フワフワ

雪にあんなに怒られたのは初めてかもしれない。
コンビニで大量に買ったハイボール。三本目のプルタブに指をかける。
プシュリ。と空気の抜ける音の後、冷たいそれを喉に流し込んだ。
やっぱり何か食べ物でも買えばよかった。
ぐるぐる思考が纏まらない苛立ちが酒を進めさせる。
初めて会った日は確かにしっかりとした壁を承太郎との間に感じていた。時雨もまたそれを良しとして無理に近付こうとはしなかったし、承太郎もそれを察していた。
それがいつからだろう。時に急に距離を詰めてくる彼は、最後には友人のような気安さをふと感じさせて時雨を安心させる。
最後の日の朝だって。何か話を遮るまで彼は時雨に弟のように甘えようとしていたのに。

(結局今も振り回されてばっかり……)

もし自分がもっと若ければ、承太郎がもっと大人なら、きっと自分も雪になんでも話せただろう。けれど27になった自分は承太郎との関係と、今の気持ちを受け入れられない。
面白くもないテレビ番組をぼーっと眺めていると、もう三本目のお酒もカラになってしまっていた。7%のアルコール溶液を1.5?。
マズイ完全に二日酔いする。
水を飲もうとふらつきながら冷蔵庫を開け、二リットルのヴォルビックを机の上に置いた。
酔えば勢いで承太郎に電話ができると思った。突然の仕打を大人の顔をやめて理不尽だと怒って、最後は呆れた声で明日ゆっくり話そう。と言ってもらえたのかもしれない。
でも時雨は自分で思って思っているよりも、ずっと臆病で意地っ張りだったらしい。
ふと母親が映った写真が目に入る。自分はどうもこういう事に不向きらしい。この感情の元を突き詰める事すら恐れている。祖母は凄い。外国で燃えるような恋をして、日本に戻って後ろ指をさされ周りの支えもない中。何を支えにあの優しい母親を育てられたのか。祖母はきっと時雨より、自分の気持ちを信じて、それを強く肯定できる女性だったに違いない。

パチンと何かが弾ける音で沈んでいた思考が現実に引き戻される。
顔を上げると、どこから入ってきたのかシャボン玉がフワフワと浮いている

「……は、……本当にどこから入って」

窓を振り向くと絶句する。
リビングいっぱいにシャボン玉が浮いている。それは床に落ちる事もなく、空間に静止していた。よろつきながらも戸締りを確信するが、どこも緩んでいる気配もない。

「うっ…そ、幻覚…」

思わずスマホを手に取る。
震えながらも電話したのはやはり自分の兄だった。









この酔っ払いが。と兄に頭をしこたま叩かれる。病院で腕に刺された点滴が落ちるのをずっと見ていた

「本当お前……父さんも心配してたぞ、高熱出したと思ったら急性アルコール中毒とか…。俺は情けなくて涙が出る」
「ごめん…なさい…ねぇ兄貴」


本当に何も見えてないの?
そう聞くと、もう本当お前明日は病院くんな酔っ払い。と言い残して兄は家族に電話をしながら病室を出て行く。
病室にもまた。あのシャボン玉はフワフワ浮かんでいた。
自分はやっぱりどこかおかしくなってしまったのか。恐ろしくなって涙目になると、次々と割れて消えていく。残りひとつになったシャボン玉が時雨の側まで流れてくる。咄嗟に手で跳ね返そうとしたシャボン玉は、時雨の手のひらに触れると割れないまま底に収まっていた。
恐る恐る覗き込むと、なんだか懐かしい感じがした。
自分以外いるはずのない空間に、ありえないはずなのに。時雨は自分のベットのすぐ横に誰かが腰かけている気配を感じる。男の人だ。
不思議な事に恐ろしさは感じない。
けれど視界に入れると彼はそのまま消えてしまいそうな気がして、天井を向いたまま目を閉じた。




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