あわい夢ばかり見てる

並べられる意図を含んだ品目を黙々と流しこんで数日。
虚脱感もかなり軽くなって、少しでも手伝いになればと冬の薪を背負えるだけ背負って山を降りる。
足の動きは上々で、山道での体勢の安定にももう問題はない。
自分に次の指示をくれる使いが来ないことが気にはなるが、いつまでも嘆いているわけにはいかない。
声がかからないのには何か理由があるに違いない。
体力も前に戻りつつある。
呪いのように出てくる血合いの成果かもしれないが、もう一生食べたくないほど食べたので、そろそろお断りしよう。

草鞋でうまく斜面を滑り降りながら平たい場所に出ると、急にひらけた土地にそそり立つそれに、思わず感嘆の声が漏れた。











「狂い咲きの桜?」
「そうなんです、名前さんが今朝薪拾いの時に見つけたみたいで」

炊事場で朝から忙しなく動き回る千寿郎と名前の様子を怪しんで見にきてみれば、割烹着を着た名前が手を休めることなくせっせと重箱に何か詰め込んでいる。
煌々と火のついた釜戸のおかげで熱気がこもった炊事場で千寿郎も薄ら汗をかいていた。

「なるほど、それが今日は朝餉のない理由か…」
「ごめんなさい槇寿郎…さん、せっかくだから天気の良い今日皆んなで行きたいと思って…」

昔のように様付けで呼ばれるのが嫌だと伝えたせいで、目下努力中の名前はまだぎこちない様子で自分の名前を呼ぶ。

「もし二人が行くのが大変だって言うなら、私背負いますよ!」

馬鹿にするな、と軽く頭を叩くと、嬉しそうな声で「千寿郎さん、父様も行くって!」
と千寿郎に向かって親指を立てている。

「もうちょっとで起こしにいくところだったのでちょうど良かったです」
「こんなに騒がしければ目も覚めるだろう…」

それにしてももう薪拾いか。という槇寿郎の言葉の節に何か感じるものがあり、焦ったように名前は話題を変えた。

「そうだ、雪の上でも座れるように何か持ってかなきゃ……雪は避けて…でも地面は濡れてるから…」
「竹網の茣蓙ならはなれにありますよ、その上に行儀は悪いですが非毛氈でもしきましょう」

私とってきますね。と息巻いて出て行った名前の背中を嬉しそうに見送る千寿郎は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「名前さんが来てくれて、すっかり忙しくて、病人だったのにとっても頼りになるから…つい誘いに乗ってしまいます」
「随分名前が好きなんだな」

目を見開いた千寿郎は少し焦った様に顔の前で両手を振ると、心配になる程上ずった声を上げる。

「そっ…そういうあれじゃなくて!そりゃ、魅力的な人だなぁと以前から思っていましたが、その、今は思ったよりおおらかで、本当姉のような!というか兄と一緒になられるなら本当に姉上なのですが、つまりその」
「良いんじゃないのか」
「は……」

さらりと言った槇寿郎は何も起こっていない平素の顔をしていて、そのせいで千寿郎はさらに混乱する。

「父上…?」
「名前とお前が一緒になれば、毎日がこうだろう」

いいんじゃないか。
と言って背を向ける槇寿郎に混乱した頭がようやく意図を拾い始めた。
名前さんはきっと、そのうち任務に戻って、この家からも出て行ってしまう。
兄が戻れば、兄と一緒に任務に行って、兄も名前さんも、次にいつ帰ってくるかはわからない。
もしも自分が名前さんと一緒になったら。

かぁっと顔に血が集まる。
父上は何てことを言うんだ。

しかしそれはとても魅力的な響きだった。
毎日名前さんが家にいて、父上と三人でこうして出かける予定をたてたり、食事を取ったり……。
名前さんがカラカラと笑うのを側で見て暮らす…。
彼女がここにいれば全てがうまく行くような気がする。

たくさんの話をしていたはずなのに、その言葉のせいで雪の中で立つ神秘的な桜にもどこか集中できず、千寿郎の中ではその言葉がずっとぐるぐる回っていた。


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