」

よろよろと立ち上がる。
足がビリビリして、呼吸が軽い。
今ならもっと早く宇髄と渡り合える高揚感みたいなものが脳髄から上がってきて、心臓がかつてないほど速い。
そんな名前の高揚を感じ取ったように宇髄はニヤリと笑うと、名前に石を包んだ文を投げてよこした。
咄嗟に受け取り両手で握り込む。
何故か槇寿郎にも、誰にも見られてはいけない気がした。

「よく育った弟子をお持ちで……」
「煩い。帰れ、名前はもう関係ない」

面白くなさそうな顔をして、宇髄は踵を返す。
両手に握った文の感触から、やがて元の身体の感覚が戻ってくる。
緩んだ途端、回避の時に擦った皮膚のあちこちと、裂いたスカートの冷たさが戻ってきた。

振り返った槇寿郎はこれでもかと顔を歪めると、すぐに名前から視線を逸らす。

「………どうにかしろ。みっともない。弱いから遊ばれるのだ」

鳩尾に刺さる言葉に無意識に身体が強張った。
宇髄の気配が消えたのを確かめて槇寿郎は部屋へと戻っていく。
地面に座り込んだまま、自分のすっかり土埃で色の変わったスカートといつの間にできた擦り傷の滲む足を呆然と見つめた。
首の血はすっかり乾いて張り付いている。

みっともない。

「本当にその通りね……」
「名前さん!?」

慌てて走ってきた千寿郎が、名前の腕を掴んで引き起こす。
思ったよりも強い力に驚くと同時に、予想外の重心移動に少しだけよろけてしまう。
前のめりになる名前に、すかさず伸びた千寿郎の左手が腰に添えられると、しっかりした体軸て名前を支えた千寿郎はにっこりと笑った。

「ごっ……ごめん」
「いいんですよ……それより」

スッと体が離れて、ちょっとだけ怒ったような目をした千寿郎は両手で名前の体についている土埃をはらった。

「名前さん、なんでここにいてまで怪我をしてるんですか?庭掃きを頼んだと思ったのに……」
「ごめんなさい、ちょっと予想外の人が来たから」

スカートのポケットに手紙をねじ込む。
訝しそうな千寿郎は気づいていないが、こんな泥だらけのいい歳の女をそんなに見ないで欲しい。

「じゃ…じゃあ私、ほら、今みっともないし、本当、なにしてるんだろうね!いい歳して箒振り回して……銭湯行ってこ、ようかな!」
「名前さんはみっともなくないですよ」

間髪入れずに返ってきた返事に、思わず目を見開く。目の前の少年はあの人同様まっすぐと此方を見ていた。

「名前さんは綺麗です、初めて会った時から今も、一番綺麗な女性です!」
「せ……千寿郎さん…!?」
「名前さん、ずっとここにいてくれませんか!毎日三人で暮らしましょう!」
「………千寿郎さん」
「父上も本当は嬉しいんです、もう何日もお酒を飲んでないですし、名前さんがいれば僕……」

ゴクリ。と思わず生唾を飲む。
いつのまにか名前の両肩に手を置いた彼は今にもくっつきそうなほど顔を近づけて真剣に言葉をつないでいる。
こっちにまで緊張が伝わってきそうな赤い顔をしていて、微かに震える双眸が続けようとしている言葉を何となく察してしまっている。

「僕…名前さんと一緒になりたいです!」

流した血なんて本当に微々たるもののはずなのに、足元がくらくらしてきた。
色々なことが一緒くたに脳内でごちゃ混ぜになって、恥ずかしいとか悔しいとか高揚とか動悸とかがごちゃ混ぜになって渦を巻いている。
ずいと寄ってきた千寿郎の唇がぴとりと額に当たった感触を最後に、完全に処理情報を超えた脳味噌は立ちくらみという行為でここ状況から脱する事にしたらしい。

白んだ視界と後頭部の衝撃に、なるほど自分はしこたまのけぞって倒れたらしい。ということを最後に意識を手放した。


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