ザラキーマの知らせ


朋子さんの入れてくれる紅茶は凄く落ち着く。
茶葉の良い香りがふわりと香って、少しだけ砂糖を足してくれているその紅茶を飲むとホッとするのだ。
なんていうか、普段は凄く気が強くて男勝の朋子さんの女性らしい柔らかい優しさや細やかな気配りがそこににじみ出ているような気がする。
たまたま、平日に朋子さんのお仕事がお休みだと聞いて色々アドバイスして下さいとお願いすると、朋子さんはとても嬉しそうに笑ってくれて生まれるまでの記録を小さなアルバムにしよう。とそう言ってくれた。


「やーん。カワイイ、私にはわかるわぁこの子きっと仗助みたいにイケメンになるわよぉ〜」


最新の技術とは凄いもので、超音波画像を3Dに変換して実際に顔を見れるというサービスを使い、印刷してもらった写真を見て朋子さんは心底楽しそうに笑ってハサミでアルバムの飾りに使う星や花なんかの飾りを切り出してくれた。
机の上にざぁっと広げられた、今まで検診でもらった検査値や写真、言われたことのメモを見る。
もうこの子がお腹に根を下ろしてから半年も経ったのか。
そう思うと感慨深いものがあった。
途中朋子さんも仗助君のアルバムを見せてくれて、赤ちゃんタレントもかくやと言うほど可愛い赤ちゃん仗助君を堪能し、楽しくおしゃべりする。
そんな中、やはり心配そうにその事に触れてくれた朋子さんはやっぱり優しい人だと思った。


「……それでその、私が言えた事じゃあ無いのはわかってるけど、やっぱり心配しちゃうわ。せっかく、一緒になろうって言ってくれる人がいるんでしょ?」
「あー……そう。なんですけどね、やっぱり……秘密にしてる事があって、知られて傷付くの…怖いっていうか…」


じっと朋子さんは机の上に広げられた豆粒みたいな赤ちゃんの写真を見てから、それを順番に並び替えていく。
朋子さんの綺麗な桜色の爪がとん。と一枚の写真の上で止まった。
テンションが上がりすぎて思わず撮ってしまった、最初にピンクのプラスが出たあの時の写真だ。


「正直に言えば、やっぱり片親は大変だし私は仗助にできる事は全部してやったつもりよ。それでも、辛い思いもさせたと思う………」
「朋子さん……」
「名前ちゃんも私と同じ。その子のためならなんでもできるでしょ、だったら少しだけ考えて……今名前ちゃんがその人を拒んでいるのは誰の為なの?」


長くて細い指が、名前の薬指にそっと触れた。
"この子のため"という言葉は何度も考えてきたつもりだった。
けれど空条先生の事になると、途端にそれは通じなくなる。
こちらをまっすぐと見つめるあの凛とした緑色の目が好きだ。ときどき愛おしそうに細めてくれる空条先生を失いたくない。

ずるい私はいつしか、突き離す事も忘れその優しさにどっぷりとはまってしまっている。
だからこそ、彼に本当の事も言えず、彼を受け入れる事もできなかった。
この子が成長してしまえば、隠し通すことは、きっともうできない。
私はきっと、私の為だけにこの生ぬるく形のない幸福に浸っていたかったのだ。


「名前ちゃん。私が言うのは本当に何を知ってて…って感じかもしれないけど、そんなに大事に思ってくれてる人ならきっと大丈夫。もしも上手くいかなかったとしたら、きっと名前ちゃんが秘密にして一緒になっても上手くいかなかったのよ」


時々辛そうな顔をする名前ちゃんを、私はもう見たくないなぁ。
そう言ってくにくにとその長い指で手を揉んでくれる朋子さんを見つめる。
仗助君という、強くて優しい……あの血統の男の子を一人で育てる彼女の瞳は優しいけれど厳しい。
私の甘えも、そこからくる虚しさも彼女にはお見通しだったようだ。


「大丈夫よ。ねぇ、もしもダメだったとしても私も仗助も名前ちゃんを一人にしたりしないわ!」


勇気付けるように明るく話してくれる朋子さんに、いままで終ぞ決められなかった覚悟がゆるゆると形になっていくのを感じた。
本当の事をいう。その上で、私と家族になってくれますか。とそれだけで良いのだ。


「朋子さん……ありがとうございます」


自分を甘やかしてくれない朋子さんに感謝の言葉を告げると、気をとりなおして、お腹にいる坊主の写真をまじまじと見る。
大丈夫だ。きっと大丈夫。私もこの子も、私がこの中途半端な空気から卒業して見せれば、きっと幸せになれるはずだ。















残りの白いページ以外は、随分賑やかになったアルバムを両手で大事に抱えて、ホテルのエレベーターにのる。
軽快なベルの音で扉が開き何時もの部屋へ入ると、中は珍しく真っ暗だった。
夜の海には殆ど行く事もない空条先生はいつもこの時間は部屋で論文を書いていたはずだ。とりあえず、一旦形にしなければな。と忙しそうにペンを動かしていた先生が今日だけ外出。とはあまり考えられなかった。
何か、まずい事でも起きたのだろうか。
少し警戒しながら電気をつけて、アルバムを机の上に置く。
それから、先生が作業していた机に散らばっているぐしゃぐしゃと丸められた紙を捨てていく。ふと、机の引き出しから青い封筒の端がはみ出していた。

その封筒の端を見た瞬間、眩暈がした。
心臓がばくばくあばれだす。こんなにやかましく騒いでいる癖に、指先だけは氷に漬けたように冷たく感じる。

そんな。まさか。なんで、あぁ…!
力の入らない指先で封筒を引っ張る。ツゥっと隙間から這い出てきたその封筒は、やはり自分がアメリカにいた時に受け取った人工授精のプランナーが送ってくる定期検診受診確認の封筒だった。
乱暴に封の開けられた封筒にはしっかりと自分の名前が書かれている。

名前が抱いていた、一人でいればたいして意味のなかった秘密。空条先生と一緒にいるためには重い秘密は、あっさりと最悪の形で白日のもととなったのだ。

よかったじゃないか。わざわざ言わなくて良いんだから。このまま先生が帰ってくるのを待てば良い。そうして嫌でもその話をすれば良いじゃないか。運が良ければ、一緒になれるかもよ。でもまぁ、あの真面目な先生は君の安易なプランを知ってどう思うかな?死んだ子の事をいつまでたっても割り切れない根性無しの自分の細やかな自己満足に命を弄んだ君を、空条先生はどう思うだろうね。運が良ければ罵られるだけで済むかもよ。"俺を騙したな"ほら、先生はお喋りじゃないからきっとそれだけだよ。
でもどうして、先生は部屋にいないんだろう。


頭の中で浮かぶ嫌な想像が喧しくお喋りを始める。ぐるぐる回るその考えは、まるで知らない人間が喋っているようだ。
ソファーに向かう筈だった体は言う事を聞かずしまってあったトランクを引っ張りだして無茶苦茶に荷物をつめる。
ガラガラとそれを引き回しながら部屋を飛び出した私は、結局朋子さんみたいに強い女性にはなれなかった。
最後の最後で自分かわいい私は、嫌われる勇気もそれを認める覚悟もないまま、杜王町を飛び出したのだ。







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