空条博士の意外な才能



日常生活のちょっとした動作をスタンドで省略してしまうのは悪い癖だ。
二十代の頃にはそんな横着な使い方をすることはなかったが、忙しくなってきた今に至っては家でついつい離れたところの物を取るときだとか、かなり重い家具を動かすときにスタープラチナを使ってしまう。
おかげでずいぶん筋肉も落ちた自覚がある。
若いときの自分が見れば軽く引いてしまうだろうがこれが30半ばの現実というやつである。
そんなこんなで今まで家でスタンドを使っていたが故に起きている弊害がある。
今までと違って、最近はほぼ毎日学生の人子君が家で自分の研究に付き合ってくれている。
ふとした時に無意識にスタンドを出しそうになるのを今までもなんとか収めてきた。
さすがに家具だとか少し遠くにあるカップが空中浮遊する様子を彼女に見せるわけにはいかない。
そう思っていたのに、自分が話しかけた時と、彼女に対して行う実験について疑問がある時くらいしか賑やかにすることの無い人子君に自分も思いの外リラックスしていたらしい。
水槽から上がって、人魚の姿のまま尾鰭を楽しそうに揺する人子君は自分が貸したiPadで動画を見ている。
大理石の床の上にヨガに使うようなマットレスを敷き、その上にうつぶせになった人子君の尾鰭へ研究室から拝借してきた筋電図モニターのパッチを彼女の筋肉と思われる場所の数カ所貼っていき、その動きを観察する。
彼女の頭の方へ椅子を持って行き、そこで無意識なのか意図的なのか動画から流れる音に合わせてリズミカルに揺れる尾鰭を観察しながら、そこにあるだろう筋肉の配置を想像しながらペンを走らせる。
不意に筋電図の用紙交換音が鳴り、ペンを置こうとした手が、誤ってペンを地面に落としてしまいそうになった。
無意識のうちにスタープラチナを出しその手でペンを掴もうとして、固まる。
カツン。と地面にペンが落ちる音よりも前に、人子の視線が何もないはずの場所……スタープラチナのいるところを凝視して固まっていた。
その表情は全くの無で、時に虚空を見つめて動かなくなる猫の表情に似ていた。
そんなまさか。見えているのか


「………どうしたんだね人子君」
「いえ……なんだか…視線?気配?がした気がして」
「それは……そうだろう。私がいるしな」
「うーん……そうじゃあないんですよね、なんか、場が歪んだっていうか…急に誰か入ってきたみたいな気が……」
「………気のせいだろう」


そうは言いながらも彼女の視線はスタープラチナのいるそこに向けられたまま動かない。
見えているわけではなさそうだが、何も感じていないわけではない。動物としての感覚の鋭さがこれだと言われてしまえばそれだけである。
ヒヤヒヤしながらスタープラチナを引っ込めると、殆ど同時に彼女の目線はYouTubeでマジックを披露する動画へと戻っていった。


「んー………なんでしょう、いなくなったきがする。もしかして猫とか飼ってます?私に気を使って隠さなくても大丈夫ですよ」
「いや…心配してくれなくとも大丈夫だ。何も飼っていない」
「私結構敏感なんですよ………先生に見つかった時は疲れてて集中力がアレでしたけど、普段は静かな家の中なら窓の外のヤモリの存在だってわかります」
「そうか、それは魚としての感覚の鋭さからくるものか……」
「もう。先生、隠さなくてもいいんですよ」


頬杖をついてこちらを見上げる人子君の目が爛々と輝いている。
その悪戯っぽい顔は初めて見るもので、彼女のいう隠しているものが何かさっぱりわからない自分は意図を図りかねて小首を傾げる。


「何飼ってるんですか?猫?犬?ハムスター?うさぎ?今流行りのハリネズミとかですか?」
「そんな物はいない…」
「またまたぁ、あれは絶対大きい生き物の気配でした。間違いないです。ちょっとだけ触らせてください、私人間以外の哺乳類って触ったこと無いんです」


急に別人のように活発になった彼女は自分の尾鰭についたパッチを剥がすと鼻歌を歌いながら、腕で地面を押し水族館のアシカのように大理石の床の上をツルツル滑っていく。
これが意外にも速くて捕まえにくい。
ベットに手をついて寝室のシーツを捲ったり、ベットの下を覗き込んだりすしている人子君は最早何もいない。では納得しそうに無いほどワクワクしている。
ため息をついて試しにスタープラチナを出現させると、途端に尾鰭の動きをピタリと止めた彼女が何かを探すように視線を漂わせ、やがてピタリと自分を見つめて止まった。


「……おかしいなー…」
「…君がさっきから感じている異変の正体なんだが」


スタープラチナで彼女が生き物を探してぐしゃぐしゃにしたシーツを整えていく。
ひとりでに戻っていくシーツに目を白黒させる人子君になるべく言葉を選んで伝える。


「……実は私は、超能力なんだよ」


あんぐりと口を開けた彼女をスタープラチナで抱え上げて、元いたマットレスの上にそっと戻した。












「じゃあ空条先生の正体は世を忍ぶエスパーなんですか?」
「……まぁだいたいそんな感じだ」


私よりファンタジックな存在がいたなんて、と感激している彼女はもっと色々見せて欲しい。と言い出す。


「スプーン曲げとか…、人体切断とか…」
「それは超能力じゃなくて手品だろう」
「私死ぬまでにエスパーに会ってみたかったんです」


唐突に求められる握手に戸惑いながら答える。やけに嬉しそうな彼女に戸惑いながら握り合った手を見ていると、彼女はニコリと満面の笑みを浮かべた


「おんなじ少数派同士、お友だちになってください空条先生」
「お友だち……?」
「お友だちです。先生も人間の群れに紛れながらいろいろ苦労されたでしょう?これからはお互い労いあいましょう!」


いや、別に私は人間の群れに紛れている訳でもない上に特に別段苦労もしていないが。

そう言えばよかったのに調子よくそうだな。なんて言ってしまったのは、喧しく騒ぎ出した彼女に一から説明するのが面倒だったからか、それともやけに嬉しそうで親しげな人子君の笑顔を初めて見たからだろうか。
少しひんやりとした水掻きのついた掌と自身の掌がぴったり握り合ってるのを見ながら、そう言えば出会ってから脳波やら筋電図やら尾鰭やエラなど散々彼女に触ってきたものの、こうして普通の人間同士が挨拶をするように握手をしたのは初めてかもしれない。
自分は決して人子君に対して、実験対象として冷淡に振る舞った事も失礼な事もしていないつもりだったがやはり、こうして人間同士なら当然やっていただろう挨拶をしていなかったことに少しばかりショックを受けてしまう。


「わぁ空条先生体温高いですね、それとも今魚だからそう感じるんですかね」


そう思うとなんだかむずむず妙な心地がしてきて急に、目の前で嬉しそうに笑っているこの生き物を抱き締めてやりたくなった。


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