ただしさなど知らずに
あの最悪のパーティからひと月。すっかり顔馴染みになったテレンスの存在はいかにディオが自分を避けているのかよくわかった
時折り着替えをとりに帰って来た形跡はあるものの、図ったようになまえのいない昼間であり、ずいぶん長いこと顔を突き合わせないでいる日々が続いていた。
由花子が帰った後、なまえはずいぶん指通りの良くなった黒髪を弄びながらずいぶん楽しかった二週間前のことを思い出す。
二週間前。
学校から帰り珍しく習い事のなかったなまえはまっすぐに家に帰り、リビングでジョルノとずいぶん昔のファッション雑誌を読んでいた。
「姉さん、お世辞にも趣味がいいとは言えないね」
「これはそうじゃなくて……昔徐倫に借りて返しそびれちゃったやつよ」
雑談をしながらペラペラと薄い紙をめくる。
テレンスの訪問はそんななんでもない夕方だった。
いつものように活力を感じさせない彼は使用人に主人から預かったであろうたくさんの荷物を渡すと、形式ばかり改まった口調と態度でなまえに向き直る。
なまえの方こそ彼の敬愛する上司と一滴の血もながれていない自分に手厚い処遇を期待してはいない。
テレンスは少しため息混じりでスーツの内ポケットに手を入れるとテラテラと光るカードを取り出しなまえの手に握らせた。
「ディオ様は大変ご多忙でいらっしゃいます。しばらくは帰宅も難しいということで、こちらをおわたするようにと」
てのひらの硬いプラスチックのそれは間違いなくクレジットカードとか言われるもので、その豪勢な装丁から随分限度額の大きなものなのだろうということは想像がついた。
さっさと踵を返して帰っていくテレンスの背中を見ながらこぼれたのは、自分でも驚くほど低い声
「くだらない……ほんと」
間違いなく避けられている。
それも子供のようなやり方で。
パキパキとカードの端を爪で弾いてモヤモヤとする胸の詰まりをごまかそうとするなまえの横顔を見つめていたジョルノが不意に口を開いた。
「姉さん、せっかくだからうんと使ってやりましょう」
「……え」
彼の予想外の提案に目を白黒させるなまえを他所にさっさと出かける準備をしたジョルノはなまえの手を引いて靴を履かせる。
まだ制服のままのなまえに構わずあまりにも自然に車に乗せたジョルノは、運転手に何やら横文字の長い店舗の名前を伝え車を発進させる。
「ジョルノ……?」
にこりと笑ったジョルノはシートに置かれたなまえの手に自分の手を重ねると悪戯っぽい口調で続けた。
「最近元気がないでしょう?……父さんのせいなのかはわからない…ですけど」
女の人の気晴らしは買い物と美容だって、聞いたことがあります。
気まづそうに言う彼は随分なまえの事を考えてくれているらしい。
「なに……その情報」
年下の少年から飛び出したませた情報に思わず噴き出す。
少しだけ恥ずかしそうなジョルノは窓の外を見ながらモゴモゴと、だってトリッシュが…
なんて、聞こえるか聞こえないかの声で言い訳を溢している。
窓の外は、夕日が落ち始め藍色の夜闇が空から降りてきていた。
こんな時間から外出なんてずいぶんひさしぶりだ。
「姉さんに似合うもの、僕も考えていいですか?」
「ジョルノが考えてくれるの…?何だか心強い、お任せしちゃおうかな」
「それはダメです。好きなものは自分で決めて下さい」
随分はっきりと出た否定の言葉が新鮮で思わず目を見開いた。
ジョルノといえばなまえの言う事をよろこんできく…
そういう印象が強かったから。
「私の好きなものか…」
口に出してみると不思議な感じだ。
母の言いつけの身嗜みでも
徐倫の真似事でも
ディオから与えられる何処かの服でもないもの。
「ありがとうジョルノ…私、凄くたのしみ」
そう溢すとジョルノが満足そうに笑った。
そういえば最近。ジョルノは自分の事を名前で呼ばなくなったことに気づいた。
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