空条家の兄妹(15年後)



徐倫にはふたつ上の兄がいる。
兄は父親に似た端整な顔立ちに、癖のついた黒髪。特に体を鍛えたりはしてないせいか、スラリとした印象を与える長身を持つ彼は見た目に反して中身は母親そっくりだ。
しかし、15歳になった兄と13歳の自分という思春期真っ只中の兄妹がこうして仲良くしていられるのも、ひとえに気の強い自分とは正反対の兄の柔らかい気質のお陰かもしれなかった。
今だってこうして一緒にリビングで小さなダンベル片手にエクササイズに励む自分をよそに、兄はソファーでスマホゲームに勤しんでいる。
いつものことながら、また長期の調査だなんだと家を空けた父親は、結果一週間しないうちに母親を呼びつけて今この家ではSPW財団から数人の家政婦が派遣されてきている。
……毎回『子供から母親は取り上げられないな…』なんて最もな事を言って出て行く癖に何時も二週間としないうちに母親を呼び出してこうなる。


(………あのクソオヤジ。結局子供だけで留守番かよ)


そう心の中で悪態をつきながら首にかけたタオルで汗を拭うと、ふとスマホを弄る兄の顔が渋いものになっていくのに気がついた。


「………ねぇ、楽しいの?それ」
「ううん……そうだな。特別楽しいかと聞かれると微妙かな…徐倫もやれよ。楽しいぞ」
「………何その矛盾した勧誘」


随分熱心にスマホをいじっている様に見えたが、それにしては淡白な返事に、ダンベルを床に置くと未だ視線をスマホに向けたままの
承介の背後に回り込む。
それを避ける様に上半身を捻って避けようとする承介を他所に、ちらりと見えたスマホの画面には水色の背景にイルカのイラストが左右にユラユラ単調な動きを繰り返してくる。


「……育成何ちゃらってやつ…?」
「まぁそんな感じ………ほら、LINEで送ってやるよ、徐倫もやれよ」
「何でそんなに勧めてくるわけ…?言っちゃ悪いけどクソゲーなんでしょ?」
「…………徐倫。お前がダウンロードしてくれるって約束してくれるなら理由を教えてやるよ」


こうして話している間も、なんとも出来の良くないシュールなイラストのイルカは狭いスマホ画面を右から左へ移動している。
こっちを見上げる自分と同じ兄のグリーンの瞳が実に切なげに細められるのを見て、ため息をついてスマホを取り出した。
確かに送られているそのリンクからゲームをダウンロードすると、開かれたトップページにはこれまた味気ないフォントでゲームのタイトルが書かれている。
そのままゲームを進めるとイルカ育成にあたりやり方を説明するキャラクターが現れた瞬間、徐倫は思わず飲んでいたポカリスエットを盛大に吹いた。


「ブフッ…!?ちょっ……!これって!」
「……ちょっとかかったじゃないか…そうだよ」


突然現れた星のプリントされた帽子をかぶるそのキャラクターは、くうじょう博士。と名前紹介に書かれていておまけにイルカの名前は既に徐倫に設定されている。


「やだぁ…!嘘でしょッ…!マジでお腹痛いッ!!」


ケタケタ笑い出した自分に、兄は困った様な笑みを浮かべながら徐倫の口元に残っているポカリスエットの雫を掌で拭ってくれる。


「そうだよ。父さんが片手間で作ったアプリだ」
「ヒーッ…!冗談キツイわ…!あのオヤジがこんなファンシーなイルカをっ…!!だいたいどういう気持ちでこんなシュールな自画像をッ…!」
「言うな徐倫!俺だって必死で我慢しながらお前に勧めたんだぞ」
「そんなの、クソオヤジの超笑えるゲームがあるって言ってくれたらソッコーでダウンロードするわよ」
「………父さんに頼まれたんだよ。徐倫にこれをやらせてくれって。思春期の娘に対するコミュニケーションのつもりなんだよ、父さんなりの……」


なぜか承介が照れた様にそう言う。
いつの間にこの兄はこんなに父親と仲良くなっていたのだろう。つい数年前まで、顔を合わせれば怒鳴りあいの喧嘩をするほど仲が悪かった癖に。


「………ちゃんと毎日餌やれよ。それ父さんに通知が行くようになってるからな」
「うっそ……マジ気持ち悪い。ストーカーみたい」
「俺だってもうダウンロード4日目にして心が折れそうだよ。毎日くうじょう博士からイルカウンチクとコメントが届くぞ。2日目にうっかり殺した時には『……………』だけのコメントがきて震えた」
「ゲェッ……!よくもそんな恐ろしいゲーム勧めてきたわね…!」


思い切り顔を歪ませた自分を見て、承介が悪戯っぽく笑う。我が兄ながらどきりとするような実に悪魔的な笑みである。


「徐倫、とりあえず一週間頑張ろう。それから週末にプールに行って2人で自撮りしようとしてうっかりスマホごと水に落ちた事にしようぜ」
「ってことは……!来週…一緒に行けるの!?海!」
「ウン。彼女とも別れちゃったし予定無くなっちゃったしな。両親もいないし一緒に遊びに行こう」


その打開策と、予想外に嬉しい知らせに思わず承介の首に抱きつくと、承介は回した徐倫の腕をよしよし。と撫でてくれる。


「承介と遊べるなら、父さんが帰ってこなくてもいいかな……」
「そんなこと言ってやるなよ。流石にかわいそうだぞ」


















昼食が終わってノートパソコンを開いた空条先生は、ピタリと動きを止めたかと思うとスッと表情が消えた。
夫婦になって15年。この雰囲気には覚えがある。日本茶を飲みながら名前は思わず息を飲んで、それから何も気付かないフリをしながら彼が口を開くのを待った。


「…………承介と徐倫がプールに落ちたらしい」
「へ…へぇ……そうなんですか。ほんと兄妹仲が良いですよね〜」
「携帯がダメになったから承介がパソコンからメールを送ってきた」
「いやぁ、お兄ちゃんはしっかり者だなぁ!パパに似たのね…!」
「…………本当に君に似て悪知恵が働く…」
「またまたぁ…!そんなぁ…!」


そう言いながら、名前は自分のLINEに送られてきていた水着の承介と徐倫がプールにサイドで仲良く頬を寄せ合って撮った写真が表示された画面をサッと机の下に隠した。

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