嘆けどもなみだは碧



その大きい金赤の目で愛おしそうな顔をされるとたまらなくなる。
なんでこの人はこんなに強くて綺麗なんだろう。
なんでそんなに力強く、私を好きだと言ってくれるのか。
貴方はきっと若くて、珍しくてそれで……


「名前さん、音柱が鬼を倒しました。建物の損壊著しく、そちらにも大半の人員を送らざる得ないようです」
「大勢死んだね……まずは生存者の確認、柱のところには私が」

大事な時に気を散らしていたことを気づかれたくなくて、人を割り振り決戦地まで急ぐ。
とにかく鬼の数が多かった今回の任務は、その数故に隠達も容易に近づくことができなかった。
ウジャウジャと湧く鬼に流石の音柱も出し切った様子で、木に背を預ける様にして目を閉じている。
大きな傷に目を通し、どうやら毒関連の傷だと言うことにあたりがついて解毒薬を飲ませると話しか続けながら応急処置を続けた。

「音柱、返事はできますか」

がくりと頭が落ちて派手な額当てが音を立てる。
体に出ている小さな紫斑と止まらない血に無意識に舌打ちをした。
血の止まらない毒ほど厄介なものはない。
必要なのは血だ。
内出血が出ている以上、薬が効くのをまってはいられない。

青紫色になった唇に時間はそうないことがわかる。
毒を受けたのはいつだ。
もう一晩ずっと戦っていた音柱は、まさかこの状態で…。

「本当に頭が下がります。貴方達には」

遅れてきた隠達も戸惑った様子で、じっと宇髄を見つめる名前が次に出す指示を待っている様だった。
その間にも、止血帯はじわりと赤くなってきている。

「動かせない。無理に背負えば出血が多くなる」

意識がなくとも彼らは全集中の呼吸止めないだろう。
問題は、毒が薄まり辛うじて止血ができるまでなんとかもたせること。

日の差し込まない暗い山の中で、朝露に濡れない様に慎重に鞄から何重にも布に包まれたものを広げると器に焼酎出すと濡らした手拭いで自分の手と宇髄の腕を拭く。

「………この中で自分の血液型を知ってる人…なんて、いないよね」
「名前さん、これは…?」
「血が足りないから私の血をうつすの。人には型があってね、私は自分の型を知っているから大丈夫だけど、それ以外だと死んでしまうかもしれないから…」

あやめ様に頼んで取り寄せてもらっていて良かった。
使い方は東京で医師に馬鹿にされながら習った。
自分が慣れ親しんでいた時代のものとは違って少し曇ったような、歪なガラスだが、針は太く鋭い。
自分はO型だから、今日だけであれば大丈夫だ。
例え宇髄の血液型が違っても今回だけは拒否反応は出ないだろう。
最早、選択肢はこれしかないのだ。

左手の甲から流れる血がガラスに溜まっていくのを見つめる。
血液バックもないこの時代。輸血は単純に大型のガラスに貯めた血液をこまめに相手に注射するしかない。

「私はここでこれを続けるから、血が止まった時に備えて運べる道具を」

指示をすればすぐに麓へ走っていく仲間の背中を見送って、溜まった血液を宇髄の体に流していく。
新品の針は二本。
宇髄の分と自分の分
ずっと刺していられる柔らかいプラスチックの針もここにあるはずがない。
宇髄の体が冷えている限り、これを繰り返す。
だめになった血管はもう使えない。
自分の手の甲の次は腕、同じ腕で取れる血管がなくなれば右手
流石に利き手以外ではうまく取れず体の中で溢れた血が青紫色に広がる。
鈍い痛みと腫れ感じるが、この程度のことでやめるわけにはいかない。
戦えない自分の正念場はここなのだ。

染まりきった止血帯を何度も交換しているうちに、少しだけ血の量が減ってきているのを確認して胸を撫で下ろす。


宇髄の顔に血の気が戻ってきたのを確認できた頃にはかなりの時間が経っていて、さすがに戻ってこない仲間に嫌な予感がする。
かつて経験したことのない数の鬼だった。
もしかすると、どこかに逃げ落ちようとしている鬼がいたのかもしれない。

すっかり穴だらけになった青紫色の両腕を綺麗な手拭いで拭くと、血が足りなくて冷えた自分の体に背負い紐準備を始める。
こんな日の入らない場所にいるのは危険だ。
せめて念のために、朝陽のさすところへ動かさなければいけない。
背負うために1度上半身を起こさせようと宇髄の片腕を引きやっとのことで背負い上げる。

鬱蒼と暗い森を降るが、朝陽のあたる場所に出るまでにはかなりの山道を下らなければならなかった。

やっとさした朝陽に胸を撫で下ろすと、朝陽の下に宇髄を寝かせる。
狼煙を上げ終わった時には、体の冷えは限界まで来ていて、木に背中を預けて座り込み自分の体を両手で抱いた。

(寒い……朝陽が…はやく)

登り始めたばかりの太陽では足りない。
宇髄の呼吸は安定してきている。
あの人たちの体力は恐ろしいものだから、血が止まって仕舞えば後はある程度回復できる筈だ。

(助けが来るはず、それまでなんとか…)

眠くて寒い。
指先の感覚が鈍い。
考えていたよりも多い輸血量と、宇髄を運んだことで
自分の状態はすこぶる芳しくない。

薄々わかっていたはずなのに、少しだけ怖い。
命の縮む寒さだ。
と本能的に思う。

ここで死んだらどうなるのだろう。
ここで屍になるのだろうか、それとも眠りから覚めるように、次に瞼が開いたら、あったかいあの自分の部屋で、朝ご飯を食べて学校へ行って、失った時代の送るはずだった青春に

(もどれたり、して…)

ブルリと体が芯から震えた。
暗かった筈の空に薄ら雲が見える。
深い黒から淡い群青、地面からせりあがるように美しい赤のまだらが混じったオレンジ色。

熱が足りなくて、脹脛が痛い。
不意にボロリと涙がこぼれた。

あの熱い腕が恋しい。と思うと、ボロリボロリと大粒の涙が止まらない。
気まぐれだったとしても、抱き返しておけばよかった。
今一人で寒さに震えている時にすぐ、思い出せるくらい、抱き返しておけばよかった。

滲んでろくに見えない視界が不意に陰る。
人が来たとわかる前に名前が感じたのはビリビリとした頬の痛みと、パンという乾いた音だった。



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