ひびわれ野ばら




16歳になった自分は結局ほとんど家に帰らない生活を送っていた。
キャリーバッグに適当な荷物を詰めて友達の家を泊まり歩く。
高校には入学式以降滅多に行かないし、制服を着ていれば泊まるところが見つかることもあるから、そのために着ている制服はスカートの丈を膝よりもずっと上まで詰めて、ブレザーのリボンは解いたままのことが多いせいで無くしてしまった。
煙草臭いカラオケの一室で、よくつるんでる女友達とソファーに横になってガムを噛みながら携帯を弄る。
昨日の夜にクラブで遊んだせいで、徹夜明けとアルコールのなんとも言えない不快感が胸に残っていた。


「ねぇ〜名前、今日どうする?泊まるところあんの?」
「んー……リッコん家は今日ダメなんだっけ?」
「そ〜、今日親父帰ってくるから無理。ってかアタシが帰りたくない」


プリンになってしまった明るい茶髪の毛先をしきりにいじる友人は、私も今日外に出るかなー。と言いながら携帯をいじり始めた。
名前の携帯が震えて、このあいだ知り合った他校の男子生徒から、今日の夜泊まりに来ないかと誘いが着て間髪入れずに返事を打った。


「ごめんリッコ。私今日の宿ゲットだわ」
「えーずるーい。私名前んち泊まろっかなー、イケメンの弟いるんでしょ?」
「えー…簡便してよ〜あんたなんか来たら優しいママが気絶しちゃうわよ」


だったら家帰んなよ!と何がおかしいのか爆笑するリッコを尻目に、キャリーバッグの中身を漁る。
10月になって肌寒くなってきて、そろそろ冬服を取りに戻りたい。
コートや厚手の服と中身を取り替えれば、随分長いことが帰らなくても大丈夫だろう。
リッコを残してカラオケを出る。
彼女といるのは無責任で、面倒くさくなくて、気楽で楽しいけど、やっぱりやかましいのは好きじゃない。

結局自分は、あの夜から6年経って、耐えられなくなって爆発した。
本当のことを言わない優しい母と、いつか自分がここから追い出されるんじゃないかという恐怖と緊張と………それから、自分は決してなれないだろう美しい母親と弟の姿を見るのが耐えられなかった。
高校にあがって、授業中ぼーっと空を眺めていた時、目の前を通り過ぎていった一羽の隼をみて、ふと気付いてしまったのだ。
あそこが私の本当の巣穴じゃないのなら、私があそこにいる意味も、必要もないんだということに。


近所に人がいないのを確認しながら、実家に向かってキャリーを引く。
家を出てしばらくしてから、名前は自分の側にある薄い影に気がついた。
最初こそ乱れた生活で見えた幻覚かと思ったそれは、やがてはっきり姿を現し、不思議な能力を発揮し始めた。
足を覆う金属のブーツの様な形をしたそれは、どうやら自分にしか見えていないらしく、その状態のまま軽く地面をければ電車よりも速いスピードで走ることもできたし、高く跳躍することも、試しに人を蹴ってみれば殺してしまったのかと思うほど強く人を痛めつけることができた。
完全に頭のイッてしまった自分にだけ感じる幻覚なのかもしれないが、名前はそれをおおいに活用している。
軽く地面を蹴って、キャリーバッグを持ったまま近所でも一番大きい家の屋根に飛び乗って、実家の様子を探った。
洗濯ものを外に干しているのは母親のいつもの習慣として、家に人の気配はない。
恐らく外出しているだろうとアタリをつけ玄関まで跳躍して、キャリーを地面にぶつけない様に着地して玄関の鍵を開ける。

母親はやはり外出中だったらしく、そのまま靴を脱いで上がると、自分の部屋へ入り主が不在でも綺麗に片付けられたクローゼットを開けて適当に冬服を取り出し、服をキャリーに詰めていく。
おおよそ必要なものを詰め終わった時にその声は後ろから聞こえた。



「姉ちゃん……帰ってたのか」
「………承太郎」



振り返ると、ドアの前に、パジャマで少し顔の赤い弟が立っていた。
真面目な中学生の弟が学校をズル休みするとは思えなかった。その服装と様子をみて納得する。


「なんだ……風邪で休んでたんだ」
「……何処に行くんだ。母さんが心配してる」
「えー…そんなの私に関係ある?母さんは承太郎がいれば充分だから」


キャリーバッグを閉めて、弟の隣をすり抜けようとした時に、片腕を掴まれて立ち止まる。
すっかり自分よりも大きくなった弟が、生意気にも自分を引きとめようとしていることに新鮮な驚きがあった。


「………何」
「もう出て行くなよ。母さんは姉ちゃんがいないとだめなんだ。俺だって姉ちゃんに家にいて欲しい」


視線をあげれば、熱でほんのり赤い顔をした弟が真剣な眼差しでこっちを見下ろしていた。
キロリと睨みあげると、少し怯んだように瞳が揺れるのを名前は見逃さなかった。


「病人は大人しく寝ときなよ。私はここじゃない方が楽しいの。悪いけど」
「行かせない……名前、ここにいろよ。今日からずっと毎日」
「ちょっと、何呼び捨て?気持ち悪いのよ、もう私の後ろをチョロチョロついてこないで」


振りほどこうとしてもしつこい弟に、声を荒げると承太郎はその声に激昂したかのように余計に強く自分の腕を掴みあげてきた。
部屋に押しもどそうとする弟に力負けして、ベットの側まで押し戻されると、名前は幻覚の能力を使い足の力を軸に承太郎を後ろのベットに放り投げるようにして振り払う。
バランスを崩してベットに仰向けに倒れこんだ承太郎はそれでも自分の腕を離さなかったらしく、そのまま名前も承太郎の上に覆いかぶさるようにして倒れこんだ。


「あぁ…!もう!しつこいなぁ!!」
「姉ちゃんこそ!!なんでわかんないんだよ!ここにいてくれよ!俺は姉ちゃんがいる家で暮らしたいんだ!家族だろ!」
「家族ぅ……」


ヒソリ。と悪魔が自分の耳元で囁いた気がした。
自分の下にいる弟はあいからわず母親に似て美しい、そして父親ににてがっしりとした体に男らしい顔立ちになろうとしている。


「承太郎、良いこと教えてあげる」


スッと承太郎の目元をなぞる。
急に静かになった自分に弟は息を止めてこっちを見ていた。


「私はね、承太郎のお姉さんじゃないの。この家の子じゃないのよ」


言ってしまえばなぜかスッキリした。
自分の下で目を見開いた弟の間抜けな顔に思わず笑いがこみ上げてくる。


「なんで気づかないかなー。全然似てないでしょ?」
「……名前の目の色は…」
「馬鹿ね。日本人のほとんどは鳶色よ」


そう言ってベットで仰向けになったまま呆然とする弟を放ってキャリーバッグを引いて家に出た。
なんとなく。なんとなくだ。もう家には戻らない。そんな気がした。





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